番外:モナルカの密談
「あ゛ー、さむっ」
布に包まれた魔石を大事に抱えながら、男はこの地に居ることへの愚痴を漏らす。
男のためにと錬金術で特注で創られた火の魔方陣が刻まれた魔石は、まさに男には命綱だった。
種族的に寒さが苦手だと言うのに、この地を後継と為るはずの者が所用で留守にするということで、現在の管理者によって半ば無理矢理連れて来られてきたのである。
たとえ現在の管理者が自分の父親で、後継者の用がどうしても外すことなどできないと理解できるものだったとしても、嫌々10年もこの地に縛り付けられれば、連れてこられた最初に抱いた仕方がないという気持ちも綺麗さっぱり吹っ飛ぶのは当然だった。
世界の最果て 通称:北の山
常に雪と氷に包まれているが為に訪れる人間など皆無のその場所は、代々管理者が決められ管理と守護をしている。
「ニイ」
先程まで熱心に手紙を読んでいた男が顔をあげ、魔石で暖をとる男の名を呼ぶ。
端から見れば人間にしか見えないが、フードから覗くさらりとした髪は白と黒が混じっており、最低でも400年は生きて現在この地を管理者をしている、それなりに力を持った魔物だった。
「ミカドの娘が異界から人間を呼び出したそうだ」
「はあ!?」
さらりと明日の天気でも報じられるように告げられた一大ニュースにニイと呼ばれた男は驚くままに叫ぶ。
モナちゃんへと書かれた手紙を手に、モナルカは呆れたように溜め息をついた。
「ミカドが意図したことではないようだが『一緒に責任とってねモナちゃん』だと。まったく、今更何をしでかすかと思えば…」
「娘…?」
「前にミカドが此処に来た時にお前に任せた人間が居たはずだろう。ソイツのことだそうだ」
「んー……あ、ああっ!あの熱心に石板の絵を書いてた小さいのか。つーか、それ何年前の話だよ!?」
「さてな。ミカドの手紙によると5年ほど前の事らしいが、さすがにミカドの娘の行動なぞ俺は知らん。顔も覚えていない」
「しかし、呼び出したってアレを解読したのか?この世界の人間が!?」
「関連するものは全てミカドが回収したそうだが、それにしても随分と大それた事をする。いや、逆に情報の少ない中よくやったと言うべきか」
「いや、そこで誉めるなよ」
「褒めるべきところは素直に称賛すべきだろう?」
どこかズレた高評価にモナルカにニイはツッコミを入れる。
何しろこの世界で標準語として使われている文字は、過去の魔王達によって異界の文字とは異なるように意図的に変えられているのだ。にも関わらず、自力でそれを読み解いたことにモナルカは顔も知らない朋の娘に素直に感心していた。
まあ正直なところ、面倒な事を…という気持ちが心の大半を占めているのだが、手紙に書かれた内容から何かを企む予定らしい朋の姿を思い浮かべ、どうすべきかと腕を組む。
ここ数十年の動向から大人しく最期を迎え入れるかと思っていた相手が、そうではないらしいという事にほんの僅かな喜びと懸念を抱きつつモナルカは既に還った朋の姿を思い浮かべた。
あんなことが無ければ良かったのだが、もはやモナルカには何をどうすることも出来ない。
「また森が赤く染まるか」
「そう言われても、俺その頃まだ生まれてないから知らないし」
「………嗚呼、そういえばそうだったな」
「いや完全に忘れてただろ」
「別に些細なことだ」
森の主とは別に付けられたミカドのもう一つの異名と元になった光景をモナルカは思い出す。
二百年も経った今となってはあの状況では仕方がなかったと割り切るのは簡単だが、それは所詮モナルカの気持ちでしかない。
ミカドが人間嫌いとなったのも理解できるし、朋の亡骸を残したまま今でもその森から離れない事を責める気も無い。
「まあいい。ニイ、ミカドの娘に会いに行け。今はドワーフの村にいるそうだ」
「は?」
「異界の人間とやらがどんな感じか確めて来い」
「いや、それはアンタが直接行けよ!」
「俺はミカドの企みには乗ってやりたい。だからまずはお前が見て来い。ついでに遠回りしてアイツにそろそろ戻って来いと伝えろ」
「ついでにとか言いつつドワーフの村とは逆方向じゃねぇか!俺は便利屋じゃねぇよ!」
「…それならお前は片方だけでも構わない。もう片方は誰かに行かせろ。エナでもいい。ただし、くれぐれも異界の人間とリームウェルトを会わせるな」
「はあ?」
「話は終わりだ。さっさと行け」
わけがわからないという顔をするニイに、モナルカは特に気にした素振りもなく変わらない表情のまま、さっさと行けと手で払う動作をする。
「いや最初から全部説明しろよ!」
「後でな」
「おい!」
「俺がミカドの企みにそのまま乗ると何故か全て失敗するからな。今は遠回りに協力する程度がちょうど良い」
「何なんだよ全く…」
「ニイ」
「あ゛?」
「気を付けて行け」
「……~っ、このっ」
言うだけ言って奥の部屋に入っていったモナルカに向かって、こういう時だけ父親っぽく振る舞うんじゃねぇと叫んだニイの言葉は、モナルカが聞くことがなかった。