10話 一縷(いちる)の望み
石造りの階段をみんなでゾロゾロ降りていく。
最下層では何かが腐ったような匂いと金属臭、カビ臭さが混ざった匂いが漂っていた。
ネコ達はみな顔をしかめる。
「皇帝陛下、地下牢に玉座を入れることはできません。ここでお降りいただきたく…」
「うむ」
従者達が皇帝の体を支え、ゆっくり地面に降ろした。
ルドガーは良子の手を取り、2人はうなずき合う。
「罪人に相応しい陰気な場所で、ほんとうに素晴らしいですね!」
聖女らしからぬセリフだが、演技だとバレないぐらいには自然に言えたはずだ、と良子は自分に言い聞かせた。
ルドガーも続く。
「ええ!大変勉強になります。しかし、魔法が使える者ならこのような鉄の檻、簡単に抜け出してしまうのでは?」
皇帝はこっちへ来い、と言うように手でルドガーと良子を招いた。
自らが先頭を歩くようだ。
「ハハハ、その通りだ第三王子。残念ながら魔法使いを閉じ込めておける檻は存在しない。魔法使いが罪を犯した場合、”即死刑”にすることが重要だ。我が国のことわざに、『最強の魔法使いと戦うのなら詠唱中にノドを射抜けばいい』というものがある。あいつらに時間を与えてしまえば、姿を消したり他人に変身したり、すぐに逃げてしまうからな。そして必ず報復に戻って来る。何かする余地なく、即座に殺すことが肝だ。よく覚えておくといい!」
長い牢獄を歩きながら、良子とルドガーは檻の中を一つ一つ見ていく。
幸いにも、皇帝は歩くペースがかなり遅い。
「どうしました?罪人が気になるのでしょうか?」
そう皇帝の従者に指摘され、2人は流石にビクッとする。
やはりジロジロ観察するのは怪しすぎただろうか。
ルドガーが何とか取り繕う。
「ざ、罪人の待遇がどんなものか気になったのです。檻の中の状況も目に焼き付けておきたくて…」
牢の中は藁も敷かれず、ただただ体が冷えていく石畳に、みな力なくうずくまっている。
良子も慌てて言葉を探した。
「え、ええ!例えば彼は、どんな罪状でここへ投獄されたのですか?」
「それはその牢の看板を見ればわかりますよ。名前と犯した罪が一緒に書かれているんです。ほら」
良子が読み上げる。
「ええっと…『窃盗犯』『治安紊乱罪』『最重要迷惑行為』『不道徳行為広報罪』『国家転覆罪』『皇帝侮辱罪』…」
「違うんだ!」
牢の奥から声が響いた。
「違うんだ…家族が飢えていて…リンゴひとつが欲しい、金なら後で必ずもって来る、そう店主に言ったら…近くにいた兵士に聞かれていて…!」
後ろにいたウサギの兵士がスッ飛んできた。
「家族が飢える?!バカを言え!皇帝は我々を素晴らしい能力で統治し、理想的な生活を送れるように尽力してくださっている!空腹など感じるわけがないだろう!!!!」
「(あっ…これ聞いたことがあるやつ)」
良子は思わず顔をしかめそうになった、が、なんとか平常心で取り繕う。
「か、彼は何日ぐらいで釈放されるのですか?」
兵士は何てことないという風に答えた。
「釈放?まさか!終身刑ですよ」
「(…!!!!)」
聞かなければよかったと思いながらその檻を離れた。
自分の力のなさを恨む。
皇帝は前でべらべらと喋っている。
「水での拷問、ああ、あと火を使った拷問もあったな?しかし一番楽しいのは…」
「な、なるほど参考になります」
適当に相槌を打ちながら、ひとつひとつ牢を見ていたその時。
「…!」
良子はルドガーの手をぎゅっと握り返した。
アイコンタクトでこのウサギだと伝える。
「(黒ウサギとグレイッシュブラウンのウサギ…!間違いない!)」
牢に入っているウサギの方も、何かに気付いたのか明かりに近寄って来る。
すると…
「え?目が…」
2匹は片目ずつ刃物で切られたような傷があり、毛も血がべっとりとつき固まっている。
あまりの恐怖に、良子は身動きが取れない。
後ろから覗いた皇帝の従者が教える。
「ああ、刃物を使って罰を与えることもありますよ」
ルドガーは慌てて牢の看板を見た。
「か、彼らの罪状に『勤怠不正罪』とありますが、これは…?」
兵士の一人が少し気まずそうに教えた。
「そ、そいつらは城の兵士で…勤怠不正ってのは、サボりのことです」
「…っ!!!!(聖女の、私の見張りを全うできなかった罪、ってこと…!?!?)」
