3:孤児
リュンクスが騎士アドニスに保護されてから、他の団員達は手際よく作業を進めていた。リュンクス達のいた洞窟から少し離れた場所に、馬車が五台ほど留められている。
その馬車に盗品や捕縛した連中を詰め込んで持ち帰るのが今回の任務らしい。
団員達は全部で二十名ほどいたが、半分ほどは物資の回収、馬車の御者を務める輸送隊だ。
「本来なら奪われた物だけを積むつもりだったんだけどね。色々と想定外だよ」
アドニスは部下達に指示を出しながら、横に立っているリュンクスに笑いかけた。何人かは捕縛出来るかもと思っていたが、まさか全員捕まえられるとは思っていなかったらしい。
洞窟にしまわれていた財宝の類と一緒に、盗賊団の連中が縛りあげられ、すし詰め状態で押し込まれていく。全員命は奪われていないようだが気絶はしている。
(皮肉なもんだ)
もしも女にされて縛りあげられていなかったら、リュンクスもあの中にいたかもしれない。世の中はなんとも奇妙だなとリュンクスは心底思った。
「仕事が早く済んで助かった。お陰で君を家に送り届ける時間が出来たからね」
「家? 家なんかないけど」
「……家が無い? 君はこの辺りの村の住人じゃないのかい?」
アドニスが少し驚いた様子で問い直す。ここの盗賊団は人身売買をメインでやっている訳ではないようだし、わざわざ少女一人を遠方から連れ去ってきたとは考えにくい。
「山の中に住んでた」
「村から離れた小屋か何かで、家族と住んでいたとかかな?」
「違う。それに家族もいない」
リュンクスはついさっきまであの洞窟に身を寄せていたし、それ以外ではほとんどが野宿だ。生まれつき孤児なので両親の顔も知らない。
馴れているのでどうとも思わないのだが、アドニスは沈痛な面持ちでリュンクスを眺める。
「……すまない。少し配慮が足りなかった」
「ん? いや別に」
アドニスは失言をしてしまったと詫びたが、リュンクスは別段気にしていない。
というより、今は他に考える事が山盛りだ。
(女から男に戻る方法も探さなきゃならないし、第一、こいつらから離れないと)
今の所正体がバレてはいないが、女体化した盗賊団の一味だと分かったら捕縛待ったなしだろう。それに、男から女になった変態という烙印を押されるかもしれない。
盗賊団の一員として捕まるのは一億歩譲って許せるが、なりたくもないのに女にされた上、変質者扱いされるほうがリュンクスには耐えがたい屈辱だ。
「気持ちはありがたいけど、今言った通り山に馴れてるから……」
「団長ぉぉぉぉおおおぉぉ!! 今の話、聞きましたぜぇぇぇ!」
少し離れた場所からでかい何かが猛ダッシュで突っ込んでくる。熊か何かと思ってリュンクスは一瞬身がまえたが、よく見ると先ほどアドニスと一緒にいた大男だ。
「うるさいぞゴライアス。リュンクスが驚くだろう」
「そりゃ分かってますが、その子、訳ありなんでしょう? しかも盗賊団にひどい目にあわされてるんですぜ!? そんな子をほっといたら白狼騎士団の名が廃りますぜ!」
どうやらこの大男はゴライアスという名前らしい。顔も身体も名前もいかついが、何故か半泣きになっている。どうも今の会話を聞いていたらしく、リュンクスの境遇に同情しているらしい。
「分かっている。分かっているから泣くな。お前が泣くと逆に怖い」
身体もでかいが声もでかいゴライアスをなだめつつ、アドニスは眉間に指を当てる。
「もちろん街まで連れていくさ。その後はどうするかだが」
「いやいや! くどいけど本当に一人で大丈夫なんで!」
「どこか行くアテはあるのかい?」
「……無いけど」
アドニスに問われ、リュンクスはしぶしぶそう答えた。
一人でやっていけるだけの自負はあるが、性別を戻すという点に関してはまったくのノーヒントだ。さらに言うと、この身体のスペックがどの程度になっているか分からないというのもある。
(こいつら全員ぶっ倒して逃げるのは……無理か)
もう面倒なので不意打ちで殴り倒してこの場を離れるというのも考えたのだが、騎士団員は皆、かなりの実力者に見える。それを取りまとめているアドニスは言わずもがなだ。
「お嬢ちゃん! 俺達に任せておいてくれればもう安心だ! なあに、うちの団長は器のでかい男だ。女の子の一人や二人助けるくらい余裕余裕!」
