第12話 休憩階層とタオルと、出会ってはいけない第3の彼女
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中ボスを倒した直後、足元のマップに新たなルートが表示された。
それはまるで報酬のように、先へと進む安全な階層――。
『階層分類:リラクゼーションゾーン(安全エリア)』
『危険度:極小/戦闘発生率:0%』
「おお……。温泉あるっぽい!」
ユナが画面を指差し、嬉しそうに叫ぶ。
その目はもう完全に戦闘を終えた冒険者ではなく、湯けむり女子旅の顔だった。
「っていうか、なんで迷宮に温泉があるのさ?」
「癒しも大事なんだよ、きっと。いわゆるバランス設計ってやつ?」
「その『設計者』の趣味が偏ってる気もするけど……」
ルルが首を傾げながらも、ひょいひょいと先へ進む。
立ち止まった先には、やたらと立派な『のれん』がぶら下がった石造の入口。
『混浴・男女別選択制』『脱衣所完備』『ボイスロックあり』
「……どう見てもサービス精神過剰です、本当にありがとうございました」
ユナがタオルを取りながらぼやいた。
「じゃあ、1時間後に再集合ってことで!」
そう言って、ルルはさっさと女子更衣室の奥へと消えた。
ユナもそれに続いていくが、なぜか一瞬こちらをチラッと振り返る。
「……ねぇ、混浴に入る?」
「いいや。俺はそういうのしない」
「ふーん。……ちょっとは揺らいでもいいのにな」
「えっ」
「なーんでもないっ!」
そう言って、ユナは顔を少し赤くして、慌てて中へ入っていった。
(何だ……?)
俺は嘆息しつつ、男子更衣室へと足を運ぶ。
湯気の立ち込める岩風呂に体を沈めた瞬間、全身の疲労が一気に溶けていくような感覚が押し寄せた。
「……くっそ、気持ちいい……」
迷宮の緊張感も戦闘の張り詰めた空気も、今だけは遠い世界の出来事のようだった。
マップの表示も止まっていて、まるでゲームのポーズ画面にでも入ったみたいだ。
そのときだった。
「そこの君、冒険者かな?」
この場所で聞こえるはずもない女性の声に、俺は反射的に湯の中で姿勢を正した。
そちらを見ると、少し離れた岩の陰からひとりの女性が顔を出していた。
濡れた髪が肩にまとわりつき、赤みがかった瞳がこちらをじっと見ている。
彼女の手には湯桶。タオル一枚で前を隠している。
(ここ男風呂だったよな……?)
「ご、ごめん! 気づかなかった。すぐに出るから!」
「ん? そんなに慌てなくてもいいのに。ここ、安全エリアだろう?」
そう言って、彼女は平然と湯船に入る。それにしても、やけに目立つ体つきだった。
いわゆる、『全部持ってるタイプ』。
スススっと、一切の戸惑いも見せずこちらに近づいてくると、俺の隣で肩近くまで沈む。
「名前、教えてくれるか?」
「あ、えっと……御崎。御崎蓮。学生です、一応」
「ふふ、蓮くんか。私はカエデ。少しだけ先にこっちに来ていた」
「先にって……?」
「迷宮に呼ばれた。そろそろ『鍵』が揃ってきたから」
意味ありげなその言葉に、俺は軽く眉をひそめた。が、それ以上に気になるのは――
(ユナやルルに見られたら誤解されるやつだ、これ……!)
俺は挨拶もそこそこに、慌てて湯船を出た。
再集合時。男子風呂から出てきた俺を見たユナの目が鋭く光る。
「……ねぇ御崎くん。何かあった?」
「え、いや? 普通にひとりでのんびりしてただけだよ?」
「へぇ~? へぇ~~??」
「ほんとに!」
「怪しい。超怪しい。あたしの第6感がギュンギュンしてる」
そんな中少し離れた通路の影から、再び姿を現した女性。――カエデは、ゆっくりとこちらを見つめていた。
「さて、これで『全員』揃ったかな?」
その呟きは、迷宮のどこかに溶けて消えた。
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