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湯沢へのスキー旅行と康一の大失恋

連載第6回 <湯沢へのスキー旅行と康一の大失恋>


 由紀子が「好きだ好きだ」と言わないでほしいと康一に行っていたのは由紀子には思う男がいたのである。

 康一は悩んで、「わかった、これ以上、好きだとは言わないよ」

 確かに、その後の由紀子は何事もなかったように付き合ってくれた。


 冬のスキーシーズンになって鈴木からスキーツアーに出かけようと提案があった。


 鈴木が

「康一、今度の車は新車だから、遠出も出きるよな?由紀子もスキーに行って見たいそうだから、皆で行かないか?」

「ああ、いいよ、新しいフェローマックスはFF車だから雪道には強いよ」

「由紀子は初心者だから、緩やかなゲレンデの湯沢がいいんじゃあないか?」


 それを聞いていたトミーは

「ああ、俺も行きたい。混ぜてくれ」

 康一は由紀子を巡るライバルのトミーが同行することに一瞬ためらったが、悪い男ではないので、了解した。トミーは、「由紀子ラブ」の宣言後、特に何らかの行動には出ることは無かった。


 日中は道路が混むので、深夜に出発した。車中では会話も弾んだ。康一は由紀子に

「スキーの経験があまりないって聞いたけど今度の湯沢は初心者コースがあるようだから、そこで滑ればいいさ」

「ああ、わからないけど、何とかみんなの邪魔にならないようにするわ」


 鈴木が、この夏に「伽藍」に来た地上げ屋の手先の女(真奈美)のことで康一に尋ねた。

「そういえば、勝則を訪ねてきた中野のスナックの女は相当に美人だったよね。康一はその女と仲良くなったの?」


 由紀子が反応した。

「え、そんなことがあったの、康一さん、どうなったの?」

「どうにもならないよ」

 トミーが

「また、振られたんだよね」

「振られたわけじゃあないんだが、そもそもそういう仲になったわけじゃあない。彼女は、勝則に会うために地上げ屋に頼まれて俺を利用したんだ」

「ああ、悪い女だったのね」と由紀子

「いや、そんなに悪人じゃあなかったと思うよ」

 と、康一。ヌード撮影とあわやの体験のことは皆にだまっていた。


 康一は、助手席の由紀子にせがまれるままにもてなかったいくつかの経験談を披露した。本当に話したかった由紀子への恋心を示すのはご法度だったのだ。


 明け方近くに湯沢についてから、少し車中で仮眠をとった。夜が明けると駐車場には一面の新雪の景色が現れた。康一は、駐車場の管理人に、この駐車場を車で走り回ってもいいかと尋ね、了解をもらったので、前輪駆動の能力を試そうと縦横無尽にフェローマックスを走らせた。由紀子は、大声で笑ってはしゃいでいた。

挿絵(By みてみん)

 康一と鈴木は持参したスキー板、由紀子とトミーは貸スキー板で、割りと良好なコンディションのゲレンデで一日、スキーを楽しんだ。


 その夜は民宿で四人でこたつを囲んでの雑魚寝で一晩過ごした。この旅行で、由紀子はものすごく楽しんでくれた。好きだと言わなければこうやって旅行にも来てくれる。ああ、由紀子の気持ちがわからない。康一は嘆いた。

 康一は焦らないことにした。長期戦で由紀子の気持ちを振り向かせようと切り替えて、その後の「伽藍」での日々を過ごしていった。


 康一は、ミー子との深夜のキス襲撃という衝撃的な出来事のあとでも、真奈美とのもう一歩の体験での後でも、由紀子への愛を諦めることは無かった。由紀子はしょっちゅう「伽藍」にやってきて、康一と顔はあわせることも多く、やさしい対応はしてくれる。


 ある日、新宿のサブマリーンというロックの店に由紀子と行ったときに、前という「伽藍」に出入りの常連の男と一緒になった。前は中原中也の詩が好きなようで、由紀子に詩の内容を教えていた。はたして、由紀子は中也の詩を理解しているのだろうか?康一は前と仲良く話す由紀子に少し嫉妬を覚えた。


