旗取り人狼ゲーム
これは昔、教科書でチラッと見た記憶があるんだけど──
心力ってのは、人間の“心の強さ”が、そのまんま身体の一部として現れた力のことらしい。
〜旗取り人狼ゲーム〜
「旗取り人狼ゲーム? ……って、人狼ゲームじゃねぇのかよ?」
子供の頃によくやった“人狼ゲーム”。だけど今回はちょっと名前が違う。
え、何、旗取り? 何それ、追加ルールとかある感じ?
「普通の人狼じゃダメだったのか……?」
疑問に思ってると、スクリーンに映ってた若い男が、ノリノリで喋り出した。
「“旗取り人狼ゲームが入試”って言われても、そりゃ困惑するよね〜? でもそんなの関係ない! だからルール説明しちゃうね〜☆」
……うん、ちょっと待て。お前、テンション高すぎだろ。
こんなのが試験官で大丈夫か? 逆に不安になってきたんだけど。
「それじゃ〜、ルール説明いっくよ〜〜!!」
そう言って、男は胸ポケットからクシャッとした紙を取り出した。
「……そこアナログなんだ。ちょっと残念」
「もっとこう、SFっぽいタブレットとか出てくると思ってたんだけどな……」
俺がぼそっと呟いた瞬間、男がビシッとこっちを睨んできた……気がした。気のせい、気のせい。
「さ〜〜て、ルール説明続けちゃうよー!」
……いや、テンションブレねぇなコイツ。
──ルール──
・試験は“旗取り人狼ゲーム”方式で行います
・制限時間は入試開始から三日間
・敵陣営を“処刑”するかどうかは、各自の判断に任せます
・心力は使用自由
・旗を奪うためなら手段は問わない
「とまあ、こんな感じかな〜!」
メモをぽーんと放り投げながら、男は満足げにニッコリ。
「今の説明じゃ足りないっていうポンコツくんのために、後でルールちゃんと配るから、しっかり読めよ〜〜?」
お前さっきから、ちょいちょい煽ってきてねぇか?
その調子で一生やってくつもりか?
……まあ、気になるのは態度よりも内容だ。
何がどう“旗取り”で、どう“処刑”なんだかさっぱりだが、ひとつだけ確実に言えることがある。
「これ、ただの入試じゃねぇな……」
そう思った直後、“ピロンッ”と耳障りな通知音が鳴った。
画面には、たった一文。
《転送が開始されます》
「転送……ってことは、いよいよ試験会場か?」
人狼ゲームに適した場所ってどこだよ。教室? 廃墟? それとも無人島とか?
「旗取りって言うぐらいだから、わりと広い場所なんじゃねぇの?」
そんなことを考えていると、いきなり視界が真っ白に染まった。
「うおっ、まぶしっ!」
反射的に手で目を覆う。
ものすごい光量。これリアルだったら目つぶし確定だろ。
数分後、光の色が少しずつ変わり、目を開けても大丈夫そうなレベルになる。
そーっと目を開けてみると──
「……は? 何だこれ、マジでゲームの中か?」
思わず口が開いた。
そこに広がっていたのは、金属のパイプが縦横無尽に張り巡らされた工場都市のような景色。
雑然としてるのに、なぜか妙に整ってて……それでいて美しい。
「おいおい、このグラフィック……冗談抜きで実写と変わんねぇじゃねぇか……」
風の音も、空気の匂いも、地面のざらつきもリアルすぎる。
「これ、どんだけ金かかってんだよ……」
試しに脳内で計算してみたけど、途中で怖くなってやめた。
「いやもう金のこと考えるのはやめとこう……うん、無理だ、現実戻れなくなる」
それより問題はこっちだ。
「さて……俺は今、何をすればいいんだ?」
あたりを見回してみるけど、人っ子ひとり見当たらない。
「とりあえず、どこに行けばいいんだ……?」
そう呟いた瞬間、また“ピロンッ”と音が鳴る。
今度は、視界の端に住所っぽい情報が表示された。どうやら目的地らしい。
「……え、音声認識対応してんの? このVRマジでどんだけ金かけてんの!?」
しかもこの装備を、受験生全員に配ってるってどういうこと?
「新緑学園……太っ腹ってレベル超えてんぞ!!」
俺は思わずその場でひとり騒ぎ出した。……いや、騒いでる場合じゃない!
「って、時間ヤバい! とにかく住所に向かうぞ!」
そう思って一歩踏み出した瞬間、ふと気づく。
「……あれ? てか、今ここどこだよ?」
俺、今どこにいる? てか、どうやって目的地まで行くんだ?
「やばいやばいやばい、地図もねぇし、方向感覚も死んでる!」
地図がないとか、詰んでるじゃんこれ。
「マジで人見つけるしかねぇ!! 幸いゲームの中だ、走ったって疲れないしな!」
気合を入れてダッシュ! と、思った矢先──
目の前の角から、人影がひょこっと現れる。
「あっ、どうもっ!!」
勢いよく声をかけた次の瞬間──足がもつれて豪快に転倒。
「いったぁ……いや人いたじゃん!! 秒で見つかったじゃん!! 俺の焦り、完全に空回りじゃん!!」
地面にうずくまりながら、羞恥心で胃が痛くなる。
「……あの、大丈夫ですか?」
顔を上げると、そこには中性的な顔立ちの青年がいた。声も落ち着いてて、めっちゃまともそう。
「……はい、大丈夫です。心のダメージがちょっと深刻なだけで……」
「……そうですか。お大事に」
返事までやさしい。ダメだ、余計に恥ずかしい。
「そ、それより! あの、ここってどこか分かります?」
恥ずかしさをごまかすために、急に話題を変える俺。
「ああ、ここはマップでいうと、真ん中あたりですよ」
「地図……持ってるんですね? 俺、何も渡されてなくて……」
そう言った瞬間、青年の表情が一変した。
「えっ? 地図って、最初に全員に配られてるはずですけど……?」
……え、マジ? 俺だけ持ってないの? どういうこと?
「……」
「良ければ、一緒に行きます?」
どこか気の毒そうな声だった。でも、その優しさが沁みる。
「……お願いします……」
俺はただ、俯いたまま、そう答えるしかなかった。