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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黑薔薇の祈り~奴隷にされて、暗殺者にされた転生悪役令嬢は、隣国の留学生の僕となる。「幸福」になることはできるのか?~

今回の標的は、隣国から来た留学生―ルーカス。


高い地位を持つ要人のようで護衛が周りを取り巻いている。

が、名暗殺者と言われるわたしには、数など関係ない。


注意するべきは、ぴったりとくっついている2人の護衛だろう。

如何にも強そうな茶髪の騎士と、青髪と眼鏡が特徴の秘書。鑑定魔法を使うとどちらも高レベルの戦闘力を誇ることが分かる。

 ついでに標的ルーカスの鑑定もしようとすると、対象が振り返った。

ドキリと心臓が早鐘を打つが、顔には出さず、何事もないふりをして魔法を中断する。

一瞬目が合ったように思うが、きっと気のせいだろう。なにしろ、ここには隣国からの留学生を歓迎する学生で溢れかえっている。


「キレイ……」

「男らしいわ…紫の髪はまるでアメジストのよう。」

「横にいる殿方も素敵よ。見て、あの――」

と、言った具合に熱い視線をご令嬢方が向けている。


はぁ……。軽く溜息をつくと、夜の仕事に向けて、その場を離れる。


「ご覧になりました?今の方……」

「えぇ、老人のように真っ白な白髪が珍しいと思って、見ておりましたら」

「陽が当たるとキラキラと魔力を帯びていて」

「「「何て幻想的なのかしら」」」

「あのような方いらっしゃったかしら?男性用の制服が良くお似合いになる美しい方でしたわ」

「そうですわね。あのような方がこの学園にいたら、お姉さま方が放ってはおかないはずですものね」

令嬢たちは、今しがたまで留学生を歓迎する学生に紛れていた美しい少年についてこっそり話し合った。大切な宝物を見せ合うかのように瞳を輝かせて。


その日、学園では隣国の見目麗しい留学生と側近の噂が流れた。そして、隠れるようにひっそりと銀髪の麗人の噂も広まっていった。


◇◇◇


「来客用の邸はこちらです!」

と、この国の案内人に連れられてきたところは、なかなか豪勢な場所だった。薔薇の最盛期に間に合ったことを春の女神に感謝するほどの美しさだ。赤や白、黄色の様々な品種の薔薇が咲き誇っている。


留学生にこれほどまで豪勢な場所を貸すとは。

「花の王国フローラ」と言われるこの国は、観光業が盛んだが、それほど金の動きが盛んだとは聞いたことが無い。何か裏があるのか?


「ここは、宰相が暮らしていた邸宅らしいですよ。」


側近の青髪眼鏡ことレイモンドがそう小声で伝える。

なるほど。宰相の屋敷だった……か。

この国は、観光業が盛んなだけあって、出入りが激しい。よって、スパイや情報屋が情報を集めるのもそれほど難しくはないが、十数年前の宰相断罪事件――「白薔薇の裏切り」。それについては、何故か詳しく知ることができなかったと、親父が言っていた。手練れの身内のスパイを何度か送り込んだが、収穫はゼロだったらしい。


諦めかけた頃に、破格の出世を果たしたことになる、侯爵、元男爵家の当主を次期宰相とする旨が公布された。ついで、前宰相一家の裏切りと断罪を行ったことも伝えられたらしい。


謎の多い邸宅か。学園といい気が休まらんな。

と、思っていたが、内装の趣味はなかなかよく、派手過ぎず、「質の良いものだけを厳選している」とわかる家具たちには好感を持った。


「こんだけ広いなら、ルナ様も来れますね!」

平民出身の茶髪騎士ウィルも気に入ったらしく、他の護衛が周りにいるのも気にせず私的な話をしてくる。真面目なこいつが話しかけるとは、相当だな。


ルナか……幼い頃から共にいる聖獣は、狼を数倍大きくしたかのような見た目をしている。人見知りが激しく、俺と側近の2人とメイド。そして、置いてきたもう1人にしかなつかない。俺の前では、甘えん坊の妹にしか見えないんだが、他に言わせると、聖なるオーラを持った恐れ多い存在らしい。


