11話 ウサギは食べ物!?
「(そう、ウサギって…食べられるんだよね)」
良子は大学合格のお祝いで連れていってもらったイギリス料理のレストランを思い出していた。
「ウサギ肉のシチュー!?」
メニューをちょっと大きめの声で良子が読み上げる。
当時はまだ高校生だった。
母親が口の前に人差し指を立て、”もうちょっと音量を下げて話そうね”とジェスチャーで伝える。
「ウサギの肉はヨーロッパでは普通に食べられているんだけど、知らなかった?」
母の言葉に父親もうなずいた。
「別に、日本でも俺のじいちゃんの世代なら野ウサギやら飼育されたウサギやらを食べてただろ?今でも中国では食べられてるらしいけど、ま、世界的に見れば普通の食材だよ」
「食材…ウサギが…!?」
運ばれてきたシチューを目の前に、良子は少しだけ戸惑った。
様子をうかがうように口に入れてみる。
「…普通にお肉だ」
母親が微笑む。
「そりゃそうでしょ~」
父親もパクパクとシチューを食べている。
「イギリスといえばハト料理も有名だよなぁー。他に、日本じゃあんまり食べない肉って何だろうなぁ?」
良子と母親はうーんと考える。
「ジビエのお店に行かないと鹿やイノシシは食べられないよね」
「ジビエと言えば熊も!」
そんな会話があったので、翌年のちょっといいお食事会ではジビエの店に行くことになった。
揺れる馬車の中。
数秒の回想から意識を現在に戻す。
「(うん…私、ウサギを食べたことある。でもネコさん達の前じゃ言えないけどね。だってこの世界でのウサギ食は、人間でいうところのカニバリズムだと思うし…きっとドン引かれるから黙っておく。でもね…)」
前列を走る、罪人を閉じ込めた馬車に、そっと祈る。
「(でもね…実際…ウサギは私の中で… … …全然普通に食べ物!ゴメンっ!!むしろスズメとかカエルみたいな変わり種…カエルはちゃんと養殖されたやつだったけど、食べたことあるし。ウサギ肉は美味しかったな。そういえば大人になってからもウサギ肉のソテーを食べたことあるし…)」
あまり本気で祈るとウサギ達の体をピカっと光らせてしまう可能性があるので、パワーを遠赤外線(!?)的に送るイメージで祈り続ける。
「(ボコボコにされて、ケガをしたウサギなんて美味しくないでしょ…食材として、最高のコンディションになりますように。体力はフル回復、ケガももちろん治って、気力に溢れて、以前より強く、健康で、それでいて…諦めない心を取り戻して!お願い!!… … …)」
数分後。
彼女は強烈な眠気を感じて、馬車の座席にもたれかかった。
「聖女様!」
「リョウコ!」
2人に支えてもらう。
「私は戻ります…後は…」
言い終わる前に眠ってしまったのだろう。
体がフッと消える。
アレクサンドラは困惑した様子だ。
「ル、ルドガー王子…。聖女様は祈っておられた様子でしたが…食べ物にしか祈りの効果は届かないはずです」
「…うん。それでも、優しいリョウコのことだ。きっと願わずにはいられなかったんだと思うよ…」
気まずい沈黙が馬車に漂う。
「アレクサンドラ。秘密にしておいて欲しいんだが、ボクは捜索隊を出さないつもりだ」
アレクサンドラはうなずいた。
「ええ。残念ですが、奇跡が起こらない限りは…あのウサギ達はモンスターに襲われ…骨の一本も拾うことはできないでしょう。それでも聖女様をガッカリさせないためにも…」
「わかっているよ。捜索隊を派遣したってことにしよう」
ルドガーはネコらしからぬ、ため息をついた。
――――――――――
「ここからは馬車を降りて、山中を歩いていただきます」
ウサギの兵士についていく。
罪人の3人は、歩かせると遅いと考えたのか、衰弱死してしまうと考えたのか、兵士の肩に荷物のように担がれていた。
アレクサンドラは直視できず、思わずウッと呻いてしまう。
「あまりにも残酷です。これならまだ獄中死の方が…」
「シッ!確かに、今回の事は上手くいかなかった。でもリョウコが彼らを何とかしてあげたいと思った気持ちは本物なんだ。最後まで見届けよう」
前の方でドーンと音がした。
魔法使いと兵士たちがゴブリンと戦っているようだ。
「まだ検問所から少ししか進んでいませんのに…」
「…本当に、魔法で守っていたんだ」
「?」
「父さんやラウルやリッチが、山脈を横切る道には魔法で結界を張ってあるんだって言ってたんだ。モンスターが出てこないようにしてるらしいんだけど…本当だったんだ!ちょっと森の中に入っただけで、こんなにモンスターが湧いてくるなんて!!」
何かと言い訳して国の仕事をサボっていたルドガーは初めて自分の体で、ネコ王国の平和が薄皮一枚のところで守られていると理解した。
「…父さん達はよく、魔法使い達を連れて国境沿いを回っているけど、大切な仕事だったんだね」
アレクサンドラはルドガーを見た。
「王子…」
「いや本当、実際…勉強になったよ」
「じゃあ、しっかりと学習の成果を持ち帰りませんとね」
後方からでも見える程の、巨大なサイクロプスが現れた。
これまた巨大な魔法陣がゥヴン!と空中に出現し、ウサギ帝国の魔法技術の高さをうかがい知ることができる。
雷の音が地響きと共にネコ達とウサギ達の体を震わせ、毛を逆立てさせた。
――――――――――
モンスターを払いつつ山中を進んだ。
「この辺りでいいだろう!罪人共を捨てろ!」
従者達が運ぶ玉座に座ったまま、皇帝が言い放った。
ウサギの兵士は投げ飛ばすように罪人のウサギ3匹を地面に叩きつける。
「ガァーッハッハッハ!今ので死んでしまってないだろうなぁ?」
兵士や従者、そして誰より皇帝が大きな声で下品に笑う。
その時。
ルドガーだけがハッと息を飲んだ。
地面に投げ出され、倒れていた3匹のウサギが互いにアイコンタクトを取っていたのだ。
その瞳は牢獄で見た濁った眼とは別人のように輝いている。
さらに侍女だったウサギが、わずかにヒザを動かしていた。
「(どういうことだ…足が回復している?!)」
ウサギの皇帝は相変わらず下卑た笑いで、剣を与えるように指示した。
皇帝陛下!それでは罪人共が剣を使って自害してしまうでしょう!という声が笑いとともに兵士達から聞こえた。
アレクサンドラが顔をそむける。
ルドガーが目を離さず3匹のウサギをじっと見ていると、兵士の一人と目が合った。
必死で目線を送り続けると、ウサギは小さくうなずく。
「大変すばらしい処刑を見せていただき、誠にありがとうございます、皇帝陛下!」
ルドガーはぐるっと皇帝の方を向き、大声でお礼を言う。
「残念ながら…聖女は異世界へ戻ってしまいましたが、この結果は我々がきちんと伝えます」
体を反らせるほど皇帝は笑い、皆に帰るぞと号令をかけた。
「やはりわずかな時間しかこの世界に留まれぬようだな?グハハ!結果として、聖女とネコ王国の秘密を私の手によって暴いてしまったわけだ。気を悪くするなよ?」
「ええ、実際その通りでございます。やはり聡明な国民をまとめ上げる聡明な皇帝陛下には隠し事など不可能なようで…」
魔法使いと兵士に前を守らせた皇帝は、愉快そうな笑い声と共に山を下っていく。
といっても自分の足で下るわけではないのだが。
「(アレクサンドラ、マジックトーチを)」
「(…はい)」
絶対にウサギ達が助からないと思っているアレクサンドラは、希望を与えるだけ無駄だと思いつつしぶしぶ服から魔法で明るくなる松明を取り出した。
ウサギの兵士が皇帝に敬礼するため、全員が罪人から背を向けた瞬間を見計らって、投げる。
力なく倒れているはずのウサギが俊敏に手を伸ばしキャッチした。
「(!?)」
「(帰りの馬車で話そう)」
「(…!?!?)」
ルドガーはわずかに微笑んだ。
「(もしかしたら、リョウコが奇跡を起こしてくれたのかもしれない)」




