第2話 手紙に導かれてやってきました見知らぬ土地へ
2週間後早朝。
新幹線の車内の1席に春子は身を落ち着けていた。
春子はフリマから帰って、自宅の部屋で慎重に古い手紙の束を解いた。
そして吟味した上、最初の考え通りに束の最後にあった手紙から調べる事にした。
岩月道寸さんが書いた手紙。それはおそらく家族へ宛てたもの。
手紙には簡素な宛先と名前だけだった。宛先は差出人と同じ苗字。
岩月。岩月つや。
差出人の妻、姉、もしくは妹だろうか。
とにかくも、調べものが得意な叔父にアドバイスをもらいながら、住所と名前を頼りに調べたところ、どうにか岩月道寸が住んでいたであろう家を突き止めた。
そして、2週間びっしり家の手伝いもして軍資金も手にいれた春子は、無事手紙を元々の受取人に届けるプロジェクトを決行するまでに至った。
「最もつやさんはもうお亡くなりになっているかもしれませんね」
存命であって欲しい。
この手紙を一目でも見せたい。
春子は膝の上に置いてある手紙の入ったバックをぎゅっと握った。
「頑張りましょう!」
大冒険の始まりである。日程は2泊3日の予定だ。
祝日の月曜日、夜には東京に帰って来なければならない。
父親にはかなり渋られたものの、なんとか許可をもらっての旅である。
母親が旅の意義に理解を示してくれ、祖父母も味方してくれたのが大きかった。
「お前だって、16の時に、1人でふらっと旅にでただろうが!」
と最後のダメ押し、祖父の惣三郎が父親に言った一言が決め手になった。
その代わり、きっちり連絡をまめにいれることが必須になった。
はじめての1人旅である。
先程から胸が脈打ってうるさいくらいだ。
(どうか、ちゃんと届けられますように!)
そう心で願った刹那、新幹線の和音の警笛が響いた。
「わあ。大きな家ですねえ」
予め調べていてわかった事であるが、岩月家はかなりな旧家であった。そのためどっしりした日本家屋を想像して来た通り、まだ家屋は見ていないものの門だけみても、すごい迫力である。
どこかの大名屋敷の門かと思うほどに、木材でできた観音開きの門は今ぴったりと閉じられ、他者を排除する役割を十二分に果たしている。
生半可なセールスならば、ぴしゃりと追い払ってしまうだろう。
厳格な門扉を見上げ、春子は少し怖気づいた。
(私も追い払われてしまいそうです)
春子は気持ちを落ち着かせるため、ふうっと大きく息を吐いた。
これから全く面識のない家を訪ね、目的を達成しなくてはならない。
フリマで見つけた古い古い手紙。紙も薄茶けて、薄汚れている。
けれど、そこに書かれていることはきっと、今も色あせず家族に向けて鮮やかである筈だ。
まだ一度も読まれていない手紙。
春子はどうしてもそれを届けたくて、ここまで来た。
手紙を書いた本人はここへ帰って来れたか否か。それは不明だ。
存命か亡くなっているかもわからない。
家族の関係がどうだったかもわからない。
家族は春子がもたらす手紙を、果たして喜んでもらえるだろうか。
もしかしたら、この家がこの手紙を書いた人物の家とは限らない。
違ったとしても、同じ苗字なら、親戚であって欲しい。
手紙を家族の元へ届けたい。
春子は茶色い肩掛けカバンの紐を、胸元でぎゅっと握った。
それからもう一度深呼吸すると、改めて表札を見つめる。
「うん。表札のお名前、同じです。岩月さんです」
どうか、道寸の家族の家でありますように。
そう願いつつ、春子は勇気をだして、少し震える人差し指でインターフォンを押した。
ピアノの鍵盤を押したような甲高い音が一つ。
<はい>
答えたのは、平坦な女の人の声。
「あ、あの岩月さんのお宅ですか」
<はい>
答える声が、ワントーン低くなった。訝しんでいる。
それはそうかもしれない。
表札に岩月と出ているのだ。当たり前の事をきいていると思われているのだろう。
またおそらくインターフォンのモニター越しに、春子の姿を見て警戒しているに違いない。
全く知らない人間が訪ねて来たのだ。
それでも言葉の切り出しとして、岩月と確認してしまうのを許して欲しい。
(って、誰に言い訳しているのでしょおぉ!?)
春子は顔が急激なほてってくるのを感じ、頭も真っ白寸前になりながらも、なんとか考えを巡らせる。
(お、落ち着いきましょう! 門前払いされたら、元も子もないんですから! 分かりやすく丁寧用件を言わないといけません!)
春子は心を落ち着けるために大きく息を吸うと、再び口を開いた。
「突然の訪問で申し訳ありません。私は柏葉春子と申します。以前、こちらに岩月道寸さんと言う方が住んでいましたでしょうか? もしそうなら、道寸さんの物をお渡ししたいとやってきました。どうかお取り次ぎをお願いします」
春子はそこで頭を下げた。
1秒2秒。
インターフォンから、今度はすぐには返事が来ない。
やはり怪しまれているのだろう。
(そうですよね。そうに決まってます。私でも、こうして知らない方が訪ねていらしたら、ドアを開けたりはしませんもの)
それでも微かな望みを持ち、春子は待つ。。
10秒20秒。インターフォンは沈黙したまま。
それでもインターフォンを見つめ続けたが、やはり返事はない。
「ダメでしたかぁ」
5分待ったところで、春子はがっくり肩を落とした。
新幹線で片道1時間弱。それからローカル電車に揺られ、遥々来たのにがっかりである。
(うう。お小遣いが無駄になってしまいましたね)
目標達成できず。諦めるしかないのか。
(怪しさ満点ですからね。仕方ありません)
こうなるかもしれない事は半分くらい予想していた。
春子は恨めし気にインターフォンをもう一度見つめた後、踵を返した。
「気分を切り替えましょう! こうなったら、第二の目的である、この町の探索に乗り出しましょう!」
生まれた地域からあまり出たことがない春子である。まして一人旅など初めてである。
折角来たのだ、思いっきり観光して帰ろう。
直接家族に渡したかったが、後で、手紙を添えて、こちらに送ろう。
万が一この家が手紙の差出人の家族でなくても、親戚である可能性は高いだろう。きっと家族に渡してもらえる筈。
そう思い、歩き始めた矢先、
「お待ちください」
春子を呼び止める声が後ろから響いた。
「え?」
振り返るとそこにはグレーの背広をびしっと着こなした年配の男性。白髪の混じった髪を後ろに乱れなくなでつけてある。一分の隙もない。
「あの?」
この家の主人だろうか?
(いえ、これだけのお家の方です。ご主人様が直接出てくるなんてないでしょう)
となるとこの家の使用人か。
(執事さんでしょうか?)
春子が思う執事のイメージにぴったりである。
男は身体を横にして手をすっと岩月の門へと滑らせた。
「どうぞお入りください。ご隠居様がお会いになるとの事でございます」
男の後ろ。いつの間にか、閉じていた門が、大きく開いていた。
そして男は恭しく、春子を誘う。
門戸の向こうは、素晴らしい日本庭園が広がって見える。
(はああああ。すごいお庭です!でも、お家が見えません)
門からでも結構先まで見通せるのに、家が見えないのはなぜ?
首を傾げる春子。
「お客さま?」
訝しげに問う男に、春子は慌てて頭を切り替えた。
「あ、ありがとうございます」
どうやら岩月のご隠居さまなる人物は、この得体のしれない小娘に会ってくれるようである。
春子はごくりと唾を飲み込むと、カクカクする足を何とか動かして、門を潜った。
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