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2話 温かいスープとフレッシュなハーブ

「ええっと…これって夢じゃないですよね?」

ベッドの上で目覚めた良子は、隣にいる白と黒のハチワレ猫に声をかけた。

「目覚めたか」

「あれっ…昨日お会いしたラウル王子は?」

「仕事があってな。私は第二王子のリッチだ」

「じゃあ…リッチ王子。昨日、私が目覚めた時、手紙を握っていたんです。ラウル王子からの感謝の言葉が書かれていて…驚きました」

第二王子と名乗ったリッチはぶっきらぼうな口調で答える。

「異世界からお前を運んでこられるんだ。手紙ぐらい造作もない」

「いやそこじゃなくて…これが夢じゃないことが驚きなんですよ!」

「今日は外に出て祈ってもらう。馬車で農園に行くぞ」

「…私が感じているこの驚きと衝撃はどこにぶつければいいんですかっ!?」

淡々とした口調で話すリッチの横から、別のネコがひょこっと顔を出した。

「いらっしゃいませ、聖女様。わたくしアレクサンドラと申します。外出のお着替えを手伝わせていただきたく…」

侍女からチラッと視線を向けられると、リッチは立ち上がって無言で部屋から出て行った。

「あ、アレクサンドラ!昨日お食事を運んできてくれたネコさんですよね?」

「はい。侍女として聖女様のお役に立てるように頑張ります。なんでも言いつけてくださいね。ではさっそく、今日のお召し物ですが…」

アレクサンドラに連れられて部屋の端に行くと、金銀の装飾が美しい扉があった。

「ここがクローゼットです。ご自由に出入りしてくださいね」

ギィ、と開かれた両開きの扉の向こうに、壁一面が鏡張り、日光が差し込む大きな窓、残る2面にドレスがびっしりかけられた、夢のような部屋があった。

部屋の中央にある棚には、ピアスやネックレスなどのアクセサリーが大量に用意されている。

というかなぜかクローゼットの中に階段があり、螺旋階段の途中にもずらーっとドレスが並んでいる。

さらに2階にもドレスがあるようだ。

「ああ、やっぱり夢かも…?」

ピカピカキラキラの、まばゆい光に包まれて目が眩む。


――――――――――


「お待たせしました」

良子の姿をチラッと見たリッチは、特に感想を述べることなく、

「行くぞ」

と言い放った。


リッチ、良子、アレクサンドラの3人は馬車に乗り込む。

アレクサンドラはリッチの方を見ながらも、良子に話しかける。

「全然お待たせしていませんよね、来られた時のままの恰好ですから。でも本当にお着替えせずによろしかったんですか?」

良子は照れ笑いして答える。

「ふふっ、あんな豪華なドレス、着るだけで30分ぐらいかかっちゃいそうですし、私がここにいられるのは2時間だけですから。ネコ王国のために祈る時間を大切にしたいんです」

「せ、聖女様っ…!」

「ええっ!?な、泣かないでくださいよぉー!?なんで?!」

「なんとお優しい!いきなり拉致されて睡眠時間を2時間くれなんて言われたら、私だったらソイツらボコボコにしちゃいますよ!」

「それはそう。笑。でもねアレクサンドラ…この世界に呼ばれた翌日の朝、すっっっごく目覚めがよくて、疲労回復どころか元気がみなぎりすぎてヤバかったから、実は自分のためでもあるんです!」

