第11話 中ボス部屋と、服と、揺れた何か
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「ねえ、御崎くん。今さらだけど……この道、ちょっと不自然じゃない?」
ユナがスマホをかざし、薄くなった霧の中でマップを見つめる。
画面には既に立体的な迷宮の地形が描かれているのだが、その一角にぽっかりと『正方形の空間』が浮かんでいた。
あからさまに怪しい。
というか、いかにも『罠です』って顔をしている。
「いや、むしろこれは――」
俺が口を開こうとした、その時だった。
「きゃあああっ!? うわっ、うそっ、ちょ、落ちるぅぅ!」
先頭を歩いていたルルが突然叫び声を上げ、地面が彼女の足元から崩れる。
その拍子に空間全体がきらりと輝いた。
『階層警戒システム、解除』
『ボスルーム転送開始』
……まさかの落とし穴式転送。
「わっ、ちょっと待って! 御崎くん、バランス崩れるっ!」
ユナがとっさに俺の腕を引き、よろけそうになった体を支えてくれる。
その直後、空間全体が水中のようにゆらりと揺れ、俺たちは足元の感覚を一瞬失った。
「ボスルームって、心の準備できてない時に限って来るよね!?」
「ていうか、ルルが突っ込んだのが原因じゃない?」
「ほんのちょっと押しただけだもん!」
もはや抗議というか、責任の押し付け合いになりつつある。
そんなくだらないやり取りをしているうちに、視界が再び明るくなった。
到着した先は――石造りの広間だった。
空気が張り詰めていて、床も壁も無駄にごつごつしている。
いかにもボス部屋らしい、どこか不穏な気配を放っている場所だ。
そして中央には、仮面をつけた獣のような魔物が、静かにこちらを睨んでいた。
『戦闘開始』
『スキル制限:簡易化モード。……装備耐久制限あり』
「……ねぇ御崎くん。『装備耐久制限』って、嫌な響きしかしないんだけど」
「たぶん防御よりも『見た目にダメージ』が出るタイプのやつだな」
「へ? 見た目って――」
その時だった。背後から、ルルの小さな悲鳴が響いた。
「な、なにコレ!? 服、裂けてるんだけど!? まだ何もしてないのに!?」
振り向くと、ルルが背中を丸めていた。
どうやら転送された際、背中から床の出っ張りに転げ落ち、上着を引っかけたらしい。
広間のあちこちには鋭い石の突起があって、着地の運が悪ければこうなるのも無理はない。
「これ絶対、部屋の設計者が性格悪いよね!?」
「完全に同意する」
『敵:フェルム=マネト 出現』
そんな会話を遮るように、魔物が低く唸り声を上げた。
全身を黒い毛で覆った巨大な獣――その両目は仮面の奥で、ギラリと不気味に光っている。
「来るよ!」
「左から回り込む! 御崎、マップで罠探して!」
ルルが一気に距離を詰めた。軽快な足取りと無駄のない動きは、やはり戦い慣れしている証拠だ。
だが、敵も一筋縄ではいかなかった。
獣が爪を振るい、ルルの体が壁際まで吹き飛ばされる。
転がる彼女に駆け寄ろうとした瞬間、魔物の視線が今度は俺の方へと移った。
(マズい……距離が近い)
攻撃を避けきれない。身構えた、そのときだった。
「やめてよっ!!」
ユナの叫びとともに、風が渦を巻く。彼女の手元から放たれた鋭い風の刃が、魔物の脚をかすめた。
「え? ……今の、あたし?」
「ユナ……?」
「ふたりを見てたら、なんか体が勝手に……」
彼女はきょとんとした顔で手のひらを見つめていたが、やがて表情を引き締めた。
「……今なら戦える気がする。あたし、このまま逃げるのイヤだから」
そう言って、彼女はすっと俺の隣に立つ。その姿が、ちょっとだけかっこよく見えた。
たぶん気のせいじゃない。
「マップ、任せてくれ!」
俺は迷域マップの立体表示から、崩れやすい床、吊るされた鎖、支柱の緩み――。
地形の脆いポイントを一気に読み取る。
「ルル、あの柱の裏から回り込んで! 魔物を足元の罠へ誘導してくれ!」
「了解ぃっ!」
魔物の足元がルルの蹴りで崩れ、体勢が崩れたところに俺が指をマップに滑らせる。
「『地形指定:崩落トリガー』、発動!」
床が砕け、仮面の獣が奈落へと落ちていく。
『戦闘終了』
『報酬:回復ポーション×3、リボン付き軽装(女性用)』
「……なにその報酬。完全に嫌がらせじゃん」
ルルがしぶしぶそれを受け取りながら、俺のほうをちらりと見る。
「御崎、後ろ向いててよね。ってか、絶対振り返っちゃダメだからね」
「了解。全力で見ない」
「見なさすぎるのもどうかと思うけど……」
「じゃあどっちが正解なの!?」
(俺が悪いのか……?)
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