第5話 岩月の森は秋の美味しいものでいっぱい
「篁坊ちゃん、お待ちしておりました」
車を降りると、二階建てのログハウスの前、40代位だろうか、少し白髪の混じった髪の男が頭を下げる。森を管理するとあって、服装は厚地の長袖長ズボン、と山歩きに見合ったしっかりした服装をしている。
「ようこそお越しいただきました。この山を管理している、森早と申します」
「はじめまして。柏葉春子と申します。今日はお世話になります」
車を走らせること1時間。民家もなく、かなり奥深い場所。見上げた岩月の所有の山は、首が痛くなるほどに高い。
「ふあぁ。紅葉真っ盛りですねえ! お山がカラフルです!」
春子は感嘆の声をあげながらも、内心でたらりと汗を流した。
まさかこれを登れというのか。
幸い春子は厚手のピンクのパーカーにジーンズと動きやすい恰好をしている
が、運動は人並みにできるが、所詮は都会育ちだ。体力面に大いに不安がある。
それが顔色にでたのだろう。
森早が安心させるように言葉を繋いだ。
「今から山に登ると、日暮れまでに帰って来れません。山は暮れるのが早いですからね。ですが、山に入る手前の森でも、色々なものが取れますし、紅葉も近くで観れます。今日は森の散策を楽しまれてはいかがでしょうか?」
「ふーん。しょうがないね。あんたはそれでいい?」
隣に立つ篁が片手を腰にあて、尋ねてくる。篁は上着はない。セーター一枚である。寒くないのだろうか。
「ちょっと、聞いてる?」
「はい! 聞いてます! 私はそれでいいです!」
篁の服装に気をとられて、返事が遅れてしまった。
「車に乗ってるだけで疲れたなんて言わないでよね。これから歩くんだから」
「大丈夫です! まだまだ元気ありますから」
「ならいいけど」
春子としてもこんな高い山登りは、時間があったとしても無理である。
森の散策のほうが春子には逆にありがたい。
(よーし! 山の幸を沢山とりますよ!)
俄然やる気が出る。
そんな春子を見て、篁がくつりと笑う。
「まあ、森に入れたら楽しめるじゃない」
「え?」
「篁さま」
西野が咎めるように顔をしかめる。
「さあ、早速行きましょう。日が高いうちに散策したほうが、紅葉も綺麗にみれますよ」
森早がやんわりと提案する。
「先頭は私が、次に春子さま、最後に篁さまの順で歩きます」
なるほど。散策は各自自由ではなく、一列に並んで行くらしい。
ある程度のところまで行ったら、自由に見て回れるのかもしれない。
案内人の森早の提案に異論はないが、気になるのが一点。
春子は西野に顔を向ける。
「西野さんは? 行かないのですか?」
「私はスーツですので、車で待機しております。どうぞ楽しんできてください」
そうニッコリ微笑まれた。
なるほど。確かにスーツでの山菜採りは難しいだろう。
「わかりました。では沢山取ってきますね!」
春子は西野の分も取る気満々で宣言した。
「いえ、私の事はお気になさらず。楽しまれてください。私は、次に回れる候補地を調べておきますから」
西野はにこやかにスマホを軽く振って答えた。
なんとも謙虚で、仕事熱心な人である。ここで山の幸を採取していたら、きっともう今日はどこも回れないだろうに、それでも春子の為に良い名所を探してくれるのというのか。
これは西野がどう言おうとも、絶対彼の分まで沢山とって来なくてはならないだろう。
ただ一つ心配がある。
取ったものは、お持ち帰りしてよいのだろうか。
個人所有の森で山菜採りを体験させてもらって、かつ採ったものを持ち帰りたいなんて、厚かましいだろうか。
春子は軽く首を振った。
今からそれを心配しても始まらない。
採り終えた後に確認することにする。
「ほら、ぐずぐずしないで行くよ」
「はい!」
篁に促され、春子は彼とともに、慌てて森早の後ろについた。
「ここから舗装されてない道になります。足もとにお気をつけください」
