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第8話 地図のない空間で、君がいた

いつもご覧くださって本当にありがとうございます。

 目の前に広がるのは、真っ黒な空間だった。天井も壁もない。光も風もなく、ただの虚無。

 足元には確かに立っている感触があるのに、そこに地面は見えなかった。

 まるで、存在そのものが視覚から切り離されているような錯覚。


「……御崎くん。ここ、本当にフロアなの?」


 ユナが小さな声でつぶやいた。その声さえも、吸い込まれるように響きが薄れていく。


「たぶん、ここが次の階層なんだろうな。でも……」


 俺はスマホを取り出した。しかし、マップは完全に機能停止していた。


『ERROR:構造情報が取得できません』

『表示領域:不明』

『探索者コード認識中――』


 どれだけ画面をスワイプしても、マップは描かれない。何もかもが、測定不能。

 まるで世界の枠組みごと剥がれ落ちたような空間だった。


「これって……、御崎くんのスキルでもダメってこと?」

「スキャンもログ表示も、まったく反応しない」

「地図がないと、こんなに不安なんだね……」


 ユナがスマホを両手で抱きしめるようにして、きゅっと声を絞った。

 彼女の声は、かすかに震えていた。分かっている。自分も、同じだった。

 見えないというだけで、これほど怖いのか。

 足を踏み出すことすら、こんなにも億劫になるのか。


「……でも」


 俺は、ポケットの中で握っていた手をゆっくりと開いた。


「俺たちがここに立っているってことは、『何か』がこの場所を許しているってことだ。

 地図が描けないなら、描けるようにしてみせる。

 俺のスキルは《迷域マップ》だ。迷っているからこそ、道を見つける」


 言葉にして、自分を鼓舞する。そうしなければ、この空間の圧に押し潰されそうだった。


 そのとき――。俺のスマホが微かに震えた。


『条件達成。探索者コード001:新領域アクセス権限取得』

『迷域マップ・拡張式:起動準備中』

『注意:現在位置は《存在座標未定義エリア》です』


 次の瞬間視界が揺れた。目の前に見たことのないアイコンが表示されている。

 それは、マップの右下に現れた淡い青の円形ボタン。


「……これ、何?」

「初めて見る。試してみる価値はあるかもな」


 俺は指先でそっとそのアイコンを押す。すると、スマホの画面が突然白く光った。

 同時に、地面――いや、何かが描かれ始める。

 まるで墨を垂らした水のように、周囲の空間に薄い線が広がっていく。

 それは線であり、図形であり、そして『感情』そのものだった。


 歩いてきた記憶。不安、希望、驚き、そして迷い。

 すべてがマップとして可視化されていく。


「なにこれ……マップなのに、まるで絵みたい……」

「これは……『心象マップ』かもしれない」


 道は実際に存在するものではなく、思考と感情が重なって形づくられていた。

 そこにあるはずの道が、俺たちの意志によって描き出されていく。

 まさか、これが本来のスキルの姿だったのか。

 迷域マップの真の機能――それは、現実の構造ではなく、『主観的空間』そのものを地図化すること。


 つまり、俺たちが信じた道だけが『道』になる。


「だったら、迷ってる暇なんてないよね?」


 ユナがそう言って、俺の手をそっと握った。


「行こう。今は御崎くんと一緒に歩いてる、それが『道』なんでしょ?」

「……ああ。迷ってるけど、前に進むよ」


 彼女の手の温もりが、重心を現実へと引き戻してくれる。

 目を凝らせば、微かに空間の色が変わっていた。

 最初は黒だけだった世界に、灰色が、そしてかすかな青みが混ざり始めている。

 歩くごとに、空間が『色』を取り戻していく。


 それは、まるで俺たちの存在がこの空間に『許可』されていく過程のようだった。

 数分も歩いただろうか。突然、視界の端に何かが映る。

 揺れるような光。ふわりと浮かぶ白い布のような、けれど明らかに人工物の影。


「御崎くん、あれ……人?」

「……いや、違う。たぶん観測体だ」


 そいつは、ゆっくりとこちらを向いた。

 顔のようなものはなく、ただ球体の中央にある『レンズ』が、俺たちを捕捉していた。


『探索者コード確認。問います。あなたは、誰かのために道を描いていますか?』


 音ではない。

 直接脳に響くような感覚で、その声は届いた。


「……もちろん」


 ユナが先に答える。


「私は御崎くんのために歩いてるし、たぶんこれから出会う人たちのためにも描いてるよ。

 それがマッピングでしょ?」


 観測体のレンズが、かすかに光を帯びた。


『回答確認。迷域マップ権限、段階昇格を認可』


『スキル進化:迷域構成解析・レベル2』


 スマホが再び光る。そして今度はマップそのものが、立体的に表示され始めた。


 3D化された地形、座標情報、感情トレース、軌跡――。

 まるで、自分たちが今歩いている世界の裏側までも見えてくるような錯覚。

 このスキルは、ただの地図ではない。

 世界の形そのものを解析し、書き換えるための『鍵』だった。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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