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第6話 深海にいるようですね。静かです。

「はあ。栗ご飯最高でしたあ!」

「ようございました」


 森早が用意してくれた昼食に、春子はハレルヤと叫びたいくらいに満足した。

 できれば、ログハウス内でもう少しゆっくりしたいところだが、もう一か所見て回るなら、早々に腰をあげる必要があった。


「森早さん、お世話になりました! 秋の森をたっぷりと堪能できました! ありがとうございました!」

「いえいえ。またのお越しをおまちしております」


 春子は一飯の礼を盛大に述べ、にこやかに手を振る森早との別れを惜しみつつ、西野の運転する車に再度乗り込んだ。

 ちなみに春子が収穫した物については、森早が春子の家族へと送る手配までしてくれる。

 至れりつくせりの対応である。

 春子としては独り占めするつもりはなく、西野に彼の分も採って来た旨話したが、丁重にお断りをされてしまった。

 いつも岩月で旬なものはいただいているとの理由である。何とも羨ましい限りである。


 春子は少し欲張って食べ過ぎたお腹を行儀悪くも撫でつつ、背もたれに身を預ける。

 そんな春子の様子をバックミラー越しに見て、西野もにこやかな笑顔である。

 ただ一人、面白くなさそうに窓の外を見るのは、篁である。


「どうしたんです。柏葉様に喜んでいただいて、よかったじゃないですか」


 春子にもわかるくらいに、からかいを含んだ声色の西野。

 篁はそれに返事をせずに、窓に目を向けたままだ。

 ただ口が益々への字に曲がっている。


 春子は首を傾げる。

 なぜ西野が篁の様子を見て楽しそうなのか?

 なぜ篁が不機嫌なのか?

 2人の間だけでは何か通じるところがあるらしいが、春子にはさっぱりわからない。

 遠慮もなく思いっきり楽しんでしまったのが、いけなかったのだろうか。

 しかし、あのご馳走を前に控えるのは、春子には到底無理な話で。

 それができていれば、この少し、ほんの少し、ふくよかな体系にはなっていないだろう。

 春子の身長でこの体重は決して逸脱しているわけではない。それだけは声を大にして言っておきたい。

 ただ、着やせはしないというだけ。それだけである。

 そう気にしつつも、食べるのは自重できない。ならば、運動するのみ。東京に帰ったら、励む。それしかない。

 自然、俯いてしまった春子に気づいたのか、西野がバックミラー越しに声をかけて来た。


「失礼しました。身内だけで話をしてしまいまして。お気に障りましたか?」

「いいえ! 大丈夫です! 全然気にしてませんから!」


 そうだ。気になったのは、自分の食欲と因果関係についてだ。


「ありがとうございます。ところで柏葉様、もう一か所くらいなら回れそうです。柏葉様はこちらにいらっしゃるのに観光案内などを見てきましたか?」

「はい。お手紙を渡した後は、観光してから帰ろうと思ってましたから」

「そうですか。よかったです。私も調べてみたのですが、柏葉様くらいの年の女の子がどのようなところを好まれるのか掴めなくて」

「よく言う。女の好みを外したことがないくせに」


 ぼそりともれた不穏な篁の呟きは聞こえなかったのか、西村がにこやかに話を進める。


「どちらか行きたいところはありましたか?」

「はい、ぜひお城を見たいです」


 この市の中心部に位置する月境城(げっきょうじょう)。天守閣からはこの市を一望できるらしい。

 ぜひ見たいと思っていたのだ。


「却下」


 篁が春子の提案を一刀両断にする。

 西野もそれに賛同するように言葉を続ける。


「あー、すいません。今からですと、終わる時間ギリギリになってしまうかもしれないです。城は明日にしたほうがいいかと」


 鞄から取り出したスマホをみると午後の3時過ぎだ。岩月のお山に来るのに、大分市の中心から離れてしまっている。

 なるほど。それならば仕方がない。


「そうなんですね。では、水族館に行きたいです」


 この市の端に大きな湖があり、水族館はその近くにある。城の次に行きたい場所である。


「水族館ですね。あそこなら少し長めにやっていると思います。ゆっくり見れるように、少し飛ばしていきましょう」


 西野は快諾すると、アクセルを踏み込んだ。



「わあ! 大きな水槽です!」


 清珠有(きよしゅり)水族館。市の名前をそのまま使用したこの水族館は、市の中心にあるお城に継ぎ、二番目の人気スポットである。

 水族館に入り、まず最初の進路で先で目に飛び込んできたのは、映画館で観るスクリーン並の大きさの大水槽だった。そこには、エイや中型の魚、ジンベイザメが優雅に泳いでいる。この大水槽のある部屋は大人が優に50人が立って見れるスペースがあり、水槽の正面右壁際には一列に5人座れる階段状の長い椅子が3段あった。また魚がよく見えるように照明をかなり絞られ、水槽が神秘的に見えるようにしてあった。


