響鳴泡(バブル・ベル)
「………おぉ…っ!」
リデルさんの声と共に開けた場所へと出ると、そこには青く光った空間が広がっていた。
「『こ、この地底湖は、特定の魔力波に反応して青く光る青燐石という鉱石が大量に含まれています。逆行山の内部は、この青燐石の鉱脈が至る所にあり、洞窟内の水に青燐石が溶けだしているため、雫が滴る度に反応して青く光って辺りを照らしているのです』」
風が通る音が聞こえてくる度に、奥からシャボン玉が定期的に吐き出されてくる。
「『この水の玉は基本的には水そのものの柔らかさを持っているため、洞窟内にあるものと当たっただけでは割れることはありません。水の玉に含まれている水の魔力が時間経過と共にある程度抜けてしまったり、同じ水の魔力が含まれている水の玉が当たってしまうと割れてしまいます。その割れた時や洞窟内から滴る雫が当たった時に、含まれている魔力同士が共鳴して内部で音を増幅し、綺麗な音を奏でることから響鳴泡という名称がついております。洞窟の奥から吹いてくる風の強さや、水の玉同士がぶつかって大きさが変わることもあり、その大きさの違いが音の高さに変化を起こし、自然が生み出す音楽を楽しむことができるのです。それでは、耳を傾けてみましょう』」
リデルさんの言葉が終わる頃に、浮遊フロートを地底湖の上に停止する。
「………」
キィンともリィンとも聞こえる…水琴窟に近い音が洞窟内に静かに響き、響鳴泡が青く光る。
雫が落ちる度に水が奏でる綺麗な音が反響し、一つの音が鳴ったと思ったら違う音が幾つも重なって聞こえる。
聞こえる音の大きさが大きかったり小さかったり…不規則だったり規則的だったりと、2つとして同じものがない自然が奏でる音楽に耳を傾ける。
壁や地面、天井に、いくつもの響鳴泡がアイスクリームの塔のように積み重なり、雫が一つ落ちるだけで青く光りながら下まで伝って複数の音を響かせる。
自然が織りなす幻想的な光景と水の演奏に、目で、耳で時間を忘れて楽しむ。
目を瞑ると、よりはっきりと聞こえてくる音楽にしばらく身を預ける。
…あまりの心地良さに寝てしまいそうだ。いかんいかん。
「『しゅ、出発地点であるフィルストン浮遊島群の水ノ島に、この響鳴泡の演奏を聴ける食事処や宿泊所がありますので、よろしければご利用くださいませ』」
目を開けるとリデルさんと目が合い、案内人としての宣伝を聞かされる。
…やっぱり逞しいっすね。
しばらくの間、響鳴泡を楽しんだ後、青い燐光を背に洞窟を後にする。
この洞窟が終われば、逆行山の頂点を目指した後に帰還となる。
「『あ、あの岩肌に生えている青い植物は青露草と言って、魔力のある場所でしか生えない植物で、奥に見える同じ形の白い植物───白露草や火山地帯に生える赤露草や橙露草、毒のある場所で生える紫露草や桃色露草など、まとめて色露草と呼ばれています。その性質は、周りにある魔力を吸収して水へと変化させるため、場所によってはとても重宝されます。』」
雫を固めたような透き通った青い草や───
「『あの岩肌に生えている濃い青色の綿は青黒綿苔というコケで、逆行山の至る所に生えています。自然界の掃除屋としての役割が有名で、水を吸収しながら浄化し、蓄えることができる量はふわふわな見た目以上に多く、拳大でも数百キロは蓄えると言われています』」
「『あちらの山肌にある水色と白色のマーブル模様の玉は空渦玉と言う石で、石の模様はその時の空模様を写し取るという不思議な性質があります。』」
───森のぬいぐるみを手造りにして縮小したような、スポンジのような苔を案内してもらった後、逆行山を囲う雲の壁に向けて移動する。
「『本日の締めは逆行山の上に乗っている逆さ雲…そこに当たる夕日です。それは───』」
「っ!」
リデルさんの言葉が終わる前に、雲の中から巨大な雲が飛び出してきた。
私の慌てようも気にすることなく、軽やかに浮遊フロートは躱して見せる。
姿を見せたと思ったら、すぐに引き返して雲の中へと消えていった。
「『今、雲の中から飛び出して襲ってきたのは、雲鳥と言う全身が雲のようなもこもこしている飛行生物で、雲や霧に隠れて獲物を狙う優秀な狩り手です』」
牙みたいなものが見えたし、巨大な生物っていうのは分かったけど。
「『少々邪魔が入りましたが、改めまして本日の締めの光景を見ていただきましょう』」
その言葉を合図に浮遊フロートが反転し、黒い逆行山と対称的にその上に乗っかる白い雲の山を、ここまで差し込んでいる陽の光が夕日色に染めていた。
「わぁ…!」
白と黒、そこに加わる夕日のオレンジに、角度によるものなのか海空に当たってキラキラとした…より複雑な色が絡み合ったオーロラのようにも見える。
丁度、水彗海王竜が通ったのか、シルエットが雲に映し出される。
陽が沈む時までその景色を堪能し、本日のツアーは幕を閉じた。