7話 食後の紅茶
数日後。
10台以上の馬車がネコ王国を出発した。
国境にある検問を越え、ウサギ帝国の砂漠地帯へ向かう。
「おはようございます」
聖女はベッド馬車で目覚めた。
ラウル王子とアレクサンドラが静かにうなずく。
馬車から降りると、大量のネコ兵士、大量のウサギ兵士、そして…
「思った以上に…これは…砂漠ですね」
地平線まで真っすぐに砂漠。
遠くにぽつぽつ見える山肌は黄土色で、木をすべて切り倒してしまったことが一目でわかる。
聖女は前へ進み出た。
「(お城で沢山練習してきたことを思い出して、ここでも同じように祈るだけ…)」
深呼吸をして、背筋を伸ばし、胸に手を当て、祈る。
「(この土地はまだ生きている…小麦が、野菜が、ミルクの実が、また元気に育つことができる土地に戻る…この土地は生きている…)」
自分に暗示をかけていく。
「(野菜が育つ元気な大地になるためには…まず草が必要…草が進出してくるには…根を張れて保水できる土が必要…空気中に漂う地衣類の胞子よ、ここで増えて…)」
砂がカビたようにぶわっと黄緑や灰色になり、兵士たちがざわつきだす。
後ろで見ていたウサギ帝国の皇帝も、自分が座っている高いイスを兵士たちに運ばせ移動し、最前線で砂漠の様子を見た。
「何という事だ!砂が腐敗していっているではないか!!これでもし国民が健康を害するような事になれば、そちらの第一王子と聖女を捕えるぞ!」
「シっ!聖女様の集中の邪魔をしないでいただきたい!」
ラウルが自分の何倍も歳をとっている皇帝を、ぴしゃっとしかりつけた。
「(コケの胞子も…ここで増えて…地面を作って…草の種を呼んで…)」
地衣類やコケはどんどん増え、重なり、下になったものは死に、厚みを増していく。
両軍の兵士たちは、自分たちの足の下にコケが盛り上がってきたり、茶色くなって枯れたりしているのを見て騒いでいる。
キノコが大きくなったり、しぼんだりを繰り返し、少しずつ砂漠を茶色に変えていく。
「(この土地は生きていて…いつか美味しい果物が実る…)」
兵士の誰かがうわぁと叫んだ。
モコモコしたコケが気持ち悪くて蹴とばす者、怯えるような声を出す者。
「どういうことだ!?」
浮き沈みを感じるほど地面が揺れ動き、グネグネと足裏が植物に押され、みな驚いている。
「(根を張れなかった草の種…今こそ芽を出して…ここを緑の土地に変えて…)」
ぶわっと雑草が芽吹く。
聖女を中心に同心円状に草が伸び、目に見える範囲の砂漠が緑になっていく。
起きている事が信じられず、数人の兵士が気絶した。
倒れた兵士の鼻を、タンポポが撫でる。
――――――――――
皇帝が震えながら喋った。
「祈るだけで砂を土に変え、草が生えるまでにしたのか」
誇らしげに腕を組む聖女は、人差し指を立てていった。
「お話があるのですが、とりあえず、そこから降りてきてもらえますか?」
――――――――――
テーブルにテーブルクロスがかけられ、次々に食事が運ばれる。
「これは…どういう事だ」
怪しむ皇帝の前で、ラウルと聖女はふっふーん!という態度だ。
「わたくし聖女は祈りの力を使うと、たいへんおなかが空くのです。もうすぐお昼ですし、ぜひ一緒にお食事をと思い、用意させていただきました」
状況が呑み込めない皇帝は、少し目線が泳いでいる。
「これはパンです。好きな時に召し上がってください」
慌ててウサギ帝国の毒見係が飛んできて、少しずつちぎって食べた。
湯気を立てたスープが運ばれる。
「これはスープです。どうぞ」
毒見係が少し舐め、皿を皇帝の前に戻す。
「…いったい何の真似だ?」
「お食事ですよ」
しぶしぶ皇帝は出されたものを一口分ずつ口に入れ、スプーンを置き…たかったのだが、想像以上に美味しくて、一皿ずつ平らげてしまう。
