第1章 第1話 その日、俺のスマホが『迷宮』に繋がった
朝から画面の調子が悪かったスマホが、ついに壊れたかと思った。
いつものようにバイト終わりに牛丼をかきこみ、スーパーで半額のアイスを握りしめて帰ってきた俺は、布団に潜り込みアプリを閉じた――はずだった。
画面が真っ黒になったあと、突然表示されたのは見たこともないアイコン。
Mapphoria――。
タップした覚えはない。そもそもこんなアプリ、入れた記憶もない。
「なんだこれ……地図アプリか?」
立体的な画面が浮かび上がり、まるでゲームのダンジョンのようなマップが表示される。そこには、『現在地』らしき光点と、その周囲に広がる灰色の未知のエリア。
と、その時だった。
『探索モード起動。迷宮へのアクセスを開始しますか?』
「……へ?」
その言葉を読み終える前に、画面が白く弾けた。
眩しい光の中で、俺の身体が引っ張られるように――どこかへ落ちていく感覚がした。
◆
視界が戻ったとき、俺は見知らぬ場所に立っていた。
コンクリート……ではない。不自然に整った灰色の床が、遠くまで続いている。
まるで、何かの設計図通りに作られたかのような通路だった。
「どこ、だよ……ここ」
辺りを見回す。壁も天井もある。
まるでダンジョン――。ゲームでよくある、あの『最初の階層』みたいな雰囲気だ。
手にしたスマホはまだ光を放っていた。
さっきのアプリ――Mapphoriaが起動されたまま、俺の足元のマスを青く塗っている。
『探索開始。現在地:不明エリア・第0層』
『スキル《迷域マップ:ユニークコード001》を認識しました』
……スキル?
変な夢を見てるだけだ。寝る前にゲーム実況見てたし、疲れてるんだきっと。
そう思って歩き出した瞬間――スマホの画面に『赤い点』が出現した。
『敵影、接近』
「いやいやいやいや、嘘でしょ!?」
次の瞬間、通路の奥から『それ』は現れた。人の背丈ほどある骨のような腕を持つ――白い、無機質な『何か』。
そいつは音もなく、まっすぐ俺に向かってきていた。
ガチャン。ガチャン。ガチャン。
骨のような腕が無機質な床を叩くたび、足元にビリビリと振動が伝わってくる。
人間の顔を歪ませたような仮面をつけた、『白い影』。ゆっくり、けれど確実にこちらへと距離を詰めてくる。
声も出せず足も動かず、俺はただスマホを握りしめていた。
そのとき。
『スキル発動:《迷域マップ》レベル1』
「――っ!?」
突然、俺のスマホが発光した。
マップ上に、通路の奥までびっしりと網目状の地形が描かれていく。
さっきまで灰色だったエリアが塗り替えられ、赤い点(=敵)の動きすらリアルタイムで表示されていた。
さらに、画面の右端にこんな表示が浮かぶ。
『現在位置から10メートル先、右方向に『誘導用ギミック』検出』
「……ギミック?」
とにかく、そこに行けってことか。
スマホのマップを頼りに、俺は通路を駆け出した。
幸い敵は遅い。動きはガシャンガシャンとうるさいが、まだ追いつけない。
走って曲がって、表示された座標にたどり着くと――。床に奇妙な赤い模様が描かれたパネルがあった。
「これか!?」
思い切って踏み込むと、パネルがぼんやりと光った。
直後、背後で「ドゴォォン!!」という爆音。振り返ると、敵が通路ごと爆発に飲まれていた。
「……え、マジで。倒した……?」
息が切れる。膝も震えてる。だけど確かに、俺のスマホが俺を『勝たせた』んだ。
爆発のあと、しばらく通路には音ひとつなかった。
敵の白い破片が、床の上にバラバラと散らばっている。鉄とも骨ともつかない異物。
それはさっきまで『俺を殺しに来ていたもの』だ。
「は、ははっ……。マジかよ……、生きてる」
実感がなかった。いや、なさすぎて笑えてくる。
でも――。
手にしたスマホは、まだ静かに光っていた。
マップには『今いる位置』が青く表示され、道の先には未探索エリアが広がっている。
画面には、こんな表示が浮かんでいた。
『ログアウト機能は現在使用できません』
『探索を継続してください』
「……ログアウト、できない?」
心臓がひとつ大きく跳ねた。
夢じゃなかった。妄想でもゲームでもない。俺は、本当に『異世界の迷宮』に落とされたんだ。
そして――、このスマホだけが俺の命綱だ。
たぶんもう戻れない。いや、簡単には帰れないってことだろう。
「だったら……」
俺はスマホを握りしめ、画面に映る『未踏のマップ』を見つめた。
「せめて、奥まで踏破してやるよ。迷ったままじゃ気が済まねぇしな」
と、その時だった。
遠く――通路の奥から、小さな足音が聞こえた。
……誰か、いる?
その姿はまだ見えない。けれど、確かに『人の気配』がした。
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