「はい」
歩き始めて5分。森早に借りた籠を背負いなおし、春子は再度歩き始めた。
森早から注意を促された少し先に、まだ青々とした木々が太陽の光を浴びて、生き生きと輝いていた。その木々からはスーッと涼しい風が吹き抜けている。
けれど、寒いと感じるほどではなくて。
地理的に考えれば、もうここら辺だったら紅葉していてもいい時期だと思うが。
先程見上げたお山は確かに紅葉していた。
まだ下の方は時期が早いのか。
葉は緑のものが殆どである。
山と森とでは違うのであろうか。
まだ栗の木も、キノコも、山菜一つ見当たらない。
このまま何も収穫なしなのか。春子は内心でものすごくがっかりした。
しかしまだ森に入ったばかりだ。諦めるのはまだ早いだろう。
春子は自らを励ましながら、森早に着いて行く。
そして森に入って10分位した頃。
「ひゃ!」
春子は何か踏んだように感じた。
太い長い棒のような。固いような柔らかいような。
「虫!?」
春子は慌てて右足を高くあげ、靴底と地面を確認する。
しかし、その両方とも何もなかった。
「気のせいですか?」
確かに何か踏んだように思えた。
春子は首を傾げながら、顔を上げたそこには。
なぜか森早と篁少年が、春子を凝視していた。
「な、なに!? なんでしょうか?!」
先程の虫を踏んづけたと思った矢先にまさかの凝視。心臓が宙返りを打つ。
2人はなおも春子を見つめた後、篁少年は、すねたように面白くなさそうに横を向いた。
森早は先ほどよりも更に親しみを込めて、春子に笑いかけた。
「柏葉様、ようこそ、岩月の森へ。森は貴方を歓迎しています。見てください」
そうして、春子がよく見えるように、森先は身体をどけて、前方を示した。
「わああっ!」
そこは、先ほどまでは確かに緑色の木々しかなかったのに、見事に森が紅葉していた。
赤。橙。黄色。
光に反射して、葉がキラキラと輝いている。
そして、栗の木も沢山ある。そして足もとには色々なきのこがたくさん見られる。
「秋の野草も沢山ありますね。柏葉様を大層気に入ったようですね」
「え?」
森が春子を気に入る?
どういうことだろうか。
「お気になさらず。ささ、栗拾いを致しましょう」
「はい!」
森早の言葉が気になったが、それよりも、今目の前にある色々な食材に、春子は心を奪われた。
それから3人はというか、主に春子と森早が栗やキノコ、山菜を採りまくり、背負って来た籠が満杯になった。
「はあ。幸せですぅ」
春子はそこでやっと手を止める。
「そうですね。これだけ採れたのは久しぶりです」
春子は自然、森に向かって頭を下げた。
「秋の恵みを分けてくれて、ありがとうございました」
それに答えるように、木々がさわさわと揺れる。
「では、戻りましょうか」
そんな春子をニコニコ眺めながら、森早は元来た道を歩き出した。
それに続き、春子も歩き出す。
篁は最後まで面白くなさそうに、2人に付いて来た。
「おかえりなさい、篁さま、春子さま。無事、散策できたようですね」
待っていた西野がすこし驚いたように声をかけてきた。
「ええ。森が秋の恵みをこんなに分けてくれました。岩月のお山は柏葉様を気に入られたようです」
「すごいですね」
「ええ。外部の人間を入れるなど、滅多にないですからね」
何だろう。西野と森早の会話がわからない。
それを聞こうとしたが、その前にまた森早に先回りされてしまった。
「さあ、休憩所で栗ご飯ができている筈です。少し遅い時間ですが、昼食にしましょう」
「栗ご飯ですか!」
春子の頭はもう疑問などすっ飛んで、栗ご飯に彩られた。
「単純な女」
ぼそりと呟かれた篁少年の言葉は聞かなかったことにする。
栗ご飯の前に、何を言われても気にならない。気にするべきではない。
春子は籠を背負いなおすと、足取り軽く、ログハウスに向かった。
読んでもらえたら嬉しいなあ。