第6話 お前たちの『迷い』が、地図を変えている
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霧の奥から――、音がした。
何かが、こちらへ向かってくる。
重い靴音のようでいて、金属を引きずるようでもあり……。どこか人間の歩みとは異なる、不気味なリズムだった。
「……来る」
俺はとっさにユナの手を引き、倒れていた青年を支えて壁の陰へ身を隠す。
音はゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。俺たちの視界ギリギリに、ぼんやりと『それ』の輪郭が浮かんだ。
――白い仮面。
まるで感情のない顔をかたどった、能面のようなマスクをかぶり――。
人間のような形をしていながら、節々が機械的にきしむ『何か』。
「あ、あいつ……!?」
ユナが息を呑む。そいつはまるで、『人の形を真似た別の何か』のようだった。
『対象:観測開始』
『マップ更新中……更新中……』
スマホが自動で反応している。俺の《迷域マップ》が、敵の位置と動き方をリアルタイムで記録し始めていた。
「御崎くん……。戦えるの?」
「無理。戦力ない。でも、道は見えてる」
マップの先に、複数の分岐路があった。狭くてすれ違えないような路地――。
『逃げ道』だけは、ちゃんと用意されている。
「今のうちに動く。俺が先導するから……、ついてきて」
「うん、わかった!」
俺たちはタイミングを見計らって霧の中を駆けた。
幸い、敵の動きは遅い。音だけがやたら響いて不気味だったが、追いつかれるような速さではない。
数十メートル先の通路へ入り込むと、霧が少しだけ薄くなっていた。
俺たちはようやく足を止め、息を整えた。
「はーっ……、危なかった……」
「でも、これで確信した。あいつら……、俺たちの『存在』に反応してる」
「どういうこと?」
「マップが作られた瞬間、敵も出てくる。つまり、俺たちが『地図を作る』ことで、『何かが目覚める』んだ」
足跡が道をつくり、道が敵を呼ぶ。まるで、歩くたびに世界が編み上がっていくような感覚。
これは、迷宮じゃない。
もしかして、これは『試されている空間』なのか?
そのとき、青年が弱々しい声でつぶやいた。
「……これを……」
彼が差し出してきたのは、自分のスマホだった。
画面には暗号化されたログイン画面と、ひとつのファイルが表示されていた。
『開封パス:探索者コードにより自動解錠』
『タイトル:第0層 開発記録』
「これは……?」
「迷宮の原型、『第0層』のデータだ……。元々の、最初の空間……。
ここに、すべての『設計思想』が描かれてる。たぶん、それを読めば――」
そこまで言ったところで、彼はまた意識を失った。
「……助かる」
俺は彼のスマホを自分の端末と同期させた。すると、俺の画面に通知が走る。
『特別ログ:取得完了』
『探索者コード 001 の新機能がアンロックされました』
『スキル進化条件:迷域記録の累積 → 進行中(48%)』
「スキル……進化?」
今までただ地図を『表示するだけ』だった俺のスキルが、何かを変えようとしている。
そのときだった。耳元で、誰かの声がした。
『……君たちが、『最初の観測者』だね』
振り向いても誰もいない。けれど確かに耳に響くようにして、誰かが語りかけていた。
『おかえりなさい、『作り手』たち。今こそ、迷いを地図に変えて。迷路を、『道』に変えて。』
ぞくりとした。
これは、『誰か』が仕掛けたゲームなんかじゃない。
意志を持って動いている。俺たちを試し、選び、導こうとしている。
ユナもまた何かを感じ取ったのか、俺の顔をじっと見た。
「……御崎くん、聞こえた? 今の……声」
「……ああ、聞こえた。完全にヤバいやつだった」
それでも。俺たちは、歩くことをやめなかった。
地図を埋めることは、迷いに『名前』をつけること。この世界が何であれ、俺たちが見て描くことで――。
道は、きっと開かれる。
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