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3話 ふかふかのパン

「起きた?起きたの!?」

元気いっぱいの声に起こされ、良子は目覚めた。

「うーん、お、おはようございます…」

顔から10センチぐらいしか離れていないところに、オレンジ色の茶トラの鼻がある。

「だ、誰!?」

「ボク!」

「いや誰!?!?」

「第三王子のルドガー!これからよろしく!聖女って呼び方じゃ味気ないよね。名前はなんていうの?」

「りょ、良子ですっ…離れてください!!!!」

手でぐっと押しのけ、そのままベッドから起き上がる。

「リョウコ、仲良くしよう!…ん?手に持っている小瓶は何?」

「あっ、やった!実験成功♪」


――――――――――


アレクサンドラ、良子、ルドガーの3人は並んで歩く。

「リョウコのために、すごい馬車を作ったんだ!」

アレクサンドラが意地の悪い笑顔を見せる。

「うふふ、リッチ王子に張り合うおつもりで?」

「そ、そんなんじゃない!ただ聖女は料理を作るのが好きだと聞いたから…喜ばせたくて…」


馬車を止めてある場所に着いた。

どおーーーーーんっ!と大型のキャンピングカーぐらいある超巨大な馬車が止まっている。


「… … …ハッ!あまりの出来事に呼吸が数秒止まってしまいました。ものすごく立派な馬車ですが、でもちょっと…ごめんなさい。この馬車には乗れません」

「えっ、どうして?!車内を見てよ!」

従者がドアを開けるまでもなく、中からシェフが出てきて挨拶した。

「ようこそ聖女様!いつでも調理にかかれます」

「調理って…?まさか…!」

慌てて中を覗くと、また呼吸が止まった。

シンク、調理台、コンロ、そして大量の食材が並べられた棚。

移動販売のキッチンカーも真っ青な、動くキッチン馬車なのである。

「な、なおさら乗れません。だってこの馬車、とんでもない重さじゃないですか?!これを牽く馬が可哀想です!」

ハッハッハ、とルドガーが笑った。

「なんだ、重量なんて気にしなくて大丈夫。確かにこの移動キッチン馬車は、普通の馬じゃ6頭立てで動くかどうかだけど…サメ馬に牽かせるから心配ないよ。ほら、前に来て見て!」

言われた通り前面に回り込むと、凶悪そうな牙の、背中にヒレが生えている、謎の生き物が2頭いた。

4本足で、確かに馬のようにハーネスをつけている。

「この灰色の馬…サメ…さ、サメ馬!?って、そんなに力が強いんですか?」

「うん!山を切り崩すときに、巨岩を引っぱらせたりする馬なんだ。畑仕事でも使うらしいよ」

「馬…?サメ…?ま、まあ、わかりました…」


前日に引き続き、ベッドを乗せた改造馬車も出発する。

護衛が乗る馬車と合わせると総勢5台もの馬車がぞろぞろと城を出た。

重いものを牽ける力があると分かっていても何となく可哀想だったので、アレクサンドラには別の馬車に乗ってもらい、キッチンカーには城のシェフ、良子、ルドガーの3人が乗った。


「今日はどこでお祈りさせていただけるんですか?」

「漁港だよ。海まで1時間ぐらいかかっちゃうけど、我慢してほしいんだ。ごめんね」

「いえ、丁度よかったんです!今日はパンを作ろうと思っていたので」

ずっと握っていた小瓶を、コトっとテーブルの上に置いた。

「眠る前に、この瓶を持って寝たんです。こっちから向こうに手紙やアクセサリーを持っていけるなら、向こうからこっちに小瓶を運ぶことぐらいできるかな、と思って」

「すごい!で、その中身は?」

「作りながらお話ししましょう。シェフさん、小麦粉、お砂糖、塩、油を用意していただけますか?」


良子はオーブンのスイッチを入れる。

作業台の下に重ねて収納してあったボウルを出し、水樽から水を汲む。

ルドガーもソワソワしながら尋ねた。

「リョウコ!ぼ、ボクにできること、何かないかな?」

「…成功するように見守っていてください。全力で!」

「わかった!全力で見守るっ!!!!」

ネコの長いシッポがブンブン振られる音がする。

「(犬かな?)」

「お待たせしました聖女様、これでよろしいでしょうか」

小麦粉は、製粉の時に表皮などを取り除いていないのか茶褐色をしていた。


「(これが強力粉になる品種でも、薄力粉になる品種でも、小麦なら問題なくパンは焼けるはず…はず…はず…うん。失敗したら素直に謝ろう)」


小麦粉、塩、砂糖をはかりで計量していく。

小瓶を開け、顆粒になっている材料を入れる。

「これは、ドライイーストというもので…パンを膨らませるのに必要な『酵母』です」

シェフとルドガーは「?」という顔をした。

「酵母って何?」

良子は片手でボウルを抑えながら、ヘラで粉類を混ぜ、水を足して、また混ぜている。

「酵母とは…微生物です」

「微生物って何?」

「すごーーーくちっちゃくて目に見えないけど、私たちと同じように生きていてるんです」

「ああわかる!たまに土をいじるとビックリするぐらい小さい虫っているよね」

「虫じゃないです…」

いい感じにまとまったパン生地を、今度は手でこねていく。

「ネコ王国にお酒ってありますか?」

「もちろん!一応、陽が落ちないと飲めない決まりになっているけど…まあ、こっそりならいいよね?」

ルドガーがシェフにウインクする。

「もちろん、ルドガー王子と聖女様なら真っ昼間から飲酒してべろべろに酔っぱらっていても、咎める者は誰もおりませんよ!」

「そ、そうじゃなくって…」

涼しいにもかかわらず、思わず汗をぬぐった。

「酵母は糖を炭酸ガスとアルコールに分解してくれる生き物なんです。空気中だったり、どこにでもいる微生物なんですけど、お酒造りでも酵母が糖を分解してくれるおかげで、アルコールが出来るんですよ」

シェフが首をかしげる。

「難しいですね」

ルドガーは腰に手を当てて言った。

「そう?ボクは完全に理解したけど!」


油を入れ、こねた生地をボウルごとオーブンに入れる。

「発酵させるため、温度は少し高めの40度にしましょう…ここからが、第二の実験です」


良子は胸に手を当て、祈る。


ボンっ!


