【第一部】ローズ村
ここは王都から南のマルス公爵領からさらに南東に位置する、中規模都市バルボン周辺に点在しているしがない農村で、木造りの家々が建ち並ぶ、村の名前はローズ村という
「・・・イル、カイル、カイル!
いつまで寝てるんだよ、もうお昼の時間はとっくに過ぎてるよ」
「おっと、少し寝過ぎてしまったみたいだな
起こしてくれてありがとうボーズ
さて、午後もしっかり働くかなぁ」
ここはローズ村、村民百人程度の小さい村だ
王都からは程遠く、みんな薄汚れたチュニックを着て、肩を寄せ合って協力しながら生活をしている
さっきおれを起こしてくれたのが、おれと同い年で十二歳、幼馴染で親友のボーズ
身長はおれより大きくて、体型はガッチリしている、たまに大人に間違われるらしい
「カイル!どこ行ってたんだ
午後の仕事はもう始まっているぞ
ラビットの解体作業が溜まっているから手伝ってくれ」
これはおれの父エイルム
この小さい農村で唯一の商店を経営している
商店といっても売り物を仕入れて売るだけではなく、近隣で狩った魔物の解体や家の修理、さらに水の運搬から各家庭から出るゴミや汚物の収集まで多岐に渡る
また村の外での食料採取の護衛まで何でも屋になっている
「父さん
今日のラビットの解体は何匹あるの?」
「見れば分かるだろう、いっぱいだ」
「はいはい、黙ってやりますよ」
カイルは木製のテーブルの前に立ち、ブルーフロッグの皮で出来た前掛けを着て、右手に鉄のナイフを持つ
横たわっているラビットの首を一刀両断
血がジワリと出てくるがカイルは気にしない
そのまま皮を剥いで、今度は真ん中のお腹あたりにナイフを入れ、内臓を取り出す
あっという間に肉塊にしていく
「おいボーズ
何度も言ってるけど内臓を綺麗に取り除かないと、臭いも出るし変な血の味がするんだよ
売り物なんだからしっかり頼むよな」
「カイルはそういうことはしっかりしてるんだよね
まぁそういうカイルだから僕も付いていってるんだけどさ」
カイルはその後も手を止めることなく解体をしていく
ボーズもカイルと比べると、スピードがやや遅いものの解体をしていく
そうこうして作業すること約四時間
「ふぅ、全部終わったなぁ
ボーズ今日はこの辺にして上がろう」
「カイル、今日の夜ご飯は何かな
僕は肉な気がする」
「ははは、それはこれだけラビットがあるんだ、誰だって予想出来るぞ」
カイルは前掛けを脱ぎ、店の裏においてある大きな樽から桶で水を汲み手を洗い、ついでに顔も洗う
「カイル、解体は終わったかぁ
解体したラビットの肉は明日お店で売るから、食料庫にしまっておけよ」
食料庫といっても、この木造りの店舗兼自宅の一角で、窓のないただの角部屋だ
年間通じて穏やかな気候のため、たまに空気口を開いて空気の入替を行う程度
そもそもこんな小さな農村では、食料はすぐ食べるか燻製や塩漬けにしてしまうためあまり腐る心配はない
「良い匂いがしてきたなぁ
僕もう待ちきれないよ」
ボーズは七歳の頃からこの商店で丁稚として働いている
丁稚は基本的に給金はなく、朝夜の二食付きと商店の売れ残りを持って帰れる
ただ将来的には、おれの右腕としてこの商店を支えて欲しいと願っている
そして料理を作ってくれているのが、おれの母セダ
高身長で抜群のスタイルを誇っている
とっても綺麗好きで性格もきっちりしている
泥だらけの洋服で家に入ろうもんならとんでもないお仕置きが待っている
昔のことは聞いたことはないけど、父さんも母さんも他の街から来たっていうし、きっと昔はさぞモテたのだろうと思っている
なぜ平凡な父さんと結婚をしたのか謎は深まるばかりだ
リビングに戻ると、母さんが父さんご自慢のモロの木から切り出した1枚板のテーブルに、ご飯を並べている
農村の食事はだいたい毎日同じような物が出てくる
大概固いパンと穀物と肉や魚を煮込んだスープだ
おれはこれが当たり前だと思ってるので、特に不満もない
聞いたところによると、大きな都市にいる兵士の遠征では、この固いパンよりさらに固いパンを食べさせられてるらしい
何でもティースブレイカーと呼ばれ、幾千もの兵士の歯を破壊してきたって噂だ
そんなものに比べれば、ここのパンはまだマシだ
そして夕飯が終わって、少しのんびりしてから寝る
次の日…
我が家の朝は早い
日の出と共に起きる
父さんはヤムの葉を煮出したお茶を飲みながら、昨日やり残したことや今日やる事を整理している
母さんは炊事に洗濯に掃除と大忙しだ
おれはというと、毎朝身体を鍛えてる
商人の子供に必要ないかといえばそうではない