「ふん。ただ魚が泳いでいるだけでしょ。見て何が面白いの」


 水槽の中央正面に立った春子の横に、篁が興味なさそうに立っている。

 西野は少し離れた場所で、独自に楽しんでいるようである。


「それがいいのです。見てるだけで癒されませんか?」

「ないね」

「それはゆっくりじっくり見てないからではないでしょうか。私は水族館大好きです。お魚さん、ずっと見てて飽きません」

「暇なんだな」

「むう! 違います! ほら、もっとよく見てください! 懸命に泳いでいるお魚さん! 少しここでゆっくり魚を見たら、きっとお魚さん観賞の良さがわかります! ほらほら、あそこに座りましょう!」

「あ、おい! 引っ張るな!」


 自分より遙かに年下なのにひどく冷めている篁に、どうしても魚鑑賞の良さを知ってもらいたくなった春子は、篁の腕を引っ張り、階段状になった椅子の真ん中の段に少年を座らせ、自らも彼の隣に座った。

 春子たちがいるスペースは水族館の最初の部屋という事もあり、閉館時間を気にしてか、ある程度水槽を見たら先に行ってしまう。

 椅子に座っているのは、最前列の男女2人組しかいない。


「少し遠くなりましたが、ほら、ここからでもよく見えます。しばらく、ゆっくり観ましょう」

「勝手に観てれば」


 篁はぷいと横をむいてしまう。


「そんな事言わないで。ほら、前を見てください。ああ、私もあの子たちと一緒に海にいるようです」

「あんた、泳げるの?」

「泳げますよ! ‥‥‥浮き輪があれば」

「それは泳げるとはいえないね」

「もう! 憎まれ口ばかり叩かないで、水槽を観てください!」


 春子は篁の左腕に自らの腕を絡ませて少しひっぱり、顔を水槽に向けるように促す。


「ほら、あの子たちのように、肩の力を抜いて、ゆったりして」


 魚たちにしてみれば、小さい水槽に閉じ込められて、不自由な生活かもしれない。

 それでも、彼らが泳いでいる姿をみると、何の悩みもなく、ただひたすらに泳いでいるように見える。


「あの子たちにしてみれば、泳ぐ事は生きる事なんですねえ」


 人間はせかせかし過ぎなのかもしれない。


「いいですねぇ。ゆっくりゆうっくり。音もなく、ゆっくり。何も考えず。何にも邪魔されないで。音のない世界でゆったりと」


 泳げない春子にとっては羨ましい限りである。

 いつか、泳げるように練習して、海に潜ってみたい。春子の密かな野望である。

 泳げなくても、ダイビングはできるとどこかで聞いた事がある。

 望みはある。

 海で直接泳ぐ魚たちを見るのは、きっと楽園にいるように素晴らしいに違いない。

 しかし、地上にいるより海は遥かに危険が多いに違いない。

 そう考えると、春子には水族館があっているのかもしれない。

 そうだ。

 魚は見れないが、泳がなくてもよいではないか。


「海を眺めに行くだけでも楽しそうです」


 受験も終わった。まだ数通フリマで見つけた手紙や葉書がある。

 それらを届けに行きながら、海を見に行くのもよいかもしれない。


 海の幸。最高に魅力的である。

 今日食べた山の幸も、今年中にまた食べたい。はあっと思わず顔が緩んでしまう春子である。


「あれ?」


 そういえば、あれほど文句を言っていた隣の篁が静かである。

 不思議に思って隣を見ようと思った矢先、右肩にぱさりと重みが。

 右側は篁がいた側だ。

 身体を動かさないように慎重に隣を見ると。

 篁少年の寝顔。

 隈のできた顔の割に健やかな寝息。

 どうやら、この空間は篁少年に思いのほか癒しを与えたようである。


「ふふ」


 何よりである。

 こうして春子に付き合ってもらっている間も、顔色は悪いままだったので、密かに気になっていたのだ。

 よかった。これで少しでも体調がよくなればいい。

 睡眠は最大の薬だ。

 春子にしても別に急いでいる訳でもないし、時間の許す限りここに居ても全然問題ない。

 大好きな魚たちをゆっくり堪能して過ごす。それは春子にしても、癒しの時間である。

 つまりはウインウインである。


「ゆっくり休んでくださいね」


 春子はなるべく身体を動かさないようにして、大水槽に再び目を戻した。

少しでもよかったと思っていただけたら、ぽちりと評価、ブクマをしてもらえたら、嬉しいです(*^^*)

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