確かに、心配だな。引きこもりの研究者を置いてきたとはいえ、あいつは自分のことすらロクにできないやつだからな。プライドばっかり高くて「僕がそんなこともできないと思うの?」とか言うくせに、すぐ泣きついてくる。今回も、「1人の方が研究に集中できる」といってついてこなかったが、そろそろ連絡が来そうだな。


そうこうしている内に、軽い説明は終わったらしく、案内人は帰ろうとしている。

「では、そろそろ私は……。」

「あぁ。」

「……っそうでした。護衛の件なのですが。」

「事前に伝えていた通りで構わない。」

「そうですか。かしこまりました。では、お屋敷の前に2名騎士を置くだけでよろしいのですね?えっと、本当に大丈夫ですか……?あの、使用人もいませんが……。」

「くどい。」

「はっ、はい。申し訳ありません。では、失礼いたします。」


風のようにフローラ王国の騎士を連れて帰っていった。

この屋敷に来てから何かに怯えているようにも見えたが?本当に長居したくないのだな。


どうやら、俺が隣国から使用人や護衛を大勢連れてくるものだと思っていたらしいが、そんなものは必要ない。


屋敷の中には、俺と側近の2人……そして、


「はい、は~い!皆さん、お疲れでしょう?今夜は、早めにお夕飯を食べて、お風呂に入ってゆっくり休みましょう!」


メイドのシャーロットともう1人で十分だ。仕える主を無視してこの態度は失礼だとかは、この場では意味を為さない。彼女は、これが通常運転だ。

長年我が家に仕えててくれている執事の家の末娘は、少々お転婆だが、優秀な血が流れているのは確かなようで、1人でメイド数十人分の働きをしてくれる。


「キッチンが広くてすっごいきれいなの!何年も使ってないって言ってたけど、本当かしら?やりがいがあるわ!フンフン!」


鼻息荒く、その場を去ると数分後には、豪勢な夕食を持って現れた。フローラ王国名産の花を随所につかった華やかな品々が並ぶ。がっつりした肉メインの料理の方が好みだが、時には、こういうものも悪くない。

ハーブを使った料理は自国でもよく食べていた。けれど、食用に栽培するエディブルフラワーというものを使った料理は初めて食べた。


「たまに王様が開くパーティーで飾りにつかってましたよ!忘れちゃったんですか?」

「……そうか。」


と、思っていたが、シャーロット曰く、初めてではないらしいが、ここまで新鮮で美味しいと感じられるものは初めてだろう。苦味だけでなく花によっては甘味を感じるものもある。花の香りがふわりと香るのが癖になりそうだ。




明日からの学園生活について確認事項をいくつか4人で話し合う。

「――で、重要事項は以上ですね。

そういえば、ルーカスが「アメジストのような髪と切れ長な瞳が素敵……アメジストの君」って令嬢たちの間で噂になっているらしいですよ。」

「ぶっ……ごくん。げほげほ。」

メガネ、レイモンドが真面目な話の後にとんでもない話をぶち込んできた。思わず、花の香りのする紅茶を吹き出しそうになる。


「ふふふっ。おかしいですよね。隣国では、嫌われ者のルーカスさまが「アメジストの君」って。」

「そ、それは……っふ、まさしくルーカス様にふさわしいと思いますが「アメジストの君」はちょっと……ふふっ。」


側近2人は笑いを堪え切れないようだ。明日の朝の特訓はいつもの2……いや3倍にしようか。悪魔の象徴と言われるこの色も1つ国を超えてしまえば、このありさまか。


「あははっ。だよねぇ~うけるよねぇ~。」

情報提供者だろうクロがやってきた。いつも気配を消してやってくるから心臓に悪い。元暗殺者、現俺の信用できる臣下の1人。


こいつも明日は10倍特訓だな。気が付けば、どこかへ逃げるが今回は逃がさない。


「あとさぁ。君たち以外にも噂になっている子がいるんだけどぉ。」

「何だ?」

「なんかねぇ、みつけられなかった!」

「はぁ……?あのクロでも見つけられなかったんですか?」

「うん!」


レイモンドが問いただすが、確かに見つけられなかったといったