母親は褒められたい
寛治の母親はミュンヒハウゼン症候群だった。
いや、ただのミュンヒハウゼン症候群なら自分を傷つけるだけなので害はないが、彼の母親はそうではなく、他者を傷つけて周囲の注目を得ようとする、代理ミュンヒハウゼン症候群だった。
そんな長ったらしいカタカナの病名を、当時の寛治が知る由もない。
母親も、自分が病気だと自覚していたかは怪しい。
寛治は歩けるにもかかわらず、外に出る時はいつも車いすに乗ることを強制させられていた。外で絶対に歩いてはダメだと母親に言われていた。それが母親の笑顔のためになると理解していたから、寛治も反対しなかった。
「お子さん、大変ねぇ」
近所のおばちゃんが話しかけてくると、寛治の母親は本当に嬉しそうに謙遜する。
「いえいえ、そんなことは」
「なに言ってるのよ。車いすの子を、しかも女一人で育てるのは立派なことよ」
「私の大切な子供ですから、当然です」
「仕事もしながらでしょ? 旦那さんも若くしてお亡くなりになったのに、ほんと偉いわねぇ」
「普通ですって」
「私の娘なんか、あなたより五歳も上なのにまだ結婚しないで遊んでるのよ。遠城寺さんの爪の垢を煎じて飲ませたいわ」
「だから大袈裟ですよ」
寛治は、母親の誇らしげな笑顔を秘密裏に守っている自分のことを、正義のヒーローだと思っていた。