4話 お肉にはソース
「ふぁあ…おはようございます、ラウル王子」
「会いたかったぞ聖女」
ゆっくりと体を起こすのを助けるように、背中に手を当てられた。
青い瞳で見つめられると、思わずジッと見つめ返してしまう。
シャムネコのようなポインテッドの顔と耳が可愛らしい。
「わ、私もお会いしたかったです」
お互いの目を見ながら、一瞬の沈黙が流れる。
アレクサンドラが近寄ってきてくれたので、良子はホッとして挨拶をし、ベッドから降りた。
照れて目線を外しながら喋る。
「それで、今日はどこへ行くんですか?」
「料理人から聞いたのだが、街の広場に出ている屋台に興味があるそうじゃないか」
「そうなんです!あっ、でもお祈りの仕事がありますから…」
「いやいや、もう一年分の働きをしたと言っても過言じゃないぞ。特に農園はえぐい事になっていてな…とにかく、感謝してもしきれないぐらいだ。本当にありがとう」
そう言うとラウルは立ち上がり、ゆっくり頭を下げた。
「そんな、私こそお礼してもしきれません。なぜか今朝もゴッツい宝石がついたブレスレットを手首につけて目覚めたし…」
「ハハハ。アレクサンドラ、ちきんと礼をしてくれたみたいだな」
「王子の言いつけ通りに」
ラウルはうむ、とうなずいた。
「そこでだな。今日はお礼もかねて君を街に連れていきたいと思うんだ」
「最高に嬉しいです。でものその前に…キッチンをお借りできますか?」
――――――――――
「ああシェフさん!これ、追加のドライイーストです」
昨日パン作りを手伝ってもらったシェフに感謝の気持ちを渡す。
「私が屋台に行きたがってるってこと、ラウル王子に話してくださってありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます!今朝の朝食にパンを作って出したのですが、大好評でした。聖女様のおかげです」
良子はエプロンと調理用グローブといういつもの恰好でキメる。
「屋台では茹でたお肉やフレッシュな野菜が売られているんですよね?ならソースを作って持っていきましょう」
仁王立ちで見ているラウルがうなずく。
シェフ達がわらわらと集まって来て、メモ帳片手にソースづくりを手伝ってくれる。
「あっ、すりおろし器がないんですね…ミキサーもないんですか?わかりました。トマトをみじんぎりにして煮ます。ガーリック、玉ねぎをみじんぎりにし、水、お酢、塩、こしょう、砂糖、ハーブ色々を少量ずつ加え…これを煮詰めてください。『トマトケチャップ』というソースができるはずです」
良子はシェフに次々と作業をお願いしていく。
「卵の黄身と白身を分けてください。殻を使って…こうです。白身の方は置いといて、黄身を使いましょう。黄身、塩、お酢を入れ、よく混ぜます。ああ、泡だて器もないですね。フライ返しで大丈夫ですよ。透明から白っぽくなるまで混ぜたら、少しずつ油を入れていくんです。『マヨネーズ』というソースができます」
空いているフライパンがあれば材料を入れていく。
「お酒を貰えますか?あっ、赤ワインですね!ワインに塩、こしょう、みじん切りにした玉ねぎ、ガーリック、ハーブをたくさん加えて煮たものは、ステーキのソースになります。」
こうして1時間みっちりソースを作り、それを瓶に入れ、慌てて城を飛び出した。
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馬車の中。
ソースの瓶が何本も入ったピクニックバスケットを持つ良子の顔は、これから広場へ向かうというのに悲しげだ。
「心配するな聖女。街は城の正面だ、すぐ着く」
「…私、失礼じゃありませんでしたか?」
「どういうことだ?」
「あの調理道具がない、この材料がないと気軽に口にしていましたが、シェフのみなさんやラウル王子は失礼だと感じませんでしたか?自分の発言が申し訳なくて…」
ラウルとアレクサンドラは上品に笑った。
