反対だよ
あれは、まだ寛治が殺人を犯していなかったころ。
六月の頭くらいだったと思う。
異世界に行くほんの少しだけ前だ。
場所は奏平の部屋で、ローテーブルを囲んで五人で駄弁っていた。
「みんなに相談があるんだけど」
心臓を高鳴らせながら、りんはついに口を開いた。
「実はね、東京に引っ越さないかって話が出てるの」
瞬間、みんなの表情が固まった。
「それは、親の転勤ってこと?」
右隣に座る奈々から聞かれる。
奈々はすごく不安そうな顔をしていた。
「そうじゃなくて、モデルの仕事のため」
「それは絶対なのか? もう決定なのか?」
ベッドに寄りかかっていた寛治が前のめりになった。
「ううん。違う。でも、そうしなさいっていう事務所からの命令なんだろうなってのは、薄々感じてる」
そう説明しながら、りんはちらりと左隣に座る奏平を見る。奏平は驚いたような表情をしているけど、なにも言ってくれない。
口を開いたのは利光だ。
「りんがどうしたいかじゃないのか? 俺たちや事務所が決めても意味ないよ」
「私は反対だよ」
奈々が利光の言葉を遮る。みんなの視線が奈々に集まった。
「あ、えっと……」
奈々は戸惑ったように顔を伏せたけれど、しっかりとした声で気持ちを伝えてくれた。
「私は、ただでさえりんと一緒にいられる時間が少ないのに、もっと会えなくなるのが嫌だ。私の勝手を言っていいのなら、そんなの絶対に嫌だ」
「奈々。ありがとう」
りんは奈々を抱きしめた。と同時に、自分の東京に行きに奈々が賛成すると決めつけていたことを恥じた。
奈々は奏平のことが好きなままのはずだから、二人の間に距離ができることを望んでいるのだと思っていた。そんな奈々が一緒にいたいというわがままを言ってくれたことが、本当に嬉しかった。
「ごめんね。りん。りんの将来を考えると東京に行った方がいいって分かってる。でも私は、りんと会えなくなることが辛い。これ以上遠くに行って欲しくない」
「大丈夫。私はみんなと、奈々といつまでも一緒にいるから」
りんはさらに強く、奈々を抱きしめた。




