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僕の親友が僕の父親を殺した ~あの日、夢見た永遠~  作者: 田中ケケ
第六章  心の底から変わらなければ意味がない 松園りん1
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プールにでも行きたいなぁ

 新幹線に乗り込んだりんは、通路側の席に座ると背もたれを少しだけ倒した。今日も疲れたなぁ。奏平からの連絡はない。明日が休みだと、この前それとなく伝えたはずなのに。


 海かプールにでも行きたいなぁと思う。


 新しい水着を一昨日の撮影の合間に買ってあるのだ。


 ここ最近、彼氏彼女っぽいことをなにもやっていないから不安で不安でたまらない。奏平はもうこの手の中から滑り落ちてしまったのではないか。誰かに取られてしまうのではないか。


 ってなに考えてんだか。


 りんは眉間を人差し指と親指で揉みほぐした。奏平のことを奪い取りそうな誰かを明確に想像してしまった自分にひどく幻滅する。偽装カップルの関係性にまで進展させたのに、そこから一向に進めない自分が腹立たしい。偽装カップルでしかないのに、奪い取られるなんて思っちゃう自分がどうしようもなく憎らしい。


 ねぇ、寛治。


 りんは、遠くに行ってしまった――自分が遠くに行かせてしまった寛治に、頭の中で語りかける。


 寛治の強さが欲しいよ。


 友達のために罪を犯せるほどの、その強さが。


 今や寛治は犯罪者だ。だけど寛治と過ごしてきた時間や、寛治に与えてもらった優しさが消えるわけではない。促したのが自分というバイアスがかかっているのかもしれないが、りんは寛治が悪いことをしたといまだに思えていない。寛治のおかげで救われた未来はたしかにある。


 りんはスマホを手に取った。偽装彼氏をデートに誘うメッセージを書いては消してを繰り返す。完成する前に新幹線は下車する駅についてしまった。在来線に乗っている間にも書き終えられず、完成したのは神凌町の駅のホームに降り立った後だった。二時間もかかっている。


 りんは駅前のロータリーにあるベンチに座った。慣れ親しんだこの街の穏やかな暗闇が、心に優しく寄り添ってくれている気がした。そんな夜の空気で肺を満たし、勇気、勇気と心の中で呟きながら、人差し指で送信ボタンをタップした。


《明日仕事ないから二人でプールに行こう。水着買ったの。久しぶりに遊んどこうよー》


 既読がつく前に空を見上げる。


 夜空に浮かぶ星の光が何百年もかけて地球までやってくるのって、改めて考えるとかなり神秘的だ。それと比較すると、自分の送ったメールが奏平のスマホに届くまでの数秒のなんと味気ないことか。


 だけど、そのメールに込めた思いはいったいどれほどの時間があれば、スマホの画面から飛び出して奏平の心に届くのだろう。


 なんてついついポエマーみたいなことを考えていると、右手で握っていたスマホが震える。


 恐るおそる画面を見た。


《ごめん。明日は忙しいんだ》


 夜空の星が、涙でかすんでいく。

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