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僕の親友が僕の父親を殺した ~あの日、夢見た永遠~  作者: 田中ケケ
第二章  殺せる人には理由があるんです 遠城寺寛治1
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友達のためなら

 能力を使ってから、すでに五日がたっていた。


 寛治は、まだ決心できずにいる。


 学校で奏平に父親のことをそれとなく聞いてみたが、


「素敵な、理想的なお父さんだよ」


 と言われただけで、新たな情報はなにも得られなかった。


 いったいどうしたらいいのか。


 寛治はベッドの上で頭を掻きむしる。


「なああああくそぉ!」


 その時、ポケットに入っているスマホが震えた。りんからだった。こんな夜遅くになんの用事だろうか。


「もしもし」

『もしもし寛治? 今大丈夫?』

「大丈夫だけど、どうかしたのか?」

『……』

「りん? もしもし?」

『ああ、ごめん。ぼーっとしてた』

「ぼーっと、って」


 自分から電話しといてなんだよそれ。


「具合でも悪いのか?」

『ううん。悪くないよ。むしろ元気なくらいだけど、ほんとたいしたことないんだけど、寛治この前さ、奏平のお父さんのこと聞いてきたよね?』


 心臓がどくんと鳴る。奏平のお父さん、とりんは言った。たいしたことないけど、とたいしたことある時にしか出てこない枕詞を使った。


「それがどうかしたか?」

『いや、ぜんぜんこれっぽっちもどうもしないんだけど、寛治が奏平のお父さんに対してどんな印象持ってるか、聞くの忘れたなぁって』

「ああ、まあ……それは」


 なんだその電話の理由……と寛治は思う。

 なんでりんがそんなことを。


「でも、そうだなぁ」


 寛治は考える。


 実際のところ、奏平のお父さんとはそこまでかかわりがない。奏平の家に遊びに行った時に軽く挨拶をする程度だ。奏平の父親が見せる穏やかな笑顔は、父親のいない寛治にとって嫉妬や羨望の対象であった。だからこそ【導師】が教えてくれたことを完全に信じられていないのだけど。


「優しそうな人だなって思ってるけど」

『だよね。普通は……そう見えるよね。私もそう思ってたから』

「なんだよ。もったいぶって」

『いや、もったいぶってるわけじゃなくて、ごめん。なんていうか……その、そうじゃないらしいんだよね』

「そうじゃないって?」

『端的に言うとね、奏平のお父さんって、《《毒親》》らしいの』

「毒親?」


 聞き取った単語をそのまま繰り返す。その言葉の意味が分からないのではなく、もう少し説明が欲しいという意味を込めて。


『そう。機嫌が悪くなると物を投げたり、殴ったりするんだって』


 寛治はごくりと息を飲んだ。


 ――高麗健一郎を殺しなさい。


 その声が、いつの間にか脳内を覆いつくしていた。


「そんな人には、見えないけど」

『私も信じられないよ。でも奏平って時々学校休むじゃん。あれ、体が弱いからじゃなくて、目立つところにできたあざを隠すためなんだよ』

「いや、そもそもなんで奏平は父親からの暴力を隠してるんだよ?」

『それは……』


 りんは黙ってしまった。


 その無言の間に、寛治は改めて奏平と奏平の父親のことを思い出す。


 二人が会話をしている場面は何度も目撃しているが、その時に奏平が怯えていた、奏平の父親が高圧的な態度をとっていた、なんてことは一度もなかった。


「ってか、なんでりんはそれを知ってるんだよ?」

『私は彼女だから教えてもらえたって感じ。でもみんなには絶対言うなって、奏平から口止めされてて』

「だからなんで奏平は隠してるんだよ? 仮に事実なら、児童相談所とか、なんなら警察にでももう駆け込んでるだろ?」

『奏平は』


 りんの声が少しだけ大きくなった。


『お父さんのことを、まだ信じてるんだよ』

「信じてるって?」

『外面の優しさの方を。お父さんのその偽善を、信じてあげたいんだよ』

「だからなんだよそれ。あの奏平が? DV彼氏を擁護する彼女みたいに? 本当は優しいってことを私だけは分かってあげてる的な?」

『そんな感じだと思う』


 唇を噛むりんの姿が目に浮かんだ。


「……ってか俺に毒親のことばらして大丈夫なのか? 秘密にしとかないといけないんじゃないのか?」

『私が耐えられなかったの。だって奏平って優しいじゃん。彼女として近くで見てきたから、私が一番その優しさが本物だって知ってる。いつか奏平が、俺の父さんってただのDV野郎なんだって気づく時が来るのかもしれないけど、お父さんの手にするものが明日包丁に変わらない保証はどこにもないんだよ』


 その切迫した声が、寛治の体の中に蠢いているなにかを押す。


 たしかに、なにかあってからでは遅い。


 遅いのだ。


「分かった。で、話してくれたってことは、俺になにかして欲しいってことだよな?」


 もしかすると、拳が包丁に変わる時が目前に迫っているのかもしれない。【導師】はそのことを教えてくれたのかもしれない。


『うん。寛治の【導師】の能力を使って欲しいの。奏平を、奏平のお父さんから救って欲しいの』


 りんに頼まれた瞬間、腹の奥底からどろりとした熱とぞわぞわとした震えが湧き上がってきた。ああ、俺の選択は正しかったんだ、と寛治はその甘美な興奮を受け入れる。


『お願い、寛治。奏平のためなの』


 その声の必死さから、奏平のお父さんを殺すことを、りんが望んでいるということが分かった。スマホの向こう側から流れてくるりんの苦しみが、寛治の中で希望に変わる。


「安心しろ。俺がなんとかする」


 早く、完全犯罪の方法を考えないと。


 時間は迫っている。


 奏平の父親を殺すことは、りんの願いでもあるんだ。


『ありがとう。寛治。よろしくお願いします』

「そんな、当然だろ。だって俺たちは友達なんだから」


 りんとの電話を終えた後、寛治はベッドの上で静かに笑った。脳がとろけそうなほどの快感に、頬が緩むのを抑えきれない。


 どれくらい、その快感に身を委ねていたのだろう。


 窓の外から聞こえてくる小鳥のさえずりが、爽やかな日曜日の朝の到来を予感させていた。


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