2人は声を出して笑い合った。

そんな様子を見てリッチはホッとため息をつく。


馬車に揺られながらネコ王国の話をしていると、あっという間に街を出て、大きな山のふもとに着いた。

見渡す限りの畑が広がる農園だ。

「聖女様。ここは涼しい場所ですので、ケープを羽織ってください」

「えっ?城は暑いぐらいでしたけど…?」

馬車の中で一言も話さなかったリッチが口を開いた。

「ここは山から降りてくる風で、年中涼しい。体を冷やさないよう温かくしろ」

「わ、わかりました…ありがとうございます」

少し驚きながら良子はケープを羽織った。

「(目線も合わせず言われたけど、結構優しい人かも…人…?いやネコでしょ!)」


御者が馬車を止め、従者がドアを開ける。

3人が馬車から降りると、農園で働くネコが大勢で出迎えてくれた。

「聖女様!」

「農園へようこそ、聖女様!」

ワーワーと歓迎の声が上がる。

「みなさん、こんにちは。いつも国と国民のために働いてくださり、本当にありがとうございます…それではさっそく、豊作を祈らせていただきます…」


胸に手を当て、祈る。


すると…


パァっと畑全体が光り、ボンっ、ボンっ、ボンっ!!!と、野菜畑からしてはならない音が聞こえた。

慌ててネコ達が確認に行き、巨大な豆、巨大なトマト、巨大なカブを転がしながら帰って来る。

聖女や王子が馬車から降りた時と同じぐらい大きな歓声があがる。

「わーお…!」

「…聖女本人が驚いてどうする?」

リッチから指摘され良子は笑った。

そしてなんとなく聞いてみる。

「ところでみなさん、この野菜は…どうやって食べるんですか?」

元気いっぱいのネコ3人が答えた。

「豆は茹でますよ」

「トマトはそのままかぶりつきます」

「カブは生でも焼いても茹でても食べられます!」


良子の中のくいしんぼパワーが、このままじゃ帰れないぞ、と彼女にささやいた。

「…みなさん、おなかが減りませんか?」

「ああ!そうですね。さっそく聖女様が育成を早めてくださった野菜をいただくことにしましょう。聖女様も王子様もご一緒にいかがですか?生で食べられる野菜ならすぐにお出しできますよ」

「いえ、ぜひ今日は私に作らせてください。キッチンをお借りするのと、数人お手伝いお願いいただけますか?」


――――――――――


エプロンと調理用グローブを借り、準備万端だ。

「みなさん、体が冷えた時はどうしていますか?」

「ここは寒いですからね。いつも水を温めたものを飲んでいます」

「水を温めたものは最高に体が温まりますよ!聖女様も一杯いかがですか?」

「あ、ありがとうございます…お湯って美味しいですよね。後でいただきたいと思います。ところで…スープはお好きですか?」

ネコたちは顔を見合わせて、何それ?という表情をしている。


「じゃあ温かいスープを作りましょう。まずトマトをナイフで小さめに切ります。口当たりを良くするために皮をむく場合もありますが、皮と皮付近には栄養が多く含まれているので、今回はそこを捨てずに一緒に茹でましょう」

