第4話 マップに書いてない落とし穴とか、やめてほしい
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迷宮を歩くときのコツ、それは『正確に地図を記すこと』。
昔、先輩探索者にそう教わった。
「ねえ御崎くん、こっちの通路で合ってるの?」
「マップでは、こっちが『先に進める』ルートになってる」
「……それ、信じていいの?」
「他に頼れるもんないだろ!」
ふたりして、スマホの画面を交互に確認しながら通路を進む。
床は相変わらずグリッド状、まるでSRPGのマップみたいに整っている。
「こういうの見るとさ、つい『ここに宝箱があって〜』とか想像しない?」
「いや、そういうゲーム脳やめよう。絶対トラップついてるやつだから」
「夢も希望もないなあ……」
そうぼやいた直後。
ガコンッ!
「うわああああああっっ!!?」
後ろから突然、真白の叫び声。
振り返った時にはすでに、彼女の姿は床に開いた穴の中だった。
「マジかよ!? おい真白! 大丈夫か!?」
「うぅ……足、ちょっと打った。……けど、生きてる」
下を見ると、そこは2〜3メートルほどの落とし穴になっていて、底にはクッションのような『魔法的何か』が敷かれていた。
まるで『わざと落とした』みたいな構造だ。
「なんでマップに載ってなかった……?」
『落とし穴は通過した場合のみ、ランダムで生成されます』
「……お前、喋んの!?」
スマホのAIが平然とそんなことを言ってのける。
「つーか、ランダムってなんだよ……。このダンジョン」
それってつまり、『今までの記録が全てではない』ってことだよな。
「真白、動けるか?」
「うん、多分。でもちょっと登れそうにないかも。それとユナでいいよ」
「分かった、ちょっと待ってろ。今、引き上げる」
俺は落とし穴の縁に膝をつき、手を伸ばした。ユナは、はにかみながら手を伸ばす。
「ありがと」
「え? ちょっ、わ、わわっ!」
思い切り引っ張った拍子に、俺も一緒に落ちそうになった。
がっつりと彼女の胸元に顔を突っ込む形になり、慌てて手を離す。
「ご、ごめん!! 今のは事故!! 完全に事故!!」
「きゃあっ!? バ、バカっ! 顔、顔近いってばあああ!!」
バタバタと騒ぎながら、なんとかユナを引き上げる。息を整えながら、俺たちは無言で数秒見つめ合った。
「……ま、まあ。これもダンジョンあるあるってことで」
「むう……」
なんとか落ち着いてから、改めてスマホの画面を確認する。
――違和感。
通ったはずの道が、一部『なかったこと』になっていた。
「ユナ、これ見てくれ。さっきの通路マップから消えてる」
「えっ……、そんなのアリ?」
「落とし穴がランダムなら、通路だって変わるかもな」
この部屋は固定されていない。移動するたびに、少しずつ姿を変えていくのかもしれない。
そのとき不意に、俺のスマホの画面がちらついた。
『近傍に探索者反応を検出。識別不能』
「なに……?」
「探索者反応!? 他にも人がいるの?」
俺とユナは顔を見合わせ、自然と身構えた。
マップの右、未探索エリアのぎりぎりに、ひとつの『青い点』がふわりと浮かんでいた。
それは一瞬だけ、チカッと点滅したかと思うと、次の瞬間消えた。
「……今の、なに?」
「分かんない。けど……、間違いなく誰かがいる」
俺たちの知らない誰か。このダンジョンに潜ってるのは、俺たちだけじゃない。
その青い点がなんだったのか。敵か、味方か、あるいは何かが間違って表示されたのか――。
わからないまま、ふたりとも言葉を失っていた。
張り詰めた沈黙の中、ふとユナがぽつりとつぶやく。
「……ねえ、怖くないの?」
「怖いに決まってんだろ」
「だよね。でもさ……」
彼女はスマホのマップを見ながら、小さく笑った。
「それでも先に進もうって思うあんたは、やっぱすごいと思うよ。
あたしなんて、地図がなかったらその辺で泣き崩れてたかもしんないし」
「いや、それ俺も同じだから。マジで」
地図がなかったら、俺はもうとっくにビビって逃げ出してた。
マッピングスキルがあるからこそ進めてる。
「……でもさ見えるって、案外怖いよな」
「え?」
「罠があるかもしれない。敵がいるかもしれない。そう思って見るマップって、ある意味絶望の地図だ」
どこまでも広がる通路。
マップがどんどん塗られていくたび、まだ終わらないってことが突きつけられる。
俺の言葉に、ユナはちょっとだけ目を細めた。
「そっか……。でも、あたしは見えるほうが好きだな」
「……なんで?」
「怖くても、どこまで行けるか分かるから。ここまでやったって、地図に残せるからさ。
それって、めっちゃカッコよくない?」
不意にそんなことを言われて、言葉に詰まった。
マップを自分の足跡として捉えてるあたり、こいつ……やっぱ筋金入りのマッピング中毒者だ。
「……褒めても何も出ないからな」
「ふふっ、じゃあ次の階層でおいしいもの探そ? 宝箱におやつとか入ってるかも!」
「ファンタジーな期待すんなよ。……でもまあ、いいか」
俺たちはマップを見ながら、次のルートを確認する。
ユナが落ちた穴の先、さらに南側に伸びる通路。そこに、次のフロアへと続く扉が見えていた。
『確認:扉の向こうは構造レベル変動階層です。転送には双方の同意が必要です』
「へえ、意外と律儀なんだなこのアプリ」
「つまり、合意がなきゃ先に進めないってこと?」
「らしいな。……行くか?」
「もちろん!」
俺たちは互いに頷き、同時にスマホのボタンをタップした。
画面が白く弾けた瞬間、目の前の扉がゆっくりと音を立てて開いた。
その先に広がっていたのは、霧に包まれたまったく別の世界だった。
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