「オーブンから音がしたぞ!故障か!?」

慌ててシェフがオーブンからボウルを取り出すと、パン生地が数倍に膨れ上がっている。

「何がどうして!?!?」

「りょ、リョウコ~!?怖いよぉーっ!」

「よしっ…」

慌てまくるシェフとルドガーをよそに、彼女はガッツポーズをとった。

「指を入れて、発酵状態を確かめてみますね…うん、よさそうです」

調理台に打ち粉をし、ナイフで大きく膨らんだパンの生地をサクッ、サクッ、と半分の半分の半分に

していく。

生地を丁寧に丸め、水で濡らした布をかけ、休ませる。

「この2日間、考えたんです。私の持っている聖女の力って何なんだろう、って」

「なにって、食べ物を大きくする力だよね、最高の奇跡だよ!!」

布の上からフカフカの生地をつついてみようと伸ばされたネコの手を、良子はそっとビンタではじいた。

「収穫後の食べ物は大きくならなかったんです。ほら、城のキッチンで祈った時も、生けすの魚や、温室のフルーツが大きくなるだけで、キッチンにある食材が大きくなったりしなかったじゃないですか。食べ物ならなんでも大きく出来るわけじゃないんだ、って気付いて」

「い、言われてみればそうだね」

ルドガーは照れながら手を引っ込めた。

「つまり…私が『命がある』と認識しているものだけ、大きく出来るパワーなのでは?と考えました。そして酵母は微生物、生きている」

「よくわからないけど、さっきオーブンの中でパンの生地が巨大化したんだから…酵母の力を強められたんだよ、すごいね!実験大成功だ!」

「いいえ、時間をかければ発酵して、普通にあの大きさになるんです。でも私が祈ると時間を短縮できるみたいですね。…そして焼きあがるまでは、パン作りが成功か失敗かわかりません」

喋りながらパン生地を天板に並べ、再びオーブンに入れ、祈る。

大きく膨らんだ生地を取り出し、生地に切れ目を入れて油を塗り、3度目のオーブン。

「成功するさ!ボクが応援してるからね!!」


――――――――――


良子は漁港で、控えめに祈った。

捕獲したばかりの魚はぴちぴち元気に生きているので、本気のパワーで祈ったら漁船や生けすが巨大化した魚で破壊される可能性があるからだ。


「(こう、大きさだけじゃなく、鮮度、美味しさ、みたいなベクトルでの奇跡を起こしたい…!)」


「おい!ありゃ何だ!?」

一人のネコ漁師が沖合を指さした。

真っ黒な波のようなものが発生し、海面の色が変わっている。

「…ありゃ魚群じゃないか!?」

「おいおい!船を出せ!!!!」

「カモメも集まってる、すごいぞ、どうなってんだ!」

聖女の周りに集まっていた漁師たちは一斉に船に乗り込み、沖合に出て行った。


取り残された人々はあっけにとられていたが、誰かが「聖女様が祈りの力で奇跡を起こした!」と叫んだので、そういう雰囲気になり拍手が起こった。

本人は偶然魚が押し寄せてきただけかも、と冷や汗を流す。

「あっ、そうでした!ここにいらっしゃる皆さんにパンをご馳走したいんです。よろしいでしょうか?」

漁港で働いているネコ達は「食べたいです!」と叫んだ。

道中で焼き上げたおいた大量のパンをキッチンカーの後ろからルドガーが配る。


「(ルドガー王子は、かなり陽気な性格みたい…)」

市民と気さくに触れ合う彼を見て、思わず笑ってしまう。

「…そういえば、この世界でもパンってよく食べられているんですか?」

シェフが答えた。

「パンはたまに食べます。しかし、水を加えてこね、平たくしてフライパンでカリカリに焼いたものをパンと呼んでいるので、聖女様が作ってくださった料理とはかなり違いますね」

「あーっ、チャパティみたいな感じですね。あれはあれですっっっごい美味しいじゃないですか!私大好きです♪でも、城の食事で出されなかったなぁ…?」

「大衆料理ですから、街の広場の屋台なんかで売っていますよ」

趣味が食べ歩きの彼女の心臓はドクっと揺れた。

「や、屋台!!!!この世界にも屋台があるんですね」

「ええ。でも上等なものじゃないですよ。だって店や家庭で作ってきた料理を外に運んで売っているだけですからね」

「それでも食べてみたいなぁ…」


空中を眺めながら、ほわほわ妄想食べ歩きタイムが始まってしまう。


「…リョウコ… …リョウコ!聞いているか!」

「はっ、ル、ルドガー王子、失礼しました」

「このパンにみんな夢中だよ!城でも作れるようにメモを残してくれないかな?みんなにも食べさせたいんだ」

「ええ、わかりました。ならこれも必要でしょう」

茶トラのフワフワの手に、そっとドライイーストの入った小瓶を渡す。

「あ、ありがとう…!」

手と手が触れて、ふいに照れる。


レシピを書き終えて、眠気が襲ってきたころ。

漁港で働いている猫が、どの船も大漁旗を立ててる!と叫ぶ声が聞こえた。

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