「世界が違うのだから仕方がないだろう。逆にこの世界にあって、そちらの異世界に無いものも沢山あるのでは?それに…」
「それに?」
「料理の『レシピ』というのも非常にありがたいが、その『調理道具』というモノがどういう設計で作られているのかを教えてくれれば、鍛冶屋や道具屋で再現して作れるかもしれない。そのぐらいの技術力は我がネコ王国も持っているぞ」
「なるほど、確かにそうですね」
アレクサンドラも微笑んだ。
「聖女様が思うより、ラウル王子はしっかりしていらっしゃいますよ。つまり、料理が流行れば調理道具の製造・販売という新しい商売が増えて、国が盛り上がるとのお考えなんです」
「えっ!?そ、そこまでキッチンツール1つで大規模なビジネスになりますかね…」
良子の頭に、ショッピングモールにある料理器具専門店が浮かんだ。
いつも客がいたし、何より自分が大量にお金をつぎ込んでいる。
「うーん、なるかも…」
馬車の速度がゆっくりになり、停止した。
従者が馬車のドアを開け、先にアレクサンドラとラウルが降りる。
彼は良子に手を差し伸べた。
「(これって…手を添え返さないと失礼に当たるよね?)」
ぷにっとした肉球に手を乗せ、ゆっくりと馬車から降りる。
触り心地が良すぎて手を離しがたい。
たまたま買い物に来ていた市民、屋台や店の従業員から歓声が上がる。
ラウルは優雅な動作で手を振った。
「うわっすごい!確かに屋台がたくさん並んでいますね」
「城の中で暮らしているからか、こうした街中は新鮮だな…!」
「ふふ、私のためと言いつつ、本当はラウル王子もちょっと興味あったんじゃないですか?」
「まあな!」
2人は笑い合った。
警備の兵士が付きながらではあるが、ゆっくりと屋台を見て回り、野菜、肉、そして無発酵の薄いパンを大量に買う。
みな立ち食いで食事をとっているが、今回は王子と聖女が来るという事で、特別にテーブルとイスが市民によって用意されていた。
「なんだか、私たちだけ悪いですね。というか、ここに普段からテーブルを置いた方が、広場が盛り上がるのではないですか?私、DIY結構得意なので、材料と金づちさえいただければチャチャッとイスの一脚や二脚作りますよ?」
「こういう場所にテーブルやイスを常設すると、管理の問題が発生するからな。屋台の店主は自分たちの屋台を運ぶだけで精一杯だろうし、店を構えている店主にとっては屋外にテーブルを置くなんて商売敵に利するようなものだ。聖女の言う通り、街の賑わいのためには有効で簡単にできる施策だとは思うのだが…」
「なるほど…ラウル王子、一応公共施設の運営のプロですもんね」
「一応ではないけどな!?ちゃんとしたプロだぞ!?…税金を納めてもらっている以上、国家として市民に平等に還元することをいつも考えて…んっ?何をしている」
いつの間にか調理用グローブをつけた良子は、薄いパンに野菜と肉を挟んでいる。
「ケチャップとマヨネーズを少しずつ上からかけます。さあ、どうぞラウル王子。アレクサンドラと従者さんも」
「あ、ああ、すまんな」
パクっと食べた3人は、目を大きくして顔を見合わせた。
「警備の兵士さん達もどうぞ。そしてみなさん、おひとついかがですか?」
良子は市民に向けて話しかけた。
兵士が駆け寄り、防犯上一般人に近づけすぎるわけにはいかないと慌てて距離を取らせたので、料理を渡す役は兵士にお願いし、良子は料理作りに専念する。
「うまい!」
市民や兵士からも声が上がった。
ラウルは今日一番の笑顔で調理用グローブをつけ、良子の横に立った。
「作ってばかりでは食べられないだろう。私とアレクサンドラが変わるから、君は自分で作ったこの料理を食べるといい。ところでこれは…なんという料理なのだ?」
「じゃあお言葉に甘えて、いただきます。穀物を水で練って焼いたパンに、肉や野菜を挟んでソースをかけて食べる料理は、私の世界のどこでも広く食べられていて、その土地土地の名前があるんです。ですから…」
