登り滝(リバースフォール)
少しの休憩を挟み、浮遊フロートに戻って登り滝へと向かう。
「『しょ、正面をご覧ください。し、進行方向に見えます…き、霧の向こう側にそ、そそり立つ壁が、つ、次の目的地である…リ、逆行山です…っ!』」
リデルさんの説明に視線を向けると、白い霧…雲との境界線が分からないけど、黒い影のようなものが霧の中に見える。
上っている滝は見えないけど。
「『で、ですがっ! リ、逆行山まではもう暫し、じ、時間を頂戴いたしますので…そ、それまでは通過する場所を何か所か、ご、ご案内いたしますっ!』」
全てが水でできた木───水木の森や、それと同じような大きさで、風に揺られてボヨンボヨン左右に揺れている水の柱そのものなキノコ───傘水茸。泡が集まってできた地上に生える群生海藻───泡瀬ワカメや、潮の満ち引きに応じて周りの水を纏って伸び縮みする光るサンゴ───月光珊瑚などの群生地を越えて、ようやく見えてきた。
「『しょ、正面に見えますのが、さ、先程、紹介させて頂いた…そ、空へと上っていく滝───登り滝です。こ、この滝は、魔力濃度が高いために水同士が結合し、と、特殊な磁場と…つ、月の特殊な魔力の影響を受けて…し、自然に流れる水に反発するエネルギーを生み出し、じゅ、重力に逆らって上っていきます。ま、また、海から雲の上にある山の天辺まで水を引き寄せており、か、海上を吹く風と天辺まで引き上げられた水が合わさって雲へと変化して周囲に流れていくので、と、遠くから見ると雲が王冠のようになっていることから雲冠茸と、よ、呼ばれることもあります…!』」
見上げるほど…雲の上まで伸びている紺色と黒色の壁───逆行山。
さっきよりは近くまで来ているはずなのに、あまり近付いた気がしない。
それぐらい大きいということか。
「『で、では、ここからは霧の海───霧海の中に入っていきたいと思いますが、と、突然、魚や海洋生物、海藻、鉱石などが降ってきたり当たってくることもありますが…あ、安全ですのでご了承くださいませ。で、では入っていきます』」
霧の中へと入ってしまうと光が遮られてしまい、浮遊フロートの床を走る幾筋もの模様が僅かに辺りを照らしている。
『ほ、本来、き、霧海に入ってしまうと…ほ、ほとんど何も見えなくなってしまいますが、ふ、浮遊フロートに備わっている機能を使うと…』」
「………きれい」
霧が晴れたかのように中の様子が鮮明に見えるようになり、海の中と同じようにトビウオのような羽のある小さな魚や目で追いきれないほど早く霧を泳ぐ青い針のようなペンギンみたいな鳥が見えたり、遠くには巨体に見合う大きな口を広げて霧を吸い込んでいる丸いクジラのような生物が見える。
「『こ、このように綺麗な景色を見ることができます。こ、この霧は魔力を多量に含んでいるため、こ、この環境に適応した海と同じ生物も生息しています。霧海を遊泳している…飛行魚や、それを泳いで追いかけて捕食する鳥───霧泳細嘴や、霧に含まれる魔力を多く吸い込むために風船のように丸々としたクジラ───霧喰鯨などがいます。で、では、山の斜面にある登り滝に入る際に衝撃がありますのでお気を付けください』」
「『着水します』」
ラシェルさんの声を切っ掛けに僅かな衝撃があり、浮遊フロートを覆っている防御膜の周りに水の境界線が広がっていき、更に段々と暗くなってくる。それと同時に上へと浮遊感が増していく。
「『リ、登り滝に入りました。ふ、浮遊フロートを停滞させます』」
「『浮遊フロートを停止します』」
登り滝に入ってからあった浮遊感が緩やかになったものの、未だ下から強烈に突き上げられている感じがする。
それだけ水の流れが上に向かっていることが体感できる。
「『そ、それでは、浮遊フロートの機能で見やすくしてから、や、山の斜面へと近付いていきます』」
浮遊フロートの明かりを頼りに山の斜面に当たる海底へと向かうと、巨大な魚や海洋生物だけじゃなく、巨石や貝殻などの無機物も一緒に流されていくのが見えた。
「『あっ! お、お客様、あちらをご覧くださいっ!』」
リデルさんの指し示す方向には、海底に相当する山の斜面を登る影が見えた。
よく見ると、物凄く大きいカニ…に見えるけど違うな。
太い足が四本で、甲羅があって…亀かな。
「『あ、あれは、背負甲虫という水中に生息している硬い殻と角を持つ虫で…』」
って、カブトムシじゃん!?
光に反射した顔が、完全にカブトムシだった。
逆に沿っているとはいえ、角もあるし。
「『く、雲の上で繁殖して、た、卵から孵ると凧のように薄い幼虫が生まれるのですが、か、滑空しながら海にヒラヒラと落ちていくのは一つの風物詩になります。せ、成虫になると羽がなくなる代わりに、じょ、丈夫な甲羅を背負った状態で滝を登り、す、水流の助けを借りて山の上の繁殖場所を目指す特殊な水中に生息する昆虫です。そ、そして、せ、背中に見える丸いのが背負甲虫の背中に共生している甲羅乗貝という二枚貝で、な、流れてくる虫や小魚をただ食べながら繁殖場所まで運んで貰っています』」
ズ、ズルいな…。
「『ク、背負甲虫が途中で流されて霧の中へと弾き出されると、き、霧の中の魔物に襲われ…お、落ちれば水に叩きつけられて海の栄養に。仮に雲の上まで運ばれたとしても、ク、背負甲虫のメスに食べられるという餌として扱われています』」
「………」
………せ、世知辛い…。
「オ、オスは山の上に帰ってくるまでに、この甲羅乗貝を大きく成長させた方が、オスとして一番魅力があると言われています」