ゴライアスはまだ若干涙ぐんでいたが、リュンクスの両肩をがっしりと掴んで励ましている。
かなりの力で握られているので正直ちょっと痛い。
「勝手に決めるな。すまない、この男は悪い奴ではないのだが、見ての通り直情系でね。まあ、ゴライアスの言う通り。僕はある程度の権限はあるからね。とりあえず君を街まで連れていく。その後はおいおい考えよう」
「はぁ……」
自分より遥かに巨体のゴライアスを軽く引っぺがしつつ、アドニスがリュンクスに優しい口調で提案した。リュンクスは溜め息まじりの生返事を返すしかなかった。
そうこうするうちに全ての財宝を回収し、ついでに間抜けにも全員捕まった盗賊団員を馬車に押し込めると。リュンクスを乗せた馬車が山道をゆっくりと下りはじめる。
他の盗賊団員はほとんど物と同じような扱いを受けていたが、リュンクスはVIP待遇だ。
先頭を進む馬車に、アドニスとゴライアス、それに他の団員が数名乗り込み、その中心部にちょこんと座らされている。
「むさ苦しくて悪いな。ま、俺達としては可愛い子がいてくれると嬉しいけどな」
ゴライアスが豪快に笑うが、リュンクスは縮こまったまま、分けてもらった飲み水をちびちびと飲んでいた。出来れば酒がよかったが、さすがに任務中に持ち込んではいないようだ。
護衛してくれているつもりなのだろうが、リュンクスからしたら精鋭の騎士団員に包囲されている状態である。あまり心穏やかにもしていられない。
リュンクスは警戒を解いていないが、アドニスをはじめ、他の団員もそれを咎めたりをしない。なにせ彼らからしたら、リュンクスはか弱い乙女にしか見えない。
(よく見たら、服も男物を着させられているじゃないか。しかもほとんどボロ切れだ。かわいそうに……)
アドニスは横目でちらりとリュンクスを見た。
一見すると泥まみれで小汚く見えるが、顔立ちは驚くほどに愛らしい。
しなやかな身体に愛らしい顔立ち、それに人に媚びないその姿は、どことなく山猫を思わせる。
アドニス以外の他の騎士たちも、おおむね同じ認識だった。
少なくとも、夜の山の中に一人で放置しておいて大丈夫な娘には見えなかった。
しばらく山道を下っていると、木々の数も減り、雲が風に流されたのもあって、月明かりが辺りを照らしだした。これで帰るのも楽になる。
アドニスは仕事を無事終えられそうで安堵したが、そこである事に気が付いた。
「リュンクス、ずいぶんと怪我をしているね。痛いだろう」
「ん? 別にこんなのほっとけば治る」
月明かりに照らされたリュンクスの肌は神々しいほどに瑞々しかったが、その明りによって、今まで見えなかった全身の傷が見えたのだ。
特に、可愛らしい顔立ちに似つかわしくない痣や、腕や腿にも打ち身のような内出血が見える。あの野卑な盗賊団達に殴られたのだろう。
アドニスは憤慨したが、それを表には出さなかった。これ以上リュンクスを怯えさせたくなかったからだ。リュンクスは男に怯えているというより、騎士団に囲まれている状況が落ち着かないだけなのだが。
「決めた。まずは君を医者に連れていく」
「医者? 別に単に殴られただけだし」
「もしかしたら見えない部分で怪我をしているかもしれない。知り合いに腕のいい医者がいてね。もう少しすれば街に着く。僕は仕事の報告に行かねばならないが、信頼できる男だ。安心していい」
「いやだから、別に医者なんか……」
リュンクスは確かに殴る蹴るの暴行を受けていたが、それでもやられっぱなしという訳ではない。殴られる瞬間に身をよじったり、致命傷にならないように抵抗していた。
だから、外見上は痛々しく見えるが、荒事に馴れているリュンクスからすればかすり傷。そう反論しようとしたが、ふと思いついたのだ。
(医者って事は薬とか詳しいよな。もしかしたら、あの変な薬の情報を得られるかも)
現状、性別を戻すのに全く手がかりが無い状態だ。だとしたら、ここは多少危険でも情報を得られる可能性に賭けた方がいい。
「じゃあ、お願いする」
リュンクスがそう呟くと、アドニスは笑顔で頷いた。
そうしてリュンクスを乗せた馬車は、順調に街へと帰還していった。