鰯田志向という男
主人公の名前変えました
〜プロローグ〜
金ってのは簡単に人を変えるらしい。
それが、普通の人間でも、お金持ちのお嬢様でも、変わらない。
たとえ、それが、普通の中学校だとしても。
〜鰯田志向という男〜
カーテンで完全に遮られた部屋。
床に転がるカップ麺のゴミやペットボトル、山積みのゴミ袋からは悪臭が立ち込めている。
外の光はほとんど入らないはずの部屋なのに、どこか不思議な明るさが漂っている。
どうやら、この部屋の主はパソコンの前に座り、ゲームに没頭しているらしい。
モニターに映し出された将棋の盤面、そして、必死で駒を進める指の動き。
机の上にはエナジードリンクの空き缶が並び、その横には開けっ放しのスナック菓子が無造作に置かれている。
画面では、駒が信じられない速さで動き、目で追うのも難しいほどだ。
「これで詰みだ!!!」
その声と共に、相手の駒が動かなくなる。
部屋の主らしき男は、思わず両手を広げ、深く息を吸った。
「やっと、世界4位まできたーー!!」
「マジで長かった……」
その達成感からか、少し涙がこぼれそうになる。
「今、何時だ?」
時計を見て、昨日からゲームをしていたことに気づく。
丸一日が過ぎている。
「おいおい、やりすぎだろ俺……」
目が痛いわけだ。
ずっと座っていたから、腰も鈍い。
立ち上がって、体を伸ばす。
「はぁ、ねみー」
目を休ませるため、リビングへ向かう。
「あ、あった」
目疲れにはこれだ!アイマスク!!
「癒やされる〜〜あ……そうだ、天気でも確認するか……」
「洗濯物、片付けないと」
ソファの上に積まれた服を見て、ふと決意する。
「今日は絶対に片付けるぞ!」
「とりあえず、ニュースでも見ようか」
テレビをつけると、アナウンサーの声が響く。
「次のニュースです。昨日の9時頃、16歳の男子高校生が飛び降り自殺を試みる事件が発生しました。」
「男子高校生は病院に運ばれ、意識不明の重体です。警察は、学校側に問題があったのではないかと調査を進めています」
「次のニュー」
“ブチッ”
胸がむっとするような嫌悪感が湧き上がり、すぐにテレビを消す。
「朝からこんなもの、見ちまったな……」
――あれはもう、思い出したくない。
“グ〜〜〜”
お腹から、突然大きな音が鳴る。
「そういや、昨日から何も食べてないな」
「飯でも買いに行くか」
あ、でも昨日、現金全部使っちゃったんだ。
「銀行行くか」
〜10分後〜
「えっと、残り残高は500万か……、とりあえず1万円引き出すか。」
機械が動き出し、出口から1万円が出てくる。
「こんな楽な生活できんの、ばあちゃんの遺産さまざまだぜ」
ばあちゃんは1年前に亡くなった。その時の遺産が唯一の孫である俺に譲渡されたってわけだ。ばあちゃん、天国で楽しくやってるといいな。
「おっと、いけね、今は朝ご飯を買いに来たんだった。今日は限定唐揚げが売られるんだよなーー」
一週間に1回の楽しみで、あのジューシーな肉汁はこの世のどんな食べ物よりも美味しい。
「限定唐揚げ定食1つください!!」
店の見た目は昭和からあるだろうと推測できる。古びた建物の前でおじいちゃんに話しかける。
「はいよ」
老人特有の乾いた声とともに、おじいちゃんが店の奥に入っていく。何分か待つと唐揚げのいい匂いと一緒に、おじいちゃんが店の奥から出てきた。
「どうぞ」
プルプルと骨が浮き出た細い腕で弁当を差し出してくる。前の人がいなくなり、俺の番になった。
「おじいちゃん、俺も限定唐揚げ定食1つ」
するとおじいちゃんは少し申し訳なさそうな顔をして、俺に言ってくる。
「ごめんね……今日の分全部売り切れちゃったんだよ」
なん…だと…俺の生きる意味が……
「分かった、ありがと……」
「来週また来てな」
まあないならしょうがない。コンビニ弁当で我慢するか。
〜10分後〜
「ただいま〜」
俺はアパートのドアを開ける。
「はあ、ニートにはきつい朝だったぜ……」
弁当をゲーミングキーボードの横に置いたあと、冷蔵庫からエナジードリンクを取ってくる。ゲーミングチェアにしっかり座ったあと、両手を顔の前で合わせる。
「それじゃあ、いただきます」
”ピーンポーン”
「ん?何だ」
エネルギードリンクを開ける手が止まる。
”ピーンポーン”
もう一度インターホンが鳴る。
「はーい、今行きまーす」
玄関をゆっくり開けると
――そこにはまったく知らない男が二人立っていた。
「どちら様…ですか…?」
俺はそっとドアを閉めようとするが、足で止められる。
「お宅鰯田さんでしょ」
「はい、そうですけど」
「いや、子どもにこんな事言いたくないんだけどね、いったんこれ見てくれる?」
1人の男が紙を見せてくる。そこには家の住所と両親の名前が記載されていた。
「実はあなたのご両親、うちに借金してましてね、ざっと400万なんですよ」
「え?」
俺は何度も目を擦るが、結果は変わらない。
「ほんじゃ、ついてきてもらおうか」
首に腕を回され、強制的に連れて行かれる。
「え、あ、あの、はい……」
〜2時間後〜
強面のお兄さんたちがたくさんいたヤクザの事務所から、真っ暗なアパートに帰ってきた。俺はへとへとになりながら冷めた弁当を食べる。
「はー、最悪だ……金、ほとんど持ってかれた……」
半ば強制的に払わされた金を銀行手帳を通して確認する。
「くっそ、バイトでもしねぇと生きていくことができなくなったじゃねぇかよ!!」
また借金取りが来て、払えなくなったら嫌だしな。今のうちにしっかり金をためておいたほうがいい気がする。
「だけど、俺まだ高校生でもなんでもないんだよな〜〜」
高校生になっていない俺を雇ってくれる店なんてあるわけねーしな……
「ふーー、いったん詰んだか……」
残りの貯金残高は100万ちょっと、そして俺が高校生になるまであと2ヵ月ちょっと。高校生一人が生ききるのは少し厳しい状況だった。
「税金をいろいろ払ったとして、月に大体20万くらい引かれるから、ギリギリで高校生に間に合うな」
そこから面接受けに行って……あー、めんどくせぇ、また後で考えよう〜〜 俺はバイト募集のチラシをぶん投げたあと、ベッドに向かう。
「ん?なんだコレ」
ベッドに向かったあと、俺は一枚の封筒に目をつける。
「あれ、こんなのいつ届いたっけ?」
見知らぬ封筒を手に取り、差出人を確認すると、そこにはこう書かれてあった。
「新緑学園……推薦状?」
鰯田志向
座右の銘は「金は命よりも重い」