水地(みずち)
海柱を泳ぐ海渦竜が飛び出してきたりと、多少のトラブルはあったものの無事に水彗海王竜の海域を抜けた。
「『み、右手をご覧くださいっ! こ、この辺りは水を押し固めたような物が集うエリアです。み、水でできた地面に、み、水でできた木、そ、そこに住む生物も水のような透明なものが多い…です。で、では、実際に降りてみましょう…!』」
近くの平らな場所に浮遊フロートを着地させる。
「お、お客様…お、お手をどうぞ…!」
「ありがとうございます」
リデルさんに手を借りながら、恐る恐る水でできた地面に足を着ける。
「おぉ…!」
この間の空気の層と違って水があることは分かるけど、こっちはブヨンブヨンしてる…!
「こ、ここは水でできた地面でみ、『水地』と言いまして、た、体感していただいている通り、ま、魔力を含んだ水がお互いを引っ張りあって、さ、触っても沈み込んだりしないんです」
「わ、ほんとだ…」
試しに地面───『水地』に触れてみると、ウォーターベッドみたいな押し返すような質量が感じられる上に、手が全く濡れていない。
「あ、あちらに水木がありますので、ふ、触れてみますか?」
「お願いします」
リデルさんの示す先にある水でできた大木───水木の方に移動して触れてみる。
すると、手の平が少し表面の水に沈んだぐらいで、押し込めないぐらい水圧みたいな抵抗感を感じられた。
試しに手を抜いてみると、『水地』と同じように手に水が付いていない。
皮に当たる部分を掴んでみると、ぶにょりと引っ張ることができるぐらい粘性があり、戻ろうとする力がどんどん強くなる。面白いな。
水風船みたいだけど、弾力があり過ぎてちぎれる気がしない。
表皮(?)に当たる部分が、普通の水みたいに手を入れることができるし、表皮を構成する水が下から上へと流れているのが感じられるほどはっきり分かる。これはこれで不思議な感じだ。
「夏に来ると涼しくて良さそうですね」
実際には濡れるようで濡れないから、プールとか水風呂より楽かも。
水が付いてこないから、服を着たままでも大丈夫そうなのが良い。
「な、夏のこの辺りは、と、とても荒れるので…」
「そうなんですか?」
「は、はい。き、切れる雨の『切雨』や、つ、貫くほど鋭い『槍雨』。み、水が押し固められて押し固められて小さくなったものが落ちてきて…す、全てを押し潰すほどの水が落ちてくる『葬送重雨』など…天候変化もは、激しいのばかりで…こ、この辺りの水位も大分上がるので…き、危険な生物も…」
「そ、そうなんですか」
相変わらず、怖いのとか危険なのが多いな…。
いや、出だしでバカでかいのに海柱で狙われたんだっだっけ。
「そ、その時期を抜ければ、ま、また綺麗な景色も見られるんですけど…。ち、小さな泡のような形で降ってくる泡姫雨は、ひ、光を反射して…い、色が常に変化してき、綺麗ですし、あ、集まっては花のように弾け散るのを繰り返す花火雨は、目で追うだけでも…た、楽しいですし…け、結晶みたいな雨同士がぶつかり合いながら小さくなる粉砂雨は…は、弾ける音が音楽みたいな変化があるので見るだけでなくて聞いているだけでも飽きないですし…ぜ、全部時期は違うんですけどっ…!」
リデルさんが必死に説明してくれる。可愛い。
「そ、それだけじゃなくってっ…! こ、これからご案内させていただく場所にも、リ、登り滝や…ば、場所によって違う粘度の水があったり…ま、魔力濃度によって硬さが違う泡が発生して…ぶ、ぶつかった音が楽器みたいな響鳴泡ができる場所もあったりで…み、耳でも楽しめる場所や…き、綺麗な場所も…あ、あるんですっ!!」
「…ふふっ、大丈夫ですよ。そういうのも含めて、私は色々な景色を見るのが好きですから。あ、ほら。あの花も綺麗ですし、綺麗な蝶も飛んできましたよ」
リデルさんを元気付けようと、目についたものを指で示す。
海空の光を受け取って濃い青色の花に向かって、水のような3対の翅がある蝶々が飛んでいくところだった。
「あ、あの花は空水誘花と言いまして…」
リデルさんの説明が始まったのと同時に蝶々が花に止まった…と、思ったら花が4つに裂けて、蝶々を飲み込んでしまった。
「………」
「ア、水鱗蝶という…ちょ、蝶々をおびき寄せて捕食する…み、水蛇の一種…なんです」
………ぜ、前言撤回…。