ラウルは手を動かしながらも、彼女の言葉を待っている。
良子は大きな口を開けて、自分で作った肉野菜包みをほおばった。
「うん、美味しいです!…そうですね。その土地土地の名前がある、ということは、ネコ王国にはネコ王国の料理名があってもいいんじゃないですか?例えば…ラウル包みとか!」
「な、なんだそれは!」
思わず材料を落としそうになり、慌ててキャッチする。
「ラウル包み!いいじゃありませんか」
アレクサンドラも援護した。
王子の従者も苦笑いする。
「…ところで、このお肉って何の肉ですか?まさかモンスターのお肉だったりします…?」
「なんだと!?聖女が暮らしている世界のモンスターは食べられるのか!羨ましいことだ、少なくともネコ王国の領地内に出現するモンスターは肉に毒があり、食用には向かぬ。毛皮や骨なんかは使えるのだがな」
良子は内心ホッとした。
「肉は畑で採れるぞ」
「ミルクと同じなんですね…」
――――――――――
城へ帰る馬車の中。
「広場でネコ以外の獣人も見かけましたね」
「ああ。隣国にドラゴンの国、犬の国、ウサギの国、鳥の国がある。この4か国と貿易することが多く、観光客もそれなりに行き来しているな」
「…観光に力を入れているんですか?」
ラウルはアゴを手で撫で、少し考えた。
「いいや。しかし、宿屋や食堂で金を落としていくと考えれば、まぁ…それなりには外国からの客も大切にしないとな」
「王子はビジネスに興味があるんですよね?さっきも調理器具の生産に興味がおありのようでしたし」
「もちろん、国の発展には仕事が無くてはな。モノづくりこそが国の根幹だ」
「製造業は何より大切だと思います。でもラウル王子、私の世界では観光ってすーーーーごく大きな産業になっているんです。風光明媚な場所を巡ったり、めずらしい体験ができる場所に遊びに行ったり、ホテルに宿泊したり。でもやっぱり私が一番好きなのは、その土地での食事なんです。『これ食べたい!』で旅行することもあります」
「…料理のために旅行か」
「はい。食のために国境を超えるという事も経験しました。人生初のパスポート取得、はしゃぎまくり食べまくりの台湾旅行、帰ってきて体重計に乗ったら4.5kg増加してて泣いて…」
アレクサンドラがおいたわしや、という感じで顔をシワっとさせる。
「と、とにかく!先程のテーブルとイスの話と同じで、素人考えではあるんですが、ネコ王国の料理が有名になれば観光で利益を出せるかもしれませんよ?」
「うむ、素晴らしい考えだ聖女。ここ数日で、城の食事は以前とは全く違うものになった。あの喜びと感動があれば、国外から人を呼び寄せることも可能だろう」
良子とラウルは微笑み合う。
「記念すべきネコ王国一品目の名物グルメメニューは、ラウル包みですね♪」
「その名称はどうだろうなぁ…?」
その時。
「…あっ、眠気が…」
隣りに座っていたアレクサンドラが座席から立ち上がった。
「城までまだ距離があります。馬車を止めさせて、ベッドの車両に移りましょう」
「…ふぁ、あ、アレクサンドラ、待って…馬車を止めてわざわざ乗り換えるなんて、そんなおおごとにしないで…眠れれば…どこでも…いいんだから…」
「なら、せめて座席に横になってください。馬車は揺れますから、落ちないように私がしゃがんで見ておりますから」
「こっちへ来てくれ、聖女」
ラウルが良子の手を取り、立ち上がらせ、自分の隣へ座らせた。
「体を横にして、私の足に頭を置くといい」
「お、王子様のひざ枕なんて…!?うっ…眠い…」
ラウルは良子の体をゆっくりと倒し、横にさせる。
自分の手を添えたまま眠らせた。
彼の体温を感じて、深い眠りに落ちる。
「これなら安全だろう。アレクサンドラ、今日の『お礼』は?」
「はい。ここに」
「…」
良子が目覚めると、大きな青い宝石が輝くブローチが手の中にあった。