10:火1
ごろ、ごろ、ごろ
たくさんの石の塊を前に私は頭を抱える。
ミルが工房に籠っている間、リオンを翻訳機代わりに部屋の書物を漁っていたが、帰るための資料などは見つからなかった。
それどころかあるはずの召喚関係の資料もまるごと消えているらしいので、おそらく下手人はあの森の主だろうと思われる。
いや、10割の確率でそうとしか思えない。
抜け目が無さすぎて正直殺意しかわかないが、突撃したところで返り討ちにあうのが関の山なので、今は大人しくしておく選択を選んだ。
一応これから必要になるかもしれないと文字が理解できるか悪足掻きはしてみたのだが、どうやら水という文字はミズ、場合によってはスイと読むみたいな日本語に似た感じらしく、単語の間の「てにをは」ぐらいは分かるようになりそうだが、固有名詞が全くわからない現状では自力で読めるようになるに数年は軽くかかりそうだった。
ナーロッパ風なら英語とかアルファベットにしてくれれば良いのに、異世界から来た人間への嫌がらせか何かだろうかとすら少し思う。
そして今は戻ってきたミルも交えてミルの家で素材探しである。
よく使う素材は工房で常備しているということで、様々な色をした金属の板が机の上には並んでいた。
「素材名言われてもぜんぜんわかんない。やっぱりこの計画無理ありすぎじゃない?」
「知らなければこれから知ればいいのです。擦り合わせというのは大切だとお母様もよく言っております」
「すっごいポジティブな意見。でも無茶ぶりされてるの私だよね?」
「ぽじ…?えっと、何とかなります。きっと」
「盛大な希望的意見やめてくれる?」
二日間も一緒に居れば少し慣れたらしく、リオンが笑顔で無茶振りを振ってくる。
確かに森の主と親子だわと後でミルに愚痴れば、静かにポンと肩を叩かれた。
金、銀、銅らしき現代でもある金属はまだ問題ないのだが、当然異世界においてそれだけで済むはずがなかった。
ゲームで聞いたことのあるようなものから全く聞き覚えのないものまで、そもそもチートも何もないのだからいくら鉱物に入るとはいえ、各金属の融点なんてさすがに覚えていない。
現代では柔らかい石のはずだったフローライトが非常に硬くて光っている金属の名になっていたりと、常識が違いすぎて互いに混乱する場面しかなかった。
ちなみになぜ光っているかは魔力云々の現象によるもので、この石を少量でも混ぜて武器をつくるとで武器に埋め込まれた魔石の魔法が発動できるらしい。全く意味がわからない。
「水素って水から電気分解で作れたっけ。片っ端から炎あててけば良い?」
頭を抱えながら私は呻く。
ダメ元で熱に強くて熱伝導率が高い素材があるかと聞いても、ミルの答えは「熱伝導とはなんじゃ?」である。
物理的に鉱物を溶かしたいのでマグマの温度にでも耐えれそうな金属があるかと尋ねたが、普通は魔法でどうにかするらしく比較したことがないとウンウンと唸っていた。
絶望的な数値になるが、サファイアを溶かすには2050度ほどの火力が必要である。
「いっそのこと、金属でなく竜の骨を使うかのう?最高級素材じゃが火に強いもんができる」
腕を組みながらミルが提案してくる。
その言葉に私の頭の中で西洋のドラゴンが火を吹いた。
「…非常に幻想ロマンに溢れた素材名だけど、火に強すぎてもそれじゃ素材まで熱が伝わらなくて原料が融かせなくない?ていうか待って、ドラゴン!?いるの?」
「素材を溶かして固めたいんじゃろう?熱を伝えるのではなく竜骨で作った器の中に竜の火を吹かせばどうじゃ?」
「竜の火?待って、わからないモノ出てきたけど、そもそも炎にも種類あるの?」
いきなり竜がどうとか出てくるのも驚くしかないが、当然のことのように話すミルに私は困惑するしかなかった。
竜の火とか言われても、思い付くのはゲームのアイテムである。
「うむ、ワシらが仕事で使うのは大きく分けて3つじゃ。具体的にいうと火蜥蜴の火、不死鳥の火、竜の火。まあ他の火の力を持つ魔物を使うヤツもおるが、そいつらはちと特殊じゃな。この村のドワーフの職人は大体この3つを使い分けて作っとる」
「火蜥蜴はサラマンダーとしても不死鳥の火?不死鳥って神聖な何とかじゃなく鍛冶用なの?」
「この村に居るのはまだ生まれたばかりの子どもじゃからな。大きくなるまでワシらは奴等に居場所を提供し、奴等がワシらに火を提供する。利害の一致じゃ」
「へぇ…」
WinーWinの関係だというミルの説明に弱肉強食世界特有の事情に納得しつつ魔物関連にも色々ありそうだなぁ…という感想を私は抱いた。