「これはソースをかけたお肉です。どうぞ」
小さく切られた5切れの肉に、それぞれ別のソースがかかっている。
「うむ」
「これはサラダです。どうぞ」
彩り鮮やかなサラダは、ニンジンで作った花が添えてある。
「おおっ」
「これはデザートのアイスクリームです、どうぞ」
ストロベリー、ブルーベリー、バニラのアイスが、3つのスプーンに可愛らしく乗っている
「これは…?食べたことがない!」
「以上です。シェフのみなさん、ごちそうさまでした!」
改造キッチン馬車からシェフ達が聖女に手を振った。
「食後と言えば、やっぱり『お茶』ですよね♪」
白い容器に赤茶色の水が入っているのを見て、皇帝はいぶかしんだが…それまでの料理があまりにも素晴らしかったため、つい流れで口元に運んでしまう。
「!!!!」
「香り高いでしょう?」
「聖女よ、この濁った水は?」
「これはチャノキという木の葉っぱを乾燥させ、よく揉み、発酵させたものをお湯に入れて、香り・色・味を抽出した飲み物で…紅茶と言います」
「そうか…」
「で、先ほどお話があるといいましたが、良いでしょうか」
「うむ」
「確かに砂の上に土はできました。でもまだ1cmぐらいなんです」
「ああ、そのようだな。奇跡と言っても所詮はこの程度だ」
「風が吹けば飛んでしまうような表土ですから、まだまだ私がお祈りして、この土地の生命パワーを高めなければなりません」
「…まさか、まだ祈るというのか」
「大体1か月ぐらい毎日お祈りすれば、聖女のくいしんぼパワーで野菜が採れる土地に戻るんじゃないですかねー?」
「何が欲しい、何を考えている」
威嚇するように低い声で唸る皇帝との間に、ラウルが割って入った。
「1か月間、我々はここに滞在する。その間の水と食料はネコ王国から持参するので、行き来を認めてほしい」
「帝国に恩を売って、どうするつもりだ」
聖女は目線を外さず答えた。
「どうするつもりもありませんよ」
「そんなうまい話があるか」
「うまい話があるんです」
「ない」
「さっきの食事、美味しかったでしょう。あの料理みたいに美味しい話が、あるんです」
「…」
ラウルが話す。
「皇帝。実はこれは聖女の力試しでもある。国内で祈りの力を試して回り自信を付けた聖女は、荒れ果てた不毛の砂漠でもパワーが通用するのか、挑戦しているだけだ」
良子はうなずいた。
「まあちょっとした道場破りですよ」
聖女の謎の比喩にラウルの顔が少しシワっとなる。
「…見張りの兵士がここに残るぞ」
皇帝は渋々、聖女とラウル王子の滞在を認めた。
――――――――――
一か月後。
木が生えるまで豊かになった土地を後にする。
ここが30日前には砂漠だったといわれても、信じる者はいないだろう。
キャンプ用のテントなども片づけ、帰りの馬車の中。
「私が2時間しかこの世界にいない事、バレちゃったでしょうか?」
「ダミーのテントの中でアレクサンドラが一人芝居をしたり、懸命に偽装工作はしたが…まあ、勘のいい見張りには気付かれていたかもな。仕方ない事だ。だがな、それを上回る収穫もあっただろう?」
「ウサギ帝国が豊かになれば…もう国民も飢えずに済みますし?」
「余裕のできた市民は観光にも来るだろうなぁ…どこに?隣国にだな!ハッハッハ!」
「えーっ!じゃあ見張りの兵士さん達に振舞った料理が無料の宣伝になっちゃうかもしれませんね、ラウル王子!」
2人は握りこぶしを作り、グッとこぶしの先と先を合わせ、勝利の味をかみしめた。
完結させることができました!こ、これが完結!体中に完結がみなぎって来る…!しかも構想通り7話で終われてHAPPY!読んで下さりありがとうございました~!!!