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重機のお医者さん  作者: 二兎月 冬夜
1/1

モロオカ製 不整地運搬車 MST1500VD

 自分は重機と言う特殊な機械の修理屋である。お医者さんの重責とは比べ物にならないが、それでも故障(病気)の診断、修理(治療)という手順については人間や動物のお医者さんと何ら変わりはない。

 自分は定年まじかの修理屋である。今まで数々の失敗を重ねてきたわけなのだが、それでも人にお話しできる程度の失敗談を書こうと思う。もちろん、人に言えない話は墓場まで持って行くとして、フィクションの物語を紡いでいくつもりである。話に登場する重機は、機種やメーカーが曖昧だった利する場合もあるが、現存した実機の名称を用いる。機械に関しては、自分の主観が大きく、批判めいたことも書くことになるけれど、特定のメーカーや機械を誹謗中傷する意図はない。それだけは真実である。


 現実世界の物事を書いていく以上、文章から推察して、自分の事や会社、仕事の事は調べられるかもしれないが、話自体はフィクションであり、現存するすべての人物、企業、団体とは無関係であると最初に断っておく。

 動物のお医者さんは、人間のお医者さんよりも(うつ)になりやすいのだそうだ。

 理由は明快で、人間よりも動物の方が寿命が短いから、その死に接する機会も多いからなのだという。

 自分は重機のエンジニアである。

エンジニアとは言うものの、そんなに恰好のいい職業ではない。いつも泥と油に汚れて行う仕事で、力仕事であるがゆえに体力的にもきつい。自分は40年もの間、この仕事に携わってきたが、そろそろ限界かなあ~と思う日々である。

 話が少しそれたが、機械の診断をして原因を探り、それを直すという意味では、この仕事も医者の仕事とそれほど変わりは無い。ただ、機械は死んでも悲しくないだけ。生物のお医者様よ比べれば、心的負担は無いに等しい。

 

 自分は東北の片田舎にある重機の専門の修理屋である。

重機専門というのは名ばかりで、実際には農機具などの修理も持ち込まれるし、ひどいときには解体作業や簡単な溶接仕事がからむ製作仕事も請け負う。

 一口に修理屋と呼ばれるが、今の修理屋は修理屋ではないそうで、口さがない同業者はパーツチェンジャーと気取った単語を作り出した。要するに壊れた部品の交換屋なのだそうだ。言われてみればその通りなのだが、どことなく腑に落ちない。それでも3K4Kと呼ばれる職種なので、慢性的な人手不足で仕事は忙しい。言わばニッチ産業なのだ。


   ++++++++++++++++++++++++


 その日は6月の半ばの事だったように思う。しばらく暑い日が続いていたかのだが、この日は朝から曇りで、突然の雷雨なんて状況にもなりかねないような雲行きだった。

 猪鹿町で、1件急ぎの簡単な仕事を片付けての帰り道、サービスカーのフロントガラスに水滴がついたかと思うと、すぐに大降りとなった。

「いやあ、雨に当たらんでホンマ良かったワ。」

と、訳の分からない関西弁で呟いた途端に携帯が鳴った。

 俺のガラケーは折り畳み式。胸のポケットからもどかしく取り出して電話に出た。

「ゴローさん。今、どのあたりにいる?」

フロントの高津からの電話だった。

「今、猪鹿町から抜けるとこだわ。」

「ゴローさん。ワリーんだけどさ。そのまま鬼杉建設の現場に回ってほしいんだわ。」

「マジですか? 今、無茶苦茶降ってるんですけどー!」

  と、云いたい衝動を押さえつつ、冷静に話を続ける。とりあえず、道交法違反は気にしつつ、ハザードを上げて車を路肩に寄せる。

「何があったン?」

「何か―、エンジンかからないらしくて、すぐ来てくれと言われたんよ。」

「機械は?」

「諸岡のMST1500みたい。VDだと思う。」

「バッテリーカー、持ってきてねえぞ。」

 ちょっとだけ反抗を試みる。

「何かあ。向こうが言うにはセルは回るらしいのよ。」

 セルというのは、セルモーターの事で、自動車もそうだがモーターでエンジンを回してエンジンをかける。バッテリーが上がるとエンジンがかからなくなるのは、そういう仕組みだからである。

