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君はネッシーを見たか

作者: 豪陽

僕はネス湖に旅行した。

日本の成田空港を発ってヒースロー空港で国内線に乗り換えてインヴァネス空港、そこからタクシーでフォイヤーズ町まで待ち時間含めて20時間あまりの旅だ。

旅の高揚感は既になく疲労と何でこんな旅行を企てたのかと言う数十回目の後悔。

旅行するにしてももっと面白い場所はいくらでもあったろうし、そもそも金と時間をどぶに捨てるに等しい凶行であろう。

しかし、僕は見たかったのだ。

ネッシーを見る、そして。


「ネス湖の怪獣」の不気味な写真は中学生だった僕の心を捕らえた。

二十年以上にわたる僕の密かな情熱だった。

金と時間を作ってようやく来たのだ。

人生が詰んでいる事を自覚してようやく来る踏ん切りがついたというのが本当かもしれない。

大して良い事もなくどんよりした曇天がいつまでも続くのが僕の人生なのだろう。


フォイヤーズのB&Bに泊まった。

湖畔を歩いたり遊覧船に乗ったり、ネッシー博物館で昔のフィルムを見たり、ネッシーの写真が撮られた場所を回った。

もちろんネス湖を長い時間眺めた。

湖は平穏そのものでネッシーの影も見えない。

退屈でくたびれた季節観光地そのものである。


ネッシーの証拠写真とされていた写真の現像はかなり検証されている。

1934年のウィルソンの写真は潜水艦の玩具による捏造であると関係者が暴露したし、1951年のスチュワートの写真も背景の地形から撮影地点が同定されて実はごく浅い場所であることがわかり捏造である可能性が高くなった。

1955年のアーカート城との対比で非常に見栄えの良いマクナブの写真も波の見間違えではないかと言われている。

そう、ネス湖の地形では極めて紛らわしい波などの自然現象が多くあるのだ。

1960年のディンズデールのフィルムも猟師の小ボートの可能性が排除しきれないのである。


スコットランドの気候と風景は、東北育ちの僕にもしっくりと馴染む。

ネッシーを見ることができないのはわかっていたが、やはり寂しい。

僕は宿でウイスキーを煽って寝てしまった。

いや寝ようとした。


時差ボケに悩まされ寝るのをあきらめた私は早朝4時の暗い時間に宿を抜け出してネス湖へ歩いて行った。

驚いたことに先客がいた。

危うく声を上げそうだったが、白っぽい灰色のマントを着た老女である。


僕はゆっくりと湖畔の砂礫を踏みつつ、「グッド・モーニング」と抑揚をつけず詰まらなそうに小声であいさつをした。


「遠くからいらっしゃったね。目的のものは見つかったかい?」

意外に彼女はフレンドリーに話しかけてきた。


「いーや。まだ見つからない。自棄になってケルピーに自分の肝臓を献上しに来たのさ。」


老女は、欠けた歯を見せながらケタケタと笑う。

暗くて良くわからないが皺だらけで痩せた顔。

「言うねえ。お前さんが見たいのはネッシーだろう。」


「さあ、どうだかねえ。」

僕はつまらなそうに答えた。


「ネッシーは見たいと願う者にしか見えないのだ。」


「ばあさんは見たことあるのかい?」


「いや、ないね。」


「なんだ見たことがないのか。見たことがないのに偉そうなこと言うんだね。」


「でも、お前さんも見たいなら、ネッシーにそう願えばよい。そうすればきっと見られるだろうよ。」


「そうかね。」

僕は老女の言葉を話半分で聞きながら、ネス湖の水面をじっと眺めた。

湖面は暗くて何も見えないが、波もない静かな水面だ。

ネッシーがいなくても、ここにいれば時間は穏やかに過ぎるだろう。

僕は初めて穏やかで大きな気持ちになった。

ネッシーを見て人生を終わりにしようかとの気持ちはどこかに消えてしまっていた。


「ばあさんは、何でここにいるんだい?」

僕はふと疑問を口にした。


老女は僕のほうを向いた。

フードで陰になっていて老女の表情はわからなかったが、ローブの下には肋骨が見えるほど痩せていた。

非常な老人であることは確かだった。

そしてしわがれた声でこうつぶやいたのだ。


「私がネッシーなのだからね。」

昔、ネス湖のWebカメラでネッシーを探索するのに熱中した時期があります。

ネッシーはスコットランドの魂であるとも言われています。

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