お手伝いのネコ達が一斉にトマトを刻みだす。

良子は深い鍋をたくさん用意して、水を少しずつ入れて回る。

「焦げ付き防止のためにちょこっとだけ水を入れます。さあ、他の野菜も刻みましょう。豆、カブ…他に野菜やありますか?」

廊下からネコの叫び声がする。

「キャベツがありますっ!…誰か手伝ってください!」

聖女のくいしんぼパワーにより巨大になったキャベツが、ででーーん!とリヤカーに乗せられ、運ばれてきた。

他のネコ達が笑う。

「キャベツがそんなことに!?」

「家具かな?」

良子はコンロに火をつけて回っている。

「キャベツ!いいですね、細かく刻めば火の通りも早いですし!」

ネコ達は温められている鍋に、次から次へと細切りの野菜を投入していく。

「沸騰してから15分ぐらい茹でれば、スープの完成です。味をつけたいので、このキッチンにある調味料の中から使ってもいいものをすべて見せてください」

「調味料…?」

「あっ、塩とか、お砂糖の事です…」

良子の前に、ゴトゴトと瓶や袋が置かれた。

「塩、コショウ、砂糖…あっ、これはバターですね!この世界にも牛がいるんですか?」

「牛の獣人はいますが、バターは畑で採れますよ。ミルクの実を遠心分離機にかければ、水分と油分が分離して、その油分が生クリーム、水分がスキムミルクに…」

「ミルクの実…?ココナッツみたいな感じかな…?異世界っぽくていいですね!」

謎の食べ物に興奮しながらも味見をすると、いつも食べている無塩バターと同じ味がして、正直安心した。

バターを含め、使えそうな調味料を適量ずつ鍋へ投入する。

「こっちの鍋はコショウ多め、こっちの鍋はお砂糖多め…。ハーブみたいなものはないんですか?」

「ハーブって食べられる葉ですよね?ありますよ」

そう言ったネコが、新鮮そうな緑色の枝付き葉っぱを持ってきた。

他のネコも群がって、葉を枝からちぎってモシャモシャと食べだす。

良子も1枚貰って、口に入れてみる。

「あっ、この味、ローリエ!月桂樹ですね。乾燥させてないフレッシュなものは初めて口にしました!」

ネコ達は小腹がすいたのか、次々にはっぱを持ってきて、モシャモシャと食べている。

「聖女様!この葉っぱもどうぞ、お召し上がりください」

「ありがとうございます、この特徴的な葉っぱの形、ローズマリーですね!こっちは…」

こうしてたくさんのフレッシュハーブを刻み、煮立った鍋に加えてひと混ぜすると、ゼンマイ式タイマーがジリリリリリと鳴って15分経ったことを知らせてくれた。

ネコ達が見守る中、良子は味見をする。

「うん、OK大丈夫!スープの完成です!」

ワッ!と歓声が上がった。


――――――――――


食堂に鍋を移動し、各々、好きなスープを皿に盛っていく。

鍋ごとに少しずつ具材や味付けが違うので、みんな楽しみながら食事をしているようだ。

「聖女様!美味しいです」

「ありがとうございます聖女様、今日はちょっとしたお祭りみたいです!」

「いえ、キッチンを貸してくださったり、材料を分けてもらったり、お礼を言うのは私の方です」

良子は盛り上がるネコ達との会話もそこそこに、壁際で立っている王子のそばに駆け寄った。

「リッチ王子、従者さん、護衛のみなさん、アレクサンドラも、みんな一緒に座って食事をしませんか?私は外で待っている御者さんを呼んできます」

護衛の1人が、彼にも馬車を見張る仕事があるので、私が彼にスープを持っていきますよ、と申し出てくれた。


スープを盛ってきたアレクサンドラが、良子の隣に座る。

「聖女様と農園のみなさんに甘えて、私もスープをご馳走になりますね」

良子は微笑み返した。

「ぜひ!みんなで食べたほうが美味しいですもんね」

すると、反対側からギッとイスを引いた音がした。

「…!」

良子が振り返ると、隣に第二王子のリッチが座っている。

従者が取ってきたスープを、何も言わずスプーンで食べはじめた。

良子とアレクサンドラは思わず無言で見守る。

「…」

そのままパクパクと口に運び続ける。

「…お口に合いますか?」

「ああ、うまい」

「よかった!私たちもいただきましょう」

アレクサンドラと2人でニコッと微笑み合った。


数口食べて、ああよかった、ちゃんと美味しく作れたんだ、と安心したその時。

「…あっ、眠気が」

「!」

「!」

アレクサンドラはスッと立ち上がり、良子に付き添いながら食堂から出る。

リッチは早足で先に動き、従者に「例の馬車は?」と確認した。

「ううっ、眠い…リッチ王子…?」

「安心しろ聖女。お前が元の世界に帰る際、急な眠気が伴うと兄から聞かされている。遠出しても安全に横になれる場所が必要と思い、馬車を改造させた」

「ば、馬車を改造?」

事態が呑み込めない良子の目の前に、一台の大きな馬車が止まった。

「…これって!?私たちが乗ってきた車両ではありませんよね?」

王子の従者が馬車の扉を開くと、目に飛び込んできたのは…ベッドだった。

車内一面ベッドに改造された前代未聞の改造馬車である。

良子の中で眠気と驚きが戦う。

「わ、私たちの後ろを付いて走って来てたんですか!?全然気が付きませんでした…ふぁ…」

アレクサンドラが手を引く。

「さぁ聖女様。横になりましょう」

ベッドに横たわった途端、眠気に勝てず気が遠くなっていく良子に、白と黒のハチワレが近づく。

「リッチ王子…?」

「ちょっとした実験だ。気にするな」


翌朝。

みなぎる元気で跳ね起きた良子の手には、透明な宝石で飾られた金のペンダントが握らされていた。

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