「どうだか?」

「まず、そう言わねえで、ちょっと行ってもらえねえ?」

「いいよ。で、現場は?」

 フロントの高津は困ったように俺に言う。とにかく、今動ける人間がいないのだろう。口車に乗せられたと言うよりは、こっちも鼻から引き受ける勘定だった。高津が言う鬼杉建設の現場は、高規格道路の現場で、15分もあれば着く距離だった。ただ、いつもの通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 お客さんにとっては、いつも行っている現場だから迷う事はないが、こっちは初めて行く場所も多い。特に大きい現場では同じ現場であろうとも、たどり着けない事もあるのだ。


 ほぼ予測時間通りに現地に着いた。

「高架の下をくぐって・・・と、あの現場事務所か・・な?」

クローラクレーンが2台立っている隣の空き地に、プレハブの小さな現場事務所が立ち並んでいた。いや、現場事務所と言うよりは物置と休憩所らしい。

 その空き地に残土が運ばれて小山になっている。そしてその上に、鬼杉建設のMST1500VDが土砂降りに打たれてしょんぼりとしていた。


 諸岡製 MST-1500VD 不整地運搬車

 機体重量  10,500kg

 最大積載量 7,000kg

 

 不整地運搬車とは、読んで字の通り不整地(舗装されていない場所)で荷物を運搬する機械である。通常はキャリアダンプと呼ばれる機械だ。ただ、この手の不整地運搬車は単に()()()()とも呼ばれ、諸岡の名前は不整地運搬車の俗称で呼ばれることになった。

 とはいえ、諸岡さんが不整地運搬車を発明して世に出したわけではない。自分の記憶する限り、諸岡さんが出る前にも、不整地運搬車はあったはずである。だが、諸岡さんの不整地運搬車が画期的だったのは、その無限軌道クローラーがゴム製(ゴムクローラーというが、ブリジストンとの共同開発で世界初)だったことと、HST駆動方式によるスムーズな走りだった。車体の軽さも相まって、その機敏性と走行速度は当時、他のキャリアダンプとは一線を画していた。

 面白いのがT字型の1本レバーだった事。その奇抜な作りは、他のメーカーにはない発想だった。(ただし、VDでもそうだが、現在は2本レバーとなっている。)

 本当か嘘かは定かではないが、自分が聞いた所によると、もとは北海道で荒れ地や雪原を走る牛乳運搬のために作られたのだそうだ。その軽さと小回りの利くボディで一時期圃場(ほじょう)整備などの工事現場で重宝されて非常に売れた。その後、日立や小松と提携し、MSTシリーズの中に小松製のモロオカが出来たり、日立がCGシリーズといった不整地運搬車を作ったが、建機メーカー自体の紆余曲折の為か。圃場整備事業が減り使用頻度が減ったためか、やがて諸岡以外のメーカーは製造を中止した。特に日立のCGシリーズはボディを頑丈にしたため、重量が重く、諸岡の特性であるスピードと機敏性が失われ、不評だったと聞く。自分の知る限り、現在でも残っているのは(小型のものを除けば)諸岡の他は石川島のICシリーズのみであろう。(ICについてはいずれ書くこともあるかもしれないが、現在のICは左腕1本で操作するジョイスティック型に進化している。)

 今でも圃場整備で活躍はしているが、現在では主に林業で使用されるケースが多いようだ。掴み機を搭載した機体も珍しくない。


「あ~あ、この雨じゃ作業も中止だろうに・・・。」

俺は残土の山の隣に車を停める。時間はお昼時になっているせいか、誰も周りには見受けられない。オペレーターもいないので、とりあえず機械の所に行ってみる。

 土砂降りではあるが、雨具を用意していない俺は、すぐにずぶ濡れになった。6月とはいえ、急な雨で気温は下がっている。心なしか吐く息が白く感じる。とは言っても、俺は急がない。走っても歩いても結果は変わらないし、走る方が危ない。俺は雨に唄えばのメロディーを頭の中で口ずさみながら機械に近づいて行った。

 キーを回すと、セルモーターが回る音がするが、エンジンが始動しない。空回りするだけで燃料が爆発しないのだ。燃料計を見ると満タンである。俺はちょっと嫌な予感がして、燃料タンクのキャップを外してみた。思った通り給油口近くまで軽油がいっぱいに入っている。