皇帝の従者は誘拐事件とは関りがないのだろうか、聖女の前でも普通にしている。
「これはお恥ずかしい、城と皇帝を守る兵士とあろうものが。彼らは即死刑にすべきでしたね」
その時。
隣りの檻から弱弱しい女性の声で、
「聖女様…?」
と声がした。
良子は胸から飛び出しそうな心臓を押さえつつ、隣の牢を見た。
「ひ、酷い」
皇帝や従者、兵士たちの前だというのも忘れ、思わず口に出してしまう程のケガを負ったウサギが倒れていた。
かなり汚れてはいるが、白い毛。
ひたいにに茶色のスポット。
見つけた、という合図で再び良子はルドガーの手をぎゅっと握り返す。
檻の中でうつぶせになっている侍女のウサギから、絞り出すような声が聞こえた。
「…お恨みします…聖女様…!」
皇帝は無神経に笑い声をあげた。
「これは刺激が強すぎたか?我がウサギ帝国は女だろうと容赦はしない、そうだろう?」
従者や兵士達が同意の声をあげる中、良子は看板を見た。
こちらにも退勤不正罪という文字がある。
「(このままじゃ…折檻され続けてウサギさん達が死んでしまう…彼女と彼らは仕事をしていただけなのに、私が消えたせいでっ…!)」
良子は頭をフル回転させ、なんとかこの牢から出してあげる方法はないか探した。
「…皇帝陛下。市民ならまだしも、城内で働く者が罪を犯すとは言語道断、見せしめのために衰弱死ではなく、はっきりと死罪にしないといけない、そうは思いませんか?」
「ん?まあ…そうだな。では明日にでも、国立公園に処刑台を設置して首をはね…」
「もっと残酷な刑がよろしいでしょう!」
良子は口元をヒクつかせながら、発言を続けた。
「ある国では、モンスターが出る山に罪人を放置し、最後の最後まで死への恐怖を与え続けると聞きます。私が知る限り、それが最も残酷な処刑方法かと…」
「ほう!」
皇帝が目の色を変え食いついた。
「なるほど、人の手で処刑する情けすら与えないというわけか!モンスター共に食われながら死んでいくと考えると確かにとんでもなく残酷だ!この処刑の話が広まれば、愚かな兵士や侍女達への警告にもなるだろう」
良子はこのチャンスを逃すまいと焦る。
とにかく牢から外に出さない事には、彼女たちの命はない。
「はい、その通りでございます。このように兵士も侍女もかなり弱っているように見えるので、森へ置き去りにしてしまえば、最後の情けで剣を与えても逆にみじめに死ぬだけでしょう」
皇帝は大声で兵士たちに牢を開けろと命令した。
「こいつらを連れ出し、モンスターが出る森の中へ連れていくぞぉ!さっさと馬車をまわせ、私自らが罪人を山中へ捨ててやる!」
「危険すぎます!」
皇帝の従者が止めに入る。
「例えその刑罰を実行するにしても、皇帝陛下がモンスターの出る森の中に直接赴くなど…」
「バカめ、兵士と魔法使いを呼べばなんとでもなる!馬車で先導させて危険が無いようにすればいいだろう、どうした、私に逆らうつもりなのか?」
「め、滅相もありません、ただ万が一ということもございますし…」
皇帝は従者の制止を振り切り、兵士たちにもう一度命令した。
兵士は困惑しながらも牢を開け、両脇を抱えながら彼らを牢屋の外に出す。
「…っ!」
兵士たちはまだヨタヨタと自分の足で歩いているが、侍女はズルズルと引きずられている。
スカートを履いているので直接は見えないが…立てない程に足を痛めつけられたらしい。
「(なんてこと…これじゃあ牢から出せても、本当に森の中でモンスターに襲われて死ぬしか…!どうして?本当なら聖女には”癒しの力”があるはず。私が読んだことのあるなろう小説に出てくる聖女は、邪悪な力を退けたり、ヒーリングのパワーを持っていたり、解毒の奇跡を起こしたりするのに…どうして私の聖女パワーは食べ物にしか効かないの?)」
震える良子をそっとルドガーとアレクサンドラが支えた。
皇帝は閉じ込めていた罪人に目もくれず、元来た通路をずんずん戻る。
「そうだな…場所は…ウサギ帝国とネコ王国のあいだにある山脈なんてどうだ?おあつらえ向きだろう?」
良子は頭の中でぐるぐると、ウサギに関する知識を総ざらいしていた。