 この店は、「伽藍」の平が「伽藍」を出て行った後で代わりに住み始めたロン毛の内藤がマネージャーを務めている関係で、時々来ていた。内藤の彼女の瑠梨も時々「伽藍」に顔を出していたがスラリとした長髪の美人で康一はこんな人が恋人だったらいいなと由紀子に熱を上げている男が考えることではなかったが、気持ちが揺れた。ちなみに、瑠梨は「伽藍工房」が閉じられる少し前に内藤からふられたという。

「瑠梨の笑い顔は、不細工で見てられないんだ」


 なんてこと言うんだろうと思ったら、


「伽藍」の住人の中で、瑠梨は康一が一番好きだと言っていたよ」


 思いがけない発言に、驚いた。もし瑠梨と付き合うことになっていたら、由紀子を忘れて愛を受け入れていただろう。


 そういえば、高校の同学年の別クラスの女性が、卒業後数年たった同期会で、

「私、北原さんのことを、陰からお慕いしておりましたのよ」

 彼女の告白はうれしかったが、その時に言ってくれたらなあ、今からじゃあ遅いよ、と思う康一。文化祭での演奏を見てくれていたのかなと推察した。彼女はそれなりの雰囲気があり、もし在校中に言ってくれてたら、即断でその告白に応えてお付き合をし、楽しい学校生活になっていただろうと悔しがった。

 

 康一は時が進んでいく中で、そろそろ限界に来たので、由紀子に改めての愛の告白をしてみた。そうすると由紀子は困り顔で

「それは言わないでってお願いしたじゃない」

という反応。

「でも、もう限界なんだ。」

 康一は悩んだ。初めて思い切って恋心を告白した相手が、はっきりとしたことを言ってくれない。きっぱり断ってくれた方がいいのだ。生殺しの様だと、悩んだ。康一が風邪をひいたときには看病してくれたのに。

 

 ある日。康一の部屋の窓から由紀子と前が楽しそうに歩いて「伽藍」にやってくるのを目撃した。その時の由紀子の幸せそうな顔から、康一は漸く自分の望みのないことをはっきり自覚した。


 結局彼女はこの「伽藍」に出入りしていた前のことが好きだったのだ。その関係を知っている住人がいて、

「康一!気が付かなかったのか?」

という。

 その日、康一は一升瓶の日本酒をもって石川の部屋に行き、ちょうどそこに居た松本をも相手に、どれだけ由紀子を愛していたか、この失恋がどれだけつらいことかをグダグダと話した。飲めない酒をかなり飲んだ。康一は以後、酒が飲めるようになったのはこのせいだ。もう、セラヴィのモモちゃんに飲めない男ねと言われないで済む。あまりの純愛の深さを聞かされた松本の彼女のさゆりは「感動したよ」と康一を慰めた。 

 

 康一は「伽藍」で暮らす中で何とか誰か可愛い女性相手に童貞を捨てたいとは思っていたが、由紀子をその対象とは考えず、完全にプラトニックラブであった。キスどころか手も握ったこともなかった。康一は、人生で女性にたいしてこれほど強い愛情表現、求愛を行ったことは無かった。今までの優柔不断な康一ではなかった。完全な失恋に終わったが、この完全燃焼した求愛行動はある意味すがすがしいと思うようになった。


 ある日、ミー子から差出人の住所の書いてない手紙が届いた。

「康ちゃん、あたし、南の島に行くことにしたよ。いろいろありがとうね。写真はちゃんと撮れたかしら。あたし、康ちゃんのことすごく好きだったけど、あきらめるね。由紀子ちゃんとはうまくいってる?もう「伽藍」に行くこともないと思うよ。元気で暮らしてね」

 この手紙で、康一は大事なものを失ったような気がした。あれだけ言ってくれたミー子に応えようとしなかったことがどれだけのかけがえのないものを失ったのかを、由紀子にふられたことでよくわかった。ミー子は「伽藍」に顔を出すこともなかったし、どこにいるかもわからない。本名すら知らなかったのだ。康一は二度とミー子に会うことは無く、伊豆の一夜は大切な思い出として心の片隅にしまっておいた。 

 さくらや真奈美が、切望していた女性体験のチャンスを与えてくれそうになったが不発におわり、そういう体験を求めない由紀子との純愛一筋のアプローチも粉砕の結果となり、何も得ないままで「伽藍」の時が過ぎていった。康一は相変わらずの賑わいが続く「伽藍」の中で、しばらくは一人うつろな日々を過ごすのであった。



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