サンタル王国王子視点 帝国から押し付けられた女をパーティーで婚約を破棄して断罪することにしました
俺はアンドレ・サンタル。このサンタル王国の第一王子だ。
我が国は300年の歴史を誇る由緒ある国なのだが、野蛮なロアール帝国に30年前屈辱的な敗戦を喫して以来、その帝国の属国になっているのだ。
その時に、完全に占拠されなかったのは、我が祖父の先々代国王の懸命な努力と欲深い帝国の皇帝に近隣に美貌を知られた王女を側室として差し出したからだと言われている。
帝国からの独立が我が国の悲願なのだが、今は帝国の力はあまりに強大で、その配下に甘んじているのが現状だ。
更にここ二年不作が続き、財政状況も悪化していた。
そんな我が国の窮地に帝国が付け込んできたのだ。
なんと、この由緒ある王国の次期王になる俺の婚約者に、皇族の妾の連れ子を押し付けてきたのだ。
敗戦の時に我が国から皇帝に差し出された側室の係累かとも思ったが、そうではなく、その妾自体は元々我が国の子爵家の娘だったそうだ。
俺には信じられなかった。
何故王国の第一王子の俺様がたかだか子爵家の孫風情を婚約者にしないといけないのだ。
それに聞く所によるとその女は見た目も平凡で地味な黒髪をしているそうだ。黒髪なんて悪魔の申し子ではないか。帝国の皇帝としては皇族の妾の頼みに屈して、我が国にその目立たない女を押し付けようとしてきたのだ。帝国としても良い厄介払いが出来たということだろう。なんでもその妾は今はもう死んでいるそうだから。
俺の祖母の王太后は、
「その子は帝国の公爵家の血も引いているそうだから」
と言ってきたけれど、何故、この由緒ある王国の後継ぎの俺が野蛮国の公爵家といえども傍流の子爵家の娘を婚約者にしないといけないのだ?
俺には納得がいかなかった。
しかし、俺は度重なる両親の説得に、仕方無しに受けることにしたのだ。
なんでも、そのための結納金が結構な額になるという。王国の財政がそれで多少なりとも良くなるというのだ。そう言われるとこの国の王子である俺はあまり反対も出来なかった。両親は俺を金で売ったのだ。
「アンドレ様。私はどうしたら良いのでしょうか?」
俺の幼馴染の公爵令嬢のセリーヌが、俺に心配そうに聞いてきた。セリーヌはきれいだし、地位もこの由緒ある国の公爵家出身だ。私の相手としては帝国の子爵家の孫よりも余程相応しい。元々この話がなければ婚約の話も出ていたのだ。
俺としてはセリーヌを諦めるつもりはなかった。
「なあに、セリーヌは今まで通りしていれば良いさ。帝国の女は直にここにいるのが嫌になって逃げ出すさ」
俺はそう言ってセリーヌを安心させたのだ。
俺としてはその子爵家の女と仲良くする気は元々なかった。王太后の手前、月に一度は会うが、それだけだ。不作にあえぐ国の財政が戻れば、そんな地味な女はさっさと送り返せば良かろう。
そう俺は思っていたのだ。
王立学園が始まるのに合わせてその娘も来たのだが、丁度その頃祖母の王太后が健康を崩し出したのだ。
俺はこれ幸いと女と合う回数を減らした。
初めて顔合わせで会ったエリーゼは、思っていたよりはましだったが、黒目黒髪なのはそのままで地味で、大人しそうだった。セリーナと比べると見た目も月とスッポンだ。
俺はそんな地味なエリーゼと毎時間顔を合わすのが嫌なので、手を回してエリーゼを平民クラスのCクラスにしたのだ。
テストの点数に細工して点数を取っていないようにしたのだ。
表向きはクラス分けはテストの点数順ということだったが、そもそも貴族の子弟には点数が嵩上げされているのだ。それを500点、引いてやったのだ。エリーゼは頭だけは良いみたいで、恐ろしいことに貴族点を加算しないだけではAクラスのままになってしまったのだ。やむを得ず、大幅な減点をした。
それに対してエリーゼはなんと侍女を通して学園に文句を言ってきたのだ。
「このことを帝国に報告したら、ロザンヌ公爵様がどう思われるか判っているのですか」
何かある度にエリーゼの侍女はそう言って怒鳴り込んでくるそうだ。
本当に鬱陶しい。二言目には帝国の公爵に言いつけるぞと脅してくるのだ。いくら帝国とはいえ、公爵は公爵。この国の国王たる我が父の方が地位は上だ。帝国の皇子でも出てくれば別だが、そうでもなくあまりにうるさいようならば、こちらからエリーゼを送り返せば良いのだ。
「なあに、所詮、あのエリーゼという娘は妾の連れ子なのです。多少のお怒りを買った所で気になさる必要はありますまい」
懇意にしている帝国のレトラ大使はそう言って笑ってくれたのだ。
何でも帝国内にもいろいろ派閥はあって、レトラ大使はカルディ侯爵家の派閥に属しているそうだ。カルディ侯爵家は帝国の外交を一手に引き受けていて、軍部の重鎮のロザンヌ公爵家とはいつも対立しているのだとか。いざとなったら、カルディ侯爵家にレトラが取りなしてくれるそうだ。俺は大船に乗ったつもりでレトラを頼ることにしたのだ。
