チェックメイト
シャンデリアの明かりが照らす洋室。豪奢な間取りに多分な空間を有しているも、その部屋には物がない。あるのは中央に配置された卓と二つの椅子と上に置かれたチェス盤のみ。
その卓で俺は最後の駒を動かしていた。コンッと子気味良い音が鳴る。
「チェックメイトだな」
「……くっそぉ」
相手の男は諦めきれないらしく、苦渋を携え盤上を舐め回すように目を動かしている。
負けを認めようとしない彼に興味を無くし、俺は椅子から立ち上がろうとすると、それに気づいた彼が弾かれたように顔を上げた。恨みと妬みが込められているようにその表情は見えた。
「おかしいぞ………。あまりに圧倒的すぎる」
彼は鼻息を荒げて再び盤上に視線を移す。
俺は椅子のしなやかな背もたれに手をかけ、彼を眺めることにした。
「いつの間にか、上手くビショップにフォークされていたんだ。そこから全てが崩れていった……」
呟きによって吐き出される憎悪はやがて懐疑となり、空気を伝わってくる。
正解に近づいたことを褒めようと、俺は優しく微笑み返す。
「……何笑ってやがる」
睨まれた。好意的には受け取ってもらえなかったようだ。
ガタンッ。
彼も勢いよく椅子から立ち上がると、盤を間に挟み、俺の胸倉を掴み挙げてきた。陶器の駒が音を立てて倒れる。体が引っ張られ顔が近づき、汗臭さに顔を背けた。
「おまえ、イカサマしたんだろ! そうだろう!!」
彼は俺のネクタイを掴み、拳を震わせながら締め上げるようとする。殺すつもりはないだろうにも、さすがに苦しくなる。
どうしてくるかと思えばこの程度か。
俺は溜め息をついてふわりと右手を上げた。この勝者は俺だ。
さようなら。
パチンッ、と指を弾く。
直後、ヒュンという微音と共に黒い線が窓から飛び込み、相手の頭を真横に貫いた。胸倉を掴む力が緩む。彼は目を見開き、表情が驚愕に変化した。ゆっくりと横に揺れ、速度を増しそのまま地面に突っ伏す。
彼の頭部からは黒い液体がじわりと、シルクの絨毯に染み込むように広がっていった。もったいないなどとは感じない。
動かなくなったことを冷めた目で見つめ確認する。人の死に対して、今更動ずることはなかった。
数秒の静寂の後、俺は視線を外した。
乱れた背広を正して翻り、扉へと歩き出す。
ふと、赤いドレスが視界に写った。若干ウェーブのかかった黒髪を垂らし、控え目に手を組んでこちらを見つめる姿は清楚な気品を漂わせている。洋物の扉を背景に素晴らしく絵になると思った。
俺は気さくな笑顔を貼り付けて近寄る。
「やぁ、お嬢さん。今日はどういったご用件で?」
「その呼び方やめてくれる?」
キリッとした鋭い眼光も、慣れてくれば可愛らしく思えてくる。
「チェスの勝者にはあらゆる特権が授与される。そう教えてくれたのはお嬢さんだった。だから俺があなたを何と呼ぼうと構わないだろう?」
「………」
彼女は何も言わない。
「感謝しているよ。こんな暮らし、昔では考えられない」
俺はもう一度小さく笑みを浮かべ、視線を外して彼女の横を通り過ぎた。
ほの暗い廊下に足を踏み入れると背後から声が掛かった。
「ゲームはまだ続くわよ。あなたよりも卓越した頭脳を持つ人は幾らでもいる」
「いかに卓越した頭脳を持ってしても、卓越したイカサマの前では空しいだけだね」
顔だけ向けて、眉根を寄せる彼女に三度微笑んでみせた。
どのような結末が待っていようと俺は構わない。
あの日、あのとき、恐怖は置いてきた。モノクロの未来が待っていようと俺は歩き続ける。
思いつきで書いたので続きません。読んでくれた方ありがとうございました。




