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第9話 お姉さんに任せてください!

「大変! 充実した一日でした!」


 篁が当主の手伝いをしている同日。昨夜の言葉通り巌は、使用人の一人である佐々木(ささき)を車と共に手配してくれた。

 春子は案内人と機動力を最大限に生かしつつ、一日市内観光を満喫したのである。

 ちなみに佐々木は、20代半ばのイケメンさんである。


「やっぱり車があると機動力が違うですね」


 まだ見て回りたいところがあれど、あまり遅くなってはと、早めに岩月家へ帰宅。

 巌と夕食を共にして、今お風呂をいただいたところである。

 存分に楽しめた一日。

 ただ一点。気になるのは彼の事。

 夕食の席に篁はいなかった。

 まだ父親の仕事の手伝いをしているのか。

 父の手伝いをと言われた途端、思い切り不機嫌になった篁。

 余程仕事が嫌だったに違いない。


「まだお仕事頑張っているのでしょうか?」


 自分に割り当てられた部屋へと向かって廊下を歩いていた春子は、廊下の曲がり角で今まさに考えていた彼、篁とばったり会った。


「あ!」


 彼もお風呂から上がったばかりのようで、髪が濡れている。

 大きな屋敷だ。風呂場も数か所あるのかもしれない。

 いや、あるだろう。

 春子の家とは違う。

 いや、春子の家は普通だ。普通は家庭に一つしか風呂はない筈だ。

 気にしたら負けである。

 春子は軽く頭を振ると、気を取り直して篁に話しかけた。


「こんばんは、篁くん。帰ってたんですね。ご飯はもう食べたのですか?」

「俺が食べようがどうしようが、あんたに関係ないでしょ」


 この返事は絶対食べていないだろう。


「今日もご飯とっても美味しかったですよ。お父さんのお仕事の手伝いで頑張って来たんだから、沢山食べないとダメですよ」

「いらない」

「だめです。疲れてても、ご飯はちゃんと食べなきゃ、ぐっすり眠れないです」

「欲しくない」


 篁は顔を背けた。

 長めの前髪が表情を隠す。


「髪もちゃんと乾かさないと。風邪ひいてしまいますよ」


 なおも春子がそう言いつのり、右手を篁の髪に伸ばした。

 篁は思い切り払いのけた。


「触んな!」


 春子は叩かれた手に手を重ね、目を見開く。

 篁は春子を睨みつけると叫んだ。


「ほっといてよ! 風邪をひいたって構わないんだ! 飯だって、どうせ食べたって吐いちまうんだから! それに! 食べられたってどうせ今日は寝られないんだ!」

「篁くん」

「明日も、明後日も、まともに眠れないってわかってる! だから、食事なんて関係ない! ほっといてよ!」


 篁は叫ぶだけ叫ぶと、春子に背を向けて去ろうとした。

 その右肩に春子はがしっと左手をかける。

 篁が反射的に振り返った反動を利用して、自分にもう一度向き直らせた。


「ほっとけません」


 春子は目を細めて言い放つ。


「ほっとけませんとも! 子供が疲れでご飯も食べられず、寝られない状態なのを、どうしてほっとけますか!」


 春子は目を三角にして、篁の両肩をがっちり掴む。


「風邪をひいても構わない? 馬鹿を言うんじゃありません! ただでさえ、ひょろひょろなのにこれ以上痩せてどうするんですか? 骨と皮だけになってしまいますよ! ああ! 嘆かわしい!いい? 私がちゃんと髪も乾かして、ご飯も食べさせて、寝かせてあげます! ええ! この春子姉さんが、ちゃんと責任を持ってそうしますとも!」

「お、おい」


 篁は春子のあまりの剣幕に押されたように、のけ反った。


「篁少年! さあ、春子姉さんのいう事を聞いて! まずは私の部屋に行きましょう!」


 春子はそう宣言すると、篁の手首を取り、ずんずんと春子へと割り当てられた部屋へと歩き出した。



 2分後。

 春子の部屋へ二人は到着した。

 春子がお風呂に入っている間に、長方形の和卓は部屋の隅に寄せられ、中央に布団が敷いてあった。

 春子は部屋奥の隅、和卓のところにある座布団に篁を導く。


「さあ、ここに座ってください」


 篁は諦めたのか、素直に座った。


「いいですか? 私が戻って来るまで、ここにいてくださいね? もしいなかったら、家の中を探し回りますからね?」


 篁は圧されたようにまたも頷く。

 もう逆らう気力もないのかもしれない。

 それだけ疲れているのか。


 子供をここまで働かせるとは。ひどい。


 春子は叫びたくなったが、ぐっと堪える。

 そして踵を返すと部屋を出た。

 篁の髪を乾かす為のドライヤーを借りるべく、風呂場へと急ぐ。

 それから調理場に篁の夕食を頼まなければならない。

 何も食べないのは身体に悪い。

 手軽に軽くつまめるものがいいだろう。

 身体が悪い訳ではない。

 精神が疲弊しているから食べられないだけだ。

 気持ちを緩めてあげれば、少しは食べられる筈だ。


「あまり一人にして置くのはよくないです。早く台所を見つけないと」


 春子はそう思いつつ、廊下を進んでいると、前方から西野が歩いて来た。

 春子はこれ幸いと、西野に駆け寄る。


「西野さん、丁度いいところに! お願いがあります! 今から15分後に私の部屋に蜂蜜が入ったホットミルクを2つと、軽くつまめるサンドイッチのようなものをお願いできますか? それと毛布を一つ」


 今は緊急事態ある。こういう時には遠慮なく使わせてもらう。


「ホットミルクを2つ?」

「ええ。私の分と篁くんの分です」

「坊ちゃんが、柏葉様のお部屋に?」

「はい! 私が引き入れました! あんな状態の子供をほっとけませんから! それで頼めますか? あまり篁くんを一人にしておきたくないんです!」

「わ、わかりました」

「お願いします!」


 春子は用は済んだと、廊下を急ぐ。

 

「柏葉様はどちらへ?」

「お風呂場にドライヤーを取りに行きます! 少年の髪を乾かさないと! あのまま寝たら、風邪をひいちゃいます!」


 春子は肩越しに振り返って、答えた。


「そ、そうですか。ですが、眠れるかどうか」


 西野は顔に影を落とした。

 篁を寝かせるのは無理だろうという諦めの色が強い。


 諦めたらそこまで。


 そう叫びたいのを、またも堪える。堪えすぎて、顎が痛い。

 きっと西野とて、手をこまねいていた訳はない。

 それでも何ともできなくて。


 ならば、自分が。


 春子は手を握りしめた。


「任せてください! 伊達に弟たちを寝かしつけはしてませんから! 必ず、私が篁少年を安眠へと導いて見せますとも!」


春子は益々いきり立って、足を速めた。


次の回が一番書きたかったところです。

読んでもらえたら、嬉しいです(^^♪

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