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拙い文章のため読みにくいと思います。それでも読んでくださるのならとても嬉しいです。

 まだ朝は来ない


        ―1―


 見上げれば綺麗な星、そこにもう月は居なくて、怖いくらい黒い星の空。

 古びたアパートの屋上のさらに上。ただ、ポツリと一つ貯水タンクがあるだけの、柵も無いこの場所で、私もまたポツリと一人。

 びゅうっと風が私と貯水タンクの間を吹き抜け、肩まで伸びた私の髪と制服のスカートを揺らせた。右手でタンクに触れる、冷たい。

 五階建てのこのアパートの屋上からでは、もう町ひとつ見渡せない。最近出来たばかりの大きなマンションが壁となり、彼方を隠す。

 私がまだ幼い頃は、あの壁の向こうに世界があった。遥か彼方のあの山は、ゆっくりと青の速度を上げながら、ぼんやりと、でも確かな存在感を放っていた。

 それも今では見えない。昔は星空みたいだった町の展望も、建設中のマンションで覆い隠され、町はいくつにも切り分けられてしまった。屋上から見渡す景色に、昔ほどの価値はなくなっていた。

 私みたいに、価値が無いものに。

 沢山の人に救われ、支えられ、だからといって何かを返せるほど、何かを持っているわけでもない。

 能力が高いわけでもない、だからといって人よりやる気があるわけでもない。やる気は平々凡々。人として魅力的でもない、誠実でもない、プラス思考や前向きでもない。

 私が持っているのは何もないって事だけだ。

あまりに空虚だ。私はだめだ。

 私はゆっくりとその場に座り込んだ。吐く息は白く、風に乗って後方へ消えていく。

 夢のように、波間の泡沫のように、白い息は、あらわれては後方へと消えていった。

 私の夢も、この息のように、どこかへ消えていってしまうのだろうか。

 私の夢は童話作家になることだ。幼い頃、体が本当に弱い時期があって、私は家から一歩も出ることが出来ないでいた。あの頃の私の世界は、お母さんが持っていた本の中だけだった。

 沢山の絵本を読んでもらったと思う。でも私が一番好きだったのは、宮沢賢治の書いた童話だった。始めはそんなに好きでもなかった。

 ただ、お母さんが長くそばに居てくれそうな本を探したら、これかなと思っただけ。

 私一人なら絶対に読むことの無いものだったと思う。長いし絵もないし。

 でも絵本はすぐに終わってしまうから。

 それから毎晩、お母さんは銀河鉄道の夜を読んでくれた。狙い通り、私が寝る前に物語が終わってしまうような事は無かった。

 まぶたを閉じながら、毎晩お母さんの心地よい声の中を泳いだ。その海は壮大な冒険を語っていた。ジェバンニとカムパネラと私。一緒に旅をするような、そんな気持ちだった。

 どんどん宮沢賢治の世界に惹かれていった。

 私の体は歳をとるごとに少しずつ強くなっていった。両親とお医者さんのおかげ。

 自由に出歩けるようになって、学校も休まなくて良くなった頃、私は夢を抱いていた。

 沢山の人に、その心に、何かを残せるような物語を書きたい。

 それを仕事に出来たらどんなに幸せだろうかって。

 でも、私は弱い。絶対になってやるとか、そこまで強い願いじゃない。他に夢や、やりたいことが無いから、この夢は強い気持ちで出来ているんだ! そう思う事にしたのかも。

 本気で願う、本気で思う人には敵わない。敵うはずがない。それを思い知った。投稿した私の物語は、誰の心も打たなかったそうだ。

 だったら私は何を持っているの? 持っていない、それが真実だろう。才能も無い、実力も無い、なにより、揺ぎ無い強い心が私にはない。一度でも、何かに対して直向きな姿勢を見せられただろうか? やる気を出したことは? いつも通り私の思考はここでループする。答えの無い問題に挑み続ける。

 答えの無い問題に挑む、不毛なのも解っている、でも考えずにはいられない。結果的に何も考えないのと変わらないのにね。

 私は体の向きを変え、冷たい貯水タンクに背中を預けた。まだ朝は来ない。


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