 こんな時は、大体”あれ”だ。

オペが居ればハッキリするだろうが、ガス欠だ。ガス欠させてエンジンが止まり、慌てて給油したものの、燃料系の回路に空気が混入し、エンジンがかからなくなったのである。


 因みに何を言っているか分からない人の為に説明すると、ディーゼルエンジンと言うのは、ガソリンエンジンとは違う。ガソリンエンジンは気化したガソリンと空気の混合気を点火プラグで強制的に発火させてエンジンを回転させるが、ディーゼルエンジンはピストンの圧縮圧で発火させる。ピストンの圧縮上死点のタイミングで噴射ノズルから加圧された軽油を噴霧し、圧縮圧力の過熱で発火させるのだ。つまり、ガスエンコで止まったエンジンをかけるには、配管の中に残った空気を排除しないと、ノズルから軽油が噴霧されないのでエンジンがかからないという理屈である。


「さて、どうしたもんかナ・・・?」

俺はキャビンに戻ると、キースイッチをONにして耳を澄ます。燃料の回路にモーターが組み込まれたエンジンなら、キースイッチをONにしておけば時間はかかるが、勝手に空気は抜ける。

ザーザーと激しく降る雨の音にかき消されて、よく聞こえないが、やっぱりモーターはついていないようだ。

モーターは無くとも、セルを回せばエアは抜けるかもしれないが、バッテリーが上がる危険もある。最悪セルモーターがイカレてしまう事もあるだろう。

 俺はため息をついた。

 キャブから降りてエンジンフードを開ける。昔の諸岡なら、エンジンフードがガッパリと90度近くまで開いて中を見渡せた。ただし、大抵の機械はフードストッパーが壊れていて、キャビンの屋根にロックを引っ掛けて止めておくのだがこれが危ない。うっかりエンジンをかけたりすると、振動で外れ、自重でドカンと落ちて来る。大事になるので良い子は決してやらないように。自分も何度失敗したことか・・・。

 俺はため息をついて地面に降りてエンジンの下を覗く。

「あーあ。やっぱ潜らにゃダメか・・・。」

 俺は諦めて地面に腹ばいになった。そのまま匍匐(ほふく)前進で車両の奥へと潜ってゆく。何かの漫画で昔、ベトナム戦争で、ベトコンがアメリカ軍の戦車を潰すために、走っている戦車の底に潜り込んで地雷を仕掛けると言う決死の攻撃をしたとあった。動かない重機の下に潜り込むのも気持ち悪いのに、走っている戦車の下に潜り込んだなんて信じられない。それに戦車のスピードはあの当時でも5~60Km/hくらいは出たはずだ。(多分だけど。)自分にそれだけの勇気があるだろうかと自分に聞いて・・・みるまでもなく、チキンの俺は「NO!」と答えるだろう。そこは自信がある。

 さて無用なことを考えるのは現実逃避。意味もなくタバコが吸いたい。したたり落ちる泥水の水滴をかいくぐりながら、潜ってすぐに荷台とエンジンルームの間に目指すものを見つけた。

 逆光の中に燃料フィルターがあった。上部に手押しのフィードポンプが付いている。俺は機体の外へ出る。工具を取ってくるためだ。エア抜きプラグを外し、手押しポンプでエアを抜く。ただそれだけの作業だ。土砂降りでなければ楽勝かも。ただ、一度外に出てしまうと、また戻りたくないのは人間のサガと言ったものだろう。

 俺はキャビンと鳥居の間にある隙間を狙って腕を突っ込むが、到底届きはしない。体を突っ込むとツナギにしみた水がジャーっと雑巾でも絞ったようにしたたり落ちるだけで、この機械は俺の侵入を拒んでくる。

「やっぱ、痩せなきゃダメか・・・。」

再び泥水の地面に腹ばいになる。そのまま匍匐前進で潜ると、目一杯腕を伸ばしプラグを外し、フィードポンプを突く。最初は軽く、ほとんど手ごたえも感じないが、しばらくすると手ごたえが重くなってくる。燃料が燃料フィルターケースの中に入ってきたのだ。そのまま何回も突くと、エア抜きプラグがら燃料が噴き出す。軽油が雨に交じって顔にかかるが、やめる訳にはいかない。適当なところでやめてしまうと、再び潜らねばならない羽目に陥るからだ。

(もうそろそろ。。。)

エアは十分に抜けただろうの手応えで、外に出る。もはや雨と油と泥で全身濡れている。ここまでくると、さすがに諦めもつくようで、濡れて寒いが何の感慨もない。黙々と仕事をこなすマシンに変貌してしまうらしい。

 俺はキャビンに入り、エンジンキーを回す。

 セルが数秒空回りする。

(まだ、ダメか?)

