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1話 美味しいサラダとドレッシング

「こんな食事じゃ、聖女の仕事を頑張れませんっ!」

「そ、そんなぁ!」

「ですから…」

「聖女をやめたいのか?」


良子 (りょうこ)はイスから立ち上がった。


「…キッチンへ案内してください!」


――――――――――


遡ること10分前。

「…こ、ここは?」

天蓋ベッドの柔らかそうな布地が見える。

「おはよう、聖女!」

慌てて起きると、顔はシャム猫、体は人間の生き物が彼女を見ていた。

「異世界の女性よ。突然だが、睡眠中の2時間を我々にくれないか」

顔の中心と耳が黒いネコからは、にゃーんという鳴き声ではなく、男性の声がした。

「これは…夢?」

「ああそうだ。夢の中の2時間、聖女としてこの国の繁栄を祈ってほしいんだ」

「…あなたは?」

「私はネコ王国の第一王子、ラウルだ。以後よろしく」

聖女と呼ばれた女性、良子はフフッと笑った。

「…こんな夢を見るなんて、私、疲れてるのかな。まあ、楽しそうな夢でよかった」

良子がベッドから降りようとすると、ラウルと名乗ったネコが手を差し伸べてきた。

「…猫の手だ…フワフワしてて…肉球もある」

「うむ、我々は猫だからな。アレクサンドラ、聖女に食事を」

「かしこまりました」

アレクサンドラと呼ばれたネコ人間は、大きな扉を通って部屋から出て行った。

「…食事!?」

食事と聞いて、良子の目が輝く。

「お食事させて…いただけるんですか…?」

「ああもちろんだ。何の予告もなく我々の国へ召喚し、聖女の仕事を頼んだ失礼への詫びも兼ねて、料理を振舞わせてほしい」

「夢の中でもごはんが食べられるなんて嬉しい~!これって…最っ高の夢っ!!」

良子の周りがピンクや黄色やオレンジ色でキラキラ輝く。

食べるのが大好きな良子は、自分で料理するのはもちろん、趣味は食べ歩き、YouTubeでよく見る動画は食レポ&美味しいお店紹介と、気合の入ったくいしんぼであった。

そんな良子は当然、夢の中の食事がどれほど素晴らしいものかと期待に胸を膨らませる、が…。


――――――――――


「城のシェフが腕によりをかけて作った料理だ!好きなだけ食べてくれ!」

テーブルに並べられた、沢山の料理。

切ったレタス、茹でて切った卵、そのままのトマト、茹でた肉、切ったキュウリ、茹でた魚、切ったニンジン、茹でたジャガイモ、そのままのイチゴ、切ったオレンジ、茹でたエビ、切ったブロッコリー、茹でた海藻、切った玉ねぎ、焼いたキノコ、茹でたトウモロコシ、切ったカブ、茹でたマメ…

「ええーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」

「ハッハッハ、あまりに豪華で驚いたか?」

「いや全然???????」

「えっ…」

「あっ、でもこれは美味しそうですね…」

湯気が立っている茶色い飲み物を見つけた。

「そ、それは…、ネコ王国のものではなく、隣国から輸入している飲み物で…」

歯切れが悪そうに話すラウル王子をスルーして、良子は飲み物のグラスに口を付けた。

「あっ、美味しい!ホットチョコレート大好きなんです」

甘すぎず、濃すぎず、丁度いい粘度のまったりとしたホットチョコレートだった。

「…わ、我が国の食材で作った料理もぜひ味わってくれ」

「そ、そうですよね。ごめんなさい、失礼な事を…」

良子は茹でられたサーモンをフォークとナイフで切り分け、口へ運ぶ。

「…遠~くに塩味えんみを感じます」

「そうか、美味しいだろう?」

「…はい。天然の海の味というか、こう、健康的でいいと思います」

その後も、一口ずつ料理を味わった、が。

「おなかいっぱいです、ごちそうさまでした…」

「どうした?テンションが低いぞ?」


良子の顔に影が落ちる。

「…茹でただけ、焼いただけ、切っただけ。確かに栄養を取るための食事としては十分だと思います。多品目を少量ずつ、バランスよく。素晴らしいことです」


沈黙が部屋を包む。


「でも…私…失礼ですけど、ごめんなさいっ!こんな食事じゃ、聖女の仕事を頑張れませんっ!」

「そ、そんなぁ!」

「ですから…」

ラウル王子が残念そうに尋ねる。

「聖女をやめたいのか?」


良子 (りょうこ)はイスから立ち上がった。


「…キッチンへ案内してください!」


――――――――――


「ええっと、お尋ねしますが。皆さんはネコでも…玉ねぎや、チョコレートや、ぶどうを食べる事ができるんですよね?」

「ああ」

王子が答え、キッチンにいるシェフ達もうなずく。

キッチンの出入り口に集まった物見のギャラリーもうなずく。

「油やお酢、食塩も大丈夫ですね」

「うむ。今朝は塩と砂糖を食べた」

「…」

良子はエプロンを貸してもらい、手をしっかりと洗って調理用のグローブをつけた。

「野菜をただカットするだけでなく、組み合わせてサラダにするととても美味しいので、皆さんに食べていただきたいんです」

サラダ…?組み合わせる…?とギャラリーがざわつく。

「カットしてあるレタスはそのまま使いましょう。玉ねぎは水に晒して、アリシンという辛み成分を抜きます。でも最近は玉ねぎの辛味をそのまま味わうサラダも多いので、この辺りはお好みで」

水を入れたボウルに、薄くカットした玉ねぎをさらす。

「次にニンジンを細くカットしていきます」

トントントントントントン…とリズムよく包丁を動かし、ニンジンの千切りを作っていく。

「トマトもカットします」

ギャラリーからヤジが飛んだ。

「聖女様!トマトはそのままかじれます!」

「そうですが、今日は切らせてくださいっ!!」

包丁の切れ味がドン引きするほど悪かったが、苦労しつつもなんとか切った。

「さらに、茹でたエビの殻をむいたもの…パプリカ…ゆで卵…」

こうして様々な材料が準備され、大きな皿に彩りよく盛られていく。

ギャラリーもシェフも興味津々だ。


「最後に、ドレッシングをかけます。シェフさん、ドレッシングはどこですか?」

「…?」

「えっ?」

「ドレッシングとは?」

「野菜を美味しく食べるための調味料です」

「調味料…?」

「ええーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」

良子は慌ててボウルを用意した。

「油、お酢をたっぷり。そこに塩、コショウを振り入れ、よく混ぜます。簡単ですがこれで…」

手の甲に垂らしたドレッシングを味見する。

「OK大丈夫!サラダにかければ…完成です!」


集まったネコ達は、自分の皿に少しずつサラダをとって、味見していく。

みんなの目がキラッ!と光った。

「美味しい!」

「食べたことがない!」

第一王子のラウルもモグモグとサラダを咀嚼している。

「これが…聖女の力?」

「違いますよっ!」

おもわず良子はツッコんだ。

「あっ、ところでラウル王子。もうすぐ2時間が経っちゃうんじゃないですか?私の仕事って?」

「う、うむ、待ってくれ…もうちょっとで食べ終わるから」

良子が作ったサラダはあっという間に食べつくされてしまった。

「美味しかった!ごちそうさま」

「いえいえ、おいしい物好きの先人のレシピに感謝です」

「それで、聖女の仕事だが。ネコ王国の繁栄を祈ってほしいんだ」

「祈るだけ?」

エプロンを付け、両手にグローブをしたままの良子は、胸に手を置いて祈った。


すると…


「うわーーーっ!!!!!」

「キャーーーっ!!!!!」

「!?」

城の外から悲鳴が聞こえてきたので、慌ててラウル王子と良子は様子を見に行く。

庭で、驚きから目を見開いているネコの手に、ずっしりスイカぐらいあるイチゴが抱きかかえられている。

「た、大変です、温室のイチゴが急に大きくなって…いやイチゴだけでなく、全てのフルーツが巨大化しているんです!なぜこんな事が…!!!」


「わ、私の祈りの力って…」


「助けてください王子!食用の魚を放しておいた生けすで、小魚がマグロぐらいの大きさになってしまい、手に負えません!!!」


「くいしんぼパワー!?!?」

ラウル王子と良子はお互いの顔を見て、大笑いした。

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