第4話 少年よ、迷惑かけてすいません
初対面の時とは打って変わって、まるで孫でももてなすように、巌は色々張り切ってしまった。
この勢いを削ぐことはもう不可能に思える。
命令し慣れている人間に否というのは、中々難しいものである。
それに割を食ったのは、本当の孫である篁少年である。
衣笠に呼びに行かせたにも関わらず、待ってられないとばかりに、春子の手を引き、仏間から飛び出した巌は、こちらに向かっていた篁少年を廊下で見つけると、春子の観光案内をするように厳命したのである。
そして今、仏頂面の篁少年の隣、岩月所有の車の後部座席に春子は座っている。
はっきり言って居たたまれない。
余程不本意なのか篁少年は、車に乗ってから一言も発せず、窓の外を眺めている。
そっと盗み見た少年は、年の頃は13、4歳位か。小学生ではないだろう。中学1、2年生か。
青白い顔、目の下に黒々としたクマまである。すこし長めの前髪もパサつきがあるようだ。黒いタートルネックのセーター越しにみた身体つきも、痩せすぎているように思う。車に乗り込む前に見た感じだと身長も春子より低い。150センチ位だろうか。全体的に不健康に見える。
クマがなければ、白皙の美少年と呼んでいい位には、顔は整っている。
巌とは全く似ていない。どちらかと言うと、道寸さんに似ているかもしれない。
それにしても、顔色が悪すぎる。
もしかして、体調が悪いところ、無理やり呼び出されたのかもしれない。
なんとも申し訳ない。
春子は意を決して、無理はせず、家で休んでくれと言おうとした時、運転手の男性が口を開いた。
「篁さま、黙っていたら、春子さまをもてなせないですよ。それに早く目的地を決めていただかないと。時間も限られておりますし。私としてもどこに向かえばいいのか困ります」
「あの、私は別に! そこら辺で適当に下ろしてくだされば、自分で回りますから!」
「そんな事をしたら、私どもがご隠居さまに鉄拳を食らいます。ほら、篁さま」
「でもでも! 篁くんは、具合悪そうです。帰って休まれたほうがいいのではないでしょうか」
「いえ、篁さまはこの状態が、普通です。」
「ええ!?」
こんな顔色の悪い状態が普通。なぜ改善しようとしないのか。
「ほら、篁さま、お客さまに心配かけては、ダメです。もう小学生ではないのですから、ちゃんとしてください」
そこまで促されたからか、やっと篁は春子のほうに顔を向けた。
「別に、今日特に、具合が悪い訳じゃないから」
「でも、顔色悪いですよ?」
「さっき、西野が言った通り、俺はこれが普通なの。それより、どこか行きたいとこあるの?」
「春子さま、遠慮なさらず、申し出ください」
2人に促され、春子はそこでやっと自分の希望を申し出た。
「私、東京から来たので、出来れば、自然を楽しみたいなあと。秋だし、栗拾いや紅葉なんて観れたらいいかなあと思います。あ、でもおすすめなところがあれば、そちらでも全然かまいません。きっとどこを見ても初めてで、楽しめると思いますから」
観光案内に載っているところなら、春子だけで回れる。
折角地元の人に案内てもらえるなら、地元の人しか知らない場所に、行きたいとは思う。
「ふーん。自然と触れ合いたいか。わかった。西野、岩月のお山に向かって」
「篁さま、あそこは」
「いいから。あそこなら、栗も紅葉もきのこも沢山あるでしょ。森早にも連絡してね」
「わかりました」
篁少年はそこまで言うと、また窓を眺め出した。
どうやら、岩月家所有の山に、連れて行ってくれるらしい。
そしてそこには秋の食材が、わんさとあるらしい。
春子はわくわくしてきた。
篁の身体も心配だが、本人が正常と言っているのだから、一旦置いておく。
そして岩月のお山に思いを馳せる。
もし沢山採ってもいいって許可がでたら、体力ある限り採りまくって家族に送りたい。
栗ご飯。きのこ焼き。山菜の天ぷら。
どうせ、連れてってもらうのだ。最大限楽しむ。
少し気になるのは、西野が言いかけた事だ。
もしかして、岩月の所有のお山に、部外者を連れて行くのは、禁止なのではないか。後で二人が叱られたりしないか。
ただ、それなら、西野がはっきり止めているはずだ。
春子はそこで軽く首を振った。
連れて行ってもらえるのだ。わからない事は今は考えない。この際だ。最大限楽しむ。
栗を茹でて、そのまま食べても美味しい。山菜やきのこも汁物にしたら、最高である。
採れたてならなおさらだろう。
春子の口がふにゃりと緩む。
先程の心配はどこへやら、春子の頭は今や、旬の食べ物の事でいっぱいになった。
少し間を空いての更新です。
そして少し短い。すいません。
この更新の前に、バレンタインの短編を1つUPしております。甘いお話になるよう、頑張ってみました。
よろしければ、そちらも読んでいただけたら、嬉しいです(*^^*)