30年前のこの国の敗戦もロザンヌ公爵家が絡んでいたんだとか。俺にその公爵家の係累を送り込んでくるとなると、完全に我が家の乗っ取りを考えているにちがいない。
そんな手に乗ってやるものか。
最悪の場合はレトラを通じて帝国のカルディ侯爵を頼れば良かろう。
俺はそう考えたのだ。
でも、状況は俺が考えるほど甘くなかった。
なんでも、大人しそうに見えたエリーゼは、親しくなったC組の平民共を使って公爵令嬢のセリーヌを虐めているのだとか。
最初は平民たちがそのようなことをするなど信じられなかったが、度重なると信じざるを得なかった。
物が無くなったり、何処からともなく水が落ちてきたりして大変だとその度にセリーヌが泣きついてくるのだ。
なんでも、エリーゼは周りのものに帝国の威を笠に着て女王のように振る舞っているのだそうだ。学園で俺を見てもエリーゼは寄っても来ようとしないし、頭を下げようともしないのだ。
俺は卒業パーティーでその帝国の威を借るエリーゼとの婚約を破棄することにしたのだ。
幸いな事にうるさい両親は、その時は会談があるとかで帝国に行っている。
これで金に目がくらんだ両親もいないのだ。
エリーゼなど帝国の威を借る妾の連れ子なのだ。この王国では子爵の娘に過ぎない。なんとでもなるだろう。
そう考えた時だ。
俺の側近のロベールがエリーゼの兄と名乗る男から脅されたと言って怒って帰ってきたのだ。
なんでも、その兄と粋がる男はエリーゼは子爵本人で侯爵家の息子風情がエリーゼに話しかけるなと脅してきたとか。
「その男がエリーゼの兄ならば、エリーゼ本人が子爵本人ならば、その兄もお前と同じ無位無官だろうが。何故それを盾にして言い返さなかったのだ」
俺がロベールに言うと
「いや、なんでも、その兄は帝国のテルナン伯爵だと名乗ったのです」
ロベールは反論してきたが、
「帝国のテルナン伯爵なんて聞いたことはないぞ。東方にテルナン王国ならあったが」
俺がそう指摘すると、
「左様でございます、殿下。帝国にそのような伯爵家はございませんよ。その者に騙されたのではありますまいか」
その場に居た大使のレトラが笑って言ってくれた。
「な、何だと、俺は騙されたのか」
ロベールはいきり立っていたが……
こいつも、俺の側近になるのだから、もう少ししっかりとして欲しいものだ。
「アンドレ様。大変でございます」
そこにドレスを少しはだけさせてセリーヌが駆け込んできたのだ。
「どうしたのだ、セリーヌ?」
俺は慌ててセリーヌの側に行くと
「エリーゼの親類を名乗る男に襲われそうになりました」
「何だと」
俺はいきり立った。
このかわいいセリーヌに襲いかかるとはどういう事だ!
「私、侍女と一緒に、先日アンドレ様に作って頂いた衣装を取りに行ったのです。そうしたらエリーゼとその兄という男が、アンドレ様が私に衣装を作るのはおかしいと難癖をつけてきたのです」
「何だと、小癪な。俺が誰に衣装を作ろうがエリーゼにとやかく言われる筋合いはないわ。それで襲われそうになったのか」
「はい、その工房のマダムに助けていただきましたが、助けてくれなかったら恐らく殴られていたかと」
「なんというやつだ。子爵家にそのようなものがいたのか?」
俺は側近等に聞いた。
「いえ、子爵家には男兄弟はいないかと」
「その男はテルナン伯爵と名乗っていませんでしたか?」
ロベールがセリーヌに聞いてきた。
「さあ、名前までは」
「その者の容姿はどのようでしたか」
「その方は金髪碧眼で見た目はとても麗しい感じでしたが、怒り出すとその目がランランと輝いて本当に獣のような感じで、そう、狂犬でした」
「きょ、狂犬?」
横で大使はぎょっとした顔をした。
「大使殿。心当たりがあるのか」
俺が聞くと
「いえ、私もお見かけしたことはございませんが、そう呼ばれている方を知っているだけでして。しかし、その方は今は東方にいるはずですし、似ているだけでしょう」
大使が笑って答えてくれたが、顔が少し引きつっていた。
「恐らく、その男だと思います。私が会ったのも」
「テルナン伯爵と伯爵位を詐称している男か」
俺の問にロベールが頷いてくれた。
「判った」
俺は決断したのだ。
大人しくしていれば婚約破棄だけですんだものを
俺の可愛いセリーヌが、襲われそうになったと聞くとそれだけでは済ませられない。
エリーゼを無事に帝国に帰すと、この後セリーヌがどんな難癖をつけられるか判ったものではないではないか。
俺はエリーゼを捕まえて断罪することにしたのだ。
ここまで読んで頂いて有難うございます。
エリーゼの運命や如何に?
続きは今夜です。