絶望感が重くのしかかる。と、その時、エンジンのピストンシリンダーが爆発の唸り声を上げた。そしてそれが連続音となり、マフラーから黒っぽい排気をタバコの煙のようにドォーっと吐き出すと、ようやくエンジンの回転が安定した。

 小気味よいエンジン音が鳴り響く。アクセルを上げると爆音は高くなり、ゴオオオと気持ちの良い音が鳴り響く。音楽のようだとは思わないが、エンジンが順調に回転する音は、われらのような仕事をする人間にとっては、やはり気持ちの良いものである。

「あ、かかったの?」

いつの間にか、半身をキャブに入れてエンジンを回していた俺の背後に雨合羽を着たオペレータがいた。

「はい。OKです。エンストさせないように気を付けてくださいね。」

と、多少の皮肉を込めて言うと、さっさと帰り支度を始める。長居をすると、余計な仕事が増えていく。どのみち大した工具は持ってきていない。仕事が済めば、こんなところに長居は無用だ。

 俺はオペレータに礼を言い、サービスカーに戻り、エンジンをかける。車内のヒーターはまだ熱を持つには至らないが、気持ちがホッとした。気が緩むと同時に寒さが身に染みて来る。

「さーて、早く帰ろっと。」

俺は車を走らせ、現場から離れた。


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 1か月後・・・・。


「山岡、祥平。悪いんだけどサ、鬼杉建設に行って来てくれ。」

「何したンすか?」

「MST1500が、エンジン掛かんねえんだと。多分・・・」

という会話を耳にした。

「ガスエンコだべ。」

「えー、電磁ポンプついてましたっけ?」

 (ついてないんだよな、これが。)

「どうだったかなあ。とにかく、バッテリカーも念のため持ってって。」

「多分、潜らねえとダメだべ。」

 俺はどや顔でアドバイスする。

「エレメント下でしたっけ?」

「ちょうど、鳥居とエンジンの隙間あたりだ。ちょっと狭くて入れねえぞ。」

「あちゃー。ダンボール(地面に敷く)でも持っていくか。」

 若手の二人は渋々、事務所から出て行った。


 さらに2時間後。

帰ってきた二人のツナギがキレイだった。

「どうだった? 潜んねーとダメだったべ。」

「いや、なんとか隙間から手を突っ込んで、エア抜き出来ましたヨ。」

「マジか?」

若手の二人は、さも当然とでも言うような顔をしていた。




 さて・・・この後、俺がダイエットを決意したかどうか?

 さーて、どうだろうねえ。

 今日、ふと思った。

 小説家になろうで書き始めて2年ちょい。小説を書こうと言うくらいだから、自分は自己顕示欲も強いのだろうし、承認欲求も強いんだろうな・・・と。

 認められたい気持ちは最初からあって、何かの拍子にプロの小説家になれたらいいな くらいの気持ちで好き勝手な文章をつらつらと書き殴ってきたように思う。

 それで、今日、ふと思った。

 何も変わりはないのだけれど、傑作を書きたい。

 せめて、自分が納得できるだけの物を投稿してみたくなった。未だに仕事と家事で余裕は皆無なのだが、それでも少しでも誰かが読んで楽しんでくれるような傑作を書こうと思う。

 道のりは遠いかもしれないけれど、とにかく今はやってみる。これも連載だが、他のと同様不定期連載である。今のところネタは少ないが、(忘れてるんだよな)ちょいちょい書いてみようと思うのだ。

 上手く書ければいいなと思う。


 もう一度、念を押しておく。

この作品に関しては現実にある機械をベースに書いているが、その機械や、特定のメーカーを誹謗中傷する意図は全くない。知識不足による間違いや、勘違いはあるかもしれないが、それにはご容赦願いたい。

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