いや、正確にいえばうちの村の商人には必ず必要だ
「ハァッハァッハァッ
今日は村の周りを3周も、、走ってしまった、、ハァッハァッハァッ
静寂とした朝だと頭を真っ白に出来るから、ついつい走り過ぎてちゃうんだよなぁ
よしっ、次は剣術の鍛錬だ」
ビュッ
ビュッ
ビュッ
木刀を振る音が静かに響き、切先から風が僅かに巻き起こる
そして朝の鍛錬が終わって、カイルはお店を手伝う
「カイル、今日の仕事は子爵様である村長の家の屋根の修理と、各家庭から出た汚物の回収だ
分かってると思うけど、汚物は回収した後に肥溜めに捨てて、その上に落ち葉で蓋をするんだぞ
そうすりゃ臭いも防げるし、落ち葉と混ざって良い肥料になるんだ」
この村の村長は子爵である
名前はレアード子爵というが、みんなめんどくさいので、ただ村長と呼んでいる
子爵といっても大して偉い訳でもなく、あくまで村の代表として行事を執り行ってるだけだ
家だって他の家と変わらない木造りで、狩りに参加することも農作業もする
ただ少しだけ伯爵様から給金が出てるって話だ
「村長、エイルム商店です
屋根の修理に来ました」
「おお、カイルか
どうやらこの前の大雨で、雨漏りがするようになってしまったんじゃ
すまぬが直してくれるとありがたいわい」
ボーズが持って来た梯子を家に掛ける
「ボーズ
その木材とトンカチを屋根に持って来てくれ」
「相変わらずカイルは人遣いが荒いなぁ」
「仕方ないだろ、力仕事が得意なボーズと手先が器用なおれでは、おれが屋根でボーズが荷物の運搬だろ」
「やれやれ」
それからカイルとボーズは淡々と仕事をこなし、お昼には屋根の修理が終わる
「さて
昼寝してから次の仕事に行くとするか」
「僕は一足先に店に戻って、汚物回収の用意をしとくよ
カイルもあとでちゃんと来てくれよ」
この村の食事は基本的に朝夕の二食だ
おそらく他の村も一緒だろう
都市に住んでいる人は知らないが
「カイル、ちゃんと戻ってきたんだね
隅の家から汚物をドンドン回収していくよ」
「ボーズ、任せた!」
「…任せられた!!」
ボーズのこういうお人好し過ぎるところが、大好きなんだよなぁ
なんだかんだカイルも手伝って、肥溜めと家々を何往復もしてやっと回収が終わり、その辺に無数に落ちているシダの落ち葉を拾いまくって、十個ある肥溜めの一つに投入した
「ふぅ、今日も仕事が終わったなぁ
十年もすればあの肥溜めの汚物が肥料になって畑に蒔けば、麦や野菜がいっぱい出来るってんだから凄いよなぁ
父さんもその麦や野菜を買って、また売って儲けてるんだからよく考えられたシステムだね」
「やっぱりエイルムさんは凄い人だね」
カイル達は仕事が終わり荷車を引いてると、村の出入り口から四,五人の男達と帰ってくる母さんがいた
実は母さんめちゃくちゃ強い
ワイルドボアの皮で出来た革鎧と、ビッグタートルの甲羅を切り出した小手を装備し、ズボンはブルーフロッグの皮を縫合わしたレギンスを履き、武器は使い込まれた短剣が腰に掛かっており、熟練の冒険者のようだ
「あらお二人さん、仕事は終わったの?
…あと、ちょっと臭いわね。。。
あ〜汚物の処理ね、村の役に立つ立派仕事だと思うけど、ちゃんと家に入る前に洋服を洗うのよ?」
「分かってるよ母さん
洋服も洗うし、身体も水で洗い流してから家に入るよ」
しばらくすると夕飯の時間になる
「カイル、ボーズご飯よ〜
今日は狩りのついでに、キノコのマッシュルを取って来たから、ざく切りにしたマッシュルと、ラビットの塩漬け肉のスープに、マッシュルとニンニクをオリーブオイルに入れたアヒージョよ」
「父さんこのアヒージョ大好きなんだよなぁ
ワインが進むんだ」
何のご飯でもワインが進んでしまうだろうにと思ったが、心の中にしまっておくことにしよう
「おれとボーズはこのアヒージョに固いパンを浸して、柔らかくして食べるのが最高に美味くて好きなんだよね」
そうこうして食卓にあったもの全てを平らげ、ボーズは家に帰り、おれは腹一杯で幸せになりながら眠りにつく
【人物紹介】
ボーズ
年齢:十二歳
生い立ち:生まれも育ちもローズ村
家族構成:父親は建築屋で若い頃はバルボンで働いていたが、騎士の娘であった母親と駆け落ちしローズ村に落ち着く
妹が一人で母親から貴族作法を叩き込まれている
特技:田んぼ相撲(昨年豊作祭最大イベント、田んぼ相撲子供の部に出場し七連覇を飾る)、???
Episode:カイルと正式に出会ったのが五歳の頃、うっかり同い年の女の子のパンツを見てしまい
周りの女の子からいじめられていたのをカイルに助けられ、以後カイルに人生を賭けて恩返しすることを誓う