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第7話 深刻な問題に気づいてしまいました

「篁くん、もうそろそろ起きませんか?」


 春子は左手で軽く少年の頬を叩く。


「ん」

「ごめんね。もうすぐ閉館30分前になるって、西野さんが」


 春子の声が脳に届いたのか、篁は俯いていた顔を春子の方へゆっくりあげる。


「わっ」


 瞬時に覚醒し、状況を理解したのか、春子から勢いよく離れる。


「むう。ひどいです。その反応。私は病原菌ですか?」

「至近距離に顔があったら、誰でも驚くだろう!」

「そうです? では、私でなくても同じ反応したという事ですね。じゃあ、いいのかな?」


 いまいち納得できないような。


「俺、寝てたのか?」

「うん。ぐっすり。少し疲れとれたんではないですか?」

「寝てた」


 なぜか篁少年は、呆然としている。

 それほど驚く事なのか。

 そんな篁少年に気づかれないように、肩を少し回す。

 流石に長時間頭を支えていた肩は強張っている。


「柏葉様、大丈夫ですか?」


 春子の横に立っている西野が、春子の肩を気遣う。

 篁少年がはっとしたように、春子を見る。


「はい! 大丈夫ですよ! 同じ体勢だったから、少ししびれただけです。すぐ治ります」

「あ‥」


 篁少年が何か言いかけた時に、閉館30分前のアナウンスが流れた。


「あ、アナウンスも流れましたね。少し急ぎましょうか」


 西野が2人を促す。


「はい。そうですね」


 春子も立ち上がって少し伸びをした。

 やはり少し身体が強張っていたようだ。

 んっと息をはきつつ、まだ座ったままの篁の腕を軽く引っ張った。


「篁くん、行こう」

「あ、ああ」


 篁にしては珍しく、素直に立ち上がって、春子の後ろを着いて来たのだった。



「その、すまなかったな」

「え?」

「俺が寝てしまったから、水族館をじっくり見て回れなかっただろう」


 確かに。あれから慌ただしく出口までの通路をまさに通り抜けて、最後に水族館のグッズが売っている売店をちらりと見て、今は西野の運転する車で、岩月家へと帰宅中である。


「ううん。あの大水槽見れただけでも、十分だったよ」


 水族館を全部見て回れなかったのは残念だが、篁の体調が少しでも回復してくれれば、文句はない。


「だが」

「気にしないでください。その分、篁少年の可愛い寝顔が見れたからよしですよ」

「なっ!」

 

 刹那。色白の顔に朱が上る。


 可愛い。


 強がってみても、まだまだ子供である。目じりが下がってしまう。

 篁は一瞬春子を睨むと、ぷいっと窓の方を向いてしまった。

 それがまた可愛い。

 によによと唇が揺るんでしまう。

 そうしてしばらくすると、篁少年がぽつりと零した。


「もし、もっと魚が見たいなら、明日も付き合ってやる」


 なんと!ツンツン坊やがデレた。

 しかしここは突っ込まない。

 まだ会ったばかりである。

 素直に感謝の気持ちを伝えようと口を開こうとした春子より早く、西野が二人の会話に割って入った。


「あー、すいません。明日坊ちゃんに、急ぎの用事が出来まして」

「用事?」


 篁が、西野の後頭部を睨みつける。


「はい。当主に急な仕事が入ってしまいまして、代わりをしてほしいと」

「まさか、あのじいさんの相手じゃないだろうな?」

「はは。流石いい勘してますね」

「いやだ。もうあいつの案件はしなくていいと、当主も言った」

「わかってます。今回だけです」

「いやだ」

「当主の命令です」

「‥‥‥わかったよ」


 2人のやり取りをはらはらと見守っていた春子は、どうにも居心地が悪い。

 決着は着いたようだが、さっきまで子供らしさを出していた篁は、今は無表情で。

 まるで、生気をなくてしまったかのよう。

 もしかしてら、篁少年の血色の悪さは、当主の仕事の手伝いに関係しているのだろうか。

 当主と言うのは、おそらく篁の父だろう。

 だとしたら、ここまで無理させてまでやらせる親とは、いったい。

 かなり岩月の当主に怒りを覚えた春子だが、ぽっと来て、明後日にはここを離れる春子には口出しする権利などない。


 しかし。

 このままずっと手伝わせていたら、篁が倒れて病気になってしまうかもしれないではないか。父親ならもっとちゃんと子供の様子を見て欲しい。

 春子の胸にむかむか、もやもやが溜まる。


 一言、言いたい!

 子供を大切にしろと。


 まだ見ぬ岩月の当主に、春子は心の中で文句を言った。



「到着しました」


 西野の合図で、篁はさっと車外へと出てしまった。

 結局、西野からの当主のお手伝い命令があった後、車中はずっと沈黙が重いままだった。

 春子も後を追うように外に出て、岩月家へと入って行く篁の背中に声をかけた。


「今日はありがとうございます! 楽しかったです!」


 篁は一瞬立ち止まって、ちらりと春子を振り返って微かに頷くと、そのまま家へと入ってしまった。

 その横顔はどこまで無表情で。青白く生気がなかった。


「もう! です!」


 春子は隣に立っていた西野に、思わず叫んだ。


「あの! こんな事、私が言える立場じゃない事はわかってます! どうゆう事情か全くわらかないですし! でも、どうしても、篁少年をご当主様の手伝いをさせなければいけないのなら、せめて、精神面のケアをして、しっかり睡眠をとれるようにしてあげてください!」


 フンスと勢いこんで言ったところで、春子ははっと我に返った。


「すいません!つい」


 春子は慌てて頭を下げた。

 当主は西野の雇い主だ。その雇い主に意見を言うのは難しいかもしれない。


「いえ。私もそう思いますから、お気になさらず。本当、ケアできればいいんですが、方法が見つからなくて」


 西野も困ったように眉をハの字に下げる。

 そうだ。きっとずっと傍についている西野の方が、より心配だろう。

 今まで解決策を模索しない筈がなかった。

 それでも解決策がないなら、原因である当主の手伝いをしない方法はないのだろうか。


「あの、当主さんの手伝いは、どうしても篁くんがしなくてはならないのですか?」

「ええ。当主の他は、今はもう坊ちゃんしかできないのです」

「そうなんですか」


 それはどういう仕事なのか。少年の体調を悪くしても、やらなければならないものなのか。

 再度西野に食ってかかりたい気持ちが込み上げてくる。


「さあ、柏葉様、夕飯まで部屋で休んでください。案内は玄関に居る岸辺(きしべ)がします」


 促された先に、年配の女性が会釈をした。

 春子もそれに答えながら、西野に顔を向ける。

 その顔からこれ以上踏み込んでいけないのも分かる。

 春子は唇を少し噛みつつ、頭を下げる。


「はい。今日は色々と連れて行ってくださり、ありがとうございました」

「いえ。こちらも楽しかったですよ。では私はここで失礼します」


 西野は再度車に乗り込み、庭の奥へと消えて行った。

 所詮は自分は部外者だ、一場面を見ただけで、これ以上口出しはできない。

 春子は憤りを吐き出すように、一つ大きな息を吐き出した。


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