「(あの3人を助けたい…絶対に…最後まで諦めたくないっ…!ネコ王国を否定してまで、ルドガーやみんなを嫌な気持ちにさせてまでこの計画を実行したんだから、絶対に…絶対に私の食いしんぼパワーを使って…なんとかしてみせる!)」
従者が土下座のような格好で皇帝の前に出た。
「どうかお考え直しくだい!あの山々は魔物の巣窟で、ウサギもネコも一匹も住まない暗黒の森です。ふもとに降りてきたモンスターを倒すので精一杯なのに…山中に直接入るなど…っぐ!!!!」
皇帝は従者を蹴り飛ばした。
ウサギがごろりと転がる。
皇帝は歩みを止めず、階段を上っていく。
「聖女はこの世界に数時間しかいられないと聞いた。そろそろ帰路についた方がそちらも都合がいいだろう?」
「(…!!!!)」
ルドガーが歯をカチッと鳴らした。
やはり、聖女の活動時間が短い事はバレてしまっているようだ。
「ガッハッハッハ!いやぁすまんな、まさか隠していたつもりだったのか?だとしたら王国の顔に泥を塗ってしまったかもしれないなぁ。なに、砂漠で毎日1時間50分祈っていたと話を聞いて…つまりはそのぐらいしか召喚を維持できないのだろう?まあネコ王国の魔法技術ならそんなものか」
「…」
ルドガーは何も答えない。
「皇帝っ!そのことは機密だと先代も仰っていたではありませんか」
いつの間にかさっき蹴り飛ばされた従者が追い付いてきた。
「フン!今更だ。大体、我が帝国の中にいては隠し事など無用。そうだろう?」
「…」
城を出ると、馬車が用意されていた。
皇帝は一番豪華な馬車に乗り、罪人は後ろの馬車に乗せられる。
兵士が寄ってきた。
「ルートはウサギ帝国とネコ王国を行き来する一本道を通ります。国境の検問所で止まり、山中へ進み…馬車で行けるのはわずかな距離ですので、そこからは徒歩になりますが。その後、罪人を捨て、再び国境へ戻りそこで別れることとしましょう」
ルドガーは硬い表情のままうなずいた。
「…わかりました。我々も兵士を連れているので、道中モンスターが出現した場合には…」
「心配には及びません。ウサギの兵士が前と後ろで第三王子と聖女様を保護いたします。さ、先導馬車はもう出発しました。皆さんも早く馬車へ」
促されるまま、ルドガーと良子、アレクサンドラは馬車へ乗り込んだ。
良子は青い顔で体をギュッと曲げている。
ルドガーは小さな声で囁いた。
「…リョウコ、あの3人を牢から出したのは良かったと思う。でもね…」
良子は無言のままだ。
馬車が動き出した。
「兵士の目は潰れていて片方しかなかった。それに、何日もまともに食事を取っていないようでふらついていたし、毛皮に隠れて見えなかったけど、かなり殴る蹴るされていると思うんだ…」
「…はい」
「そしてあの侍女。もう…助からないよ。足が変な方向に曲がっていた。モンスターが出る山中に取り残されなくても…数日の命だ」
ううっ、という泣き声を聞いてアレクサンドラが良子を抱きしめる。
「お泣きにならないでください聖女様。侍女達の運命はもう決まっていたのです。助けようとしただけご立派でした…」
「…ルっ、ルドガー王子…」
泣きながらも良子は声を出す。
「ううっ…や、山の中に…捜索隊を出すと、約束していただけませんか…?」
「…それはわかったよ…」
グスッ、と鼻をならし、震えながら話す。
「…も、もうかなりの、かなりの時間を使ってしまいました…私…私はあと30分もしないうちに…眠ってしまう事でしょう…」
ルドガーは良子の隣に座り、アレクサンドラと一緒に彼女を挟んで慰める。
「どうか罪悪感を抱かないで」
「…いえ…私には考えがあるんです…」
「えっ?」
「しゅ、集中させてくださいっ…グスッ」
「わ、わかった!アレクサンドラ、あちらの席へ」
「はい!」
良子は馬車の座席に一人で座り、深呼吸して窓の外を見た。
「(あきらめよう。聖女パワーが食べ物にしか効かないことはもうわかってる。癒しの力や魔物を避ける力ならどれほど良かったことかと思うけど…持っていないものは仕方がない。配られたカードで勝負するしかないんだ…)」
胸に手を当てる。
「(さっき、なんとかウサギを助けたいと思った。そのことは本当。でも…ごめんね、これしか思いつかなくて)」
聖女は最悪なことを考えていた。
「(”ピーターラビットのお父さんは、マクレガーおばさんにパイにされてしまった”)」




