第17話 記憶再生エリアと、かつての声
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白く霞んだ空間の中を、俺たちは進んでいた。
壁と床は曖昧なグラデーションで、どこまでが道でどこからが空間なのかも分からない。
『記憶再生エリアへようこそ』
『本エリアは、プレイヤーの深層記憶を参照し、自動生成されています』
スマホの通知が静かに表示される。その文字すら、現実感に欠けて見えた。
「記憶再生って……もしかして、さっきの記憶回廊の続き?」
「だと思う。ここは誰かの記憶を再生して、何かを見せようとしてるんだろうな」
俺はスマホをしまい、目の前の空間を見据えた。
するとまるで視界がバチッと切り替わるように、風景が変化する。
そこに現れたのは、見慣れたゲーム画面だった。
俺がかつて使っていた旧アカウント名。そして、その隣に表示されるフレンドタグ。
『Lulucia』
フレンドリストに常にいた名前。
ログイン通知を見ては、毎日のように一緒にプレイしていた。
チャットウィンドウが、ゆっくりと自動再生される。
『ねえねえ、蓮くん。今日も迷宮潜ろ?』
『またスライム祭りになるけど、我慢してね!』
『いいってば、俺は別にスライムでも楽しいから』
『……やさしいなぁ、ほんと』
懐かしい文体。顔文字も、口癖も、すべてあの時のままだった。
俺は無意識に隣のルルを見た。彼女は立ち尽くしたまま、震える手を胸元に当てていた。
「ルル……?」
「わたし……これ、覚えてる。あたしが、ルルシアだった……」
その瞬間、彼女の瞳に涙が浮かんだ。
「うそ……。こんなにはっきり……。なんで今まで、思い出せなかったんだろう……」
「きっと、何かがブロックしてたんだ。記憶を無意識に」
「でも蓮くんの声聞いたら、すっと開いたの。胸がぎゅってして……」
俺はゆっくりと、ルル――いや、ルルシアの肩に手を置いた。
「思い出してくれて、ありがとう」
一方で、ユナは少し距離を置いて二人を見ていた。笑っていたが、その目は少しだけ寂しげだった。
「ユナ……」
「あー、ごめん、見ちゃった? べつに、嫉妬とかじゃないの。たぶん」
「……」
「でもさ、ちょっとだけ……羨ましいなって思ったの。私にもそういう人、いたのかなって」
彼女の言葉に、ルルがそっと手を差し出した。
「いるよ。きっとこれから、出会うから。蓮くん、渡さないよ?」
「ちょっと! 今いい感じだったのに、台無しじゃない!」
「えへへ、ごめんごめん!」
わちゃわちゃと笑い合うふたりに、俺は少しだけ救われた気がした。
しかし、その平和な時間は長くは続かなかった。
『システム警告:記憶再生に干渉する存在を検出』
『抑制プロトコル、破られました』
スマホが微かに震えた。
「な、なに今の?」
「また、来るぞ……!」
その瞬間、空間の奥がゆらりと揺れた。
現れたのは――カエデだった。
しかし、これまでと雰囲気が違う。
まるで正体を現したかのように、髪が風に逆らうように広がり、目は真紅に染まっていた。
「……やっと、ここまで来たのね」
「カエデ……」
「違うわ。私の名前はもうあなたは知ってるはずよ、ルルシア」
ルルが一歩下がった。
「まさかあなた、エリカ……?」
「そう、最後の扉を開く鍵。それが、私」
その言葉とともに、周囲の空間がノイズのように揺れる。
『強制記憶戦闘領域に移行します』
『プレイヤーは過去の選択に基づいた行動を取ってください』
見覚えのある戦闘メニューが空中に浮かび上がる。
「え? これ、昔のバトルインターフェース……!」
懐かしい、けれど忘れていた光景。
あの頃、何度も繰り返したイベント戦。けれど今回は結末が違う気がする。
「ルル、ユナ、行けるか?」
「もちろん!」
「ちょっと不安だけど……、いくっきゃないでしょ!」
俺たちは、記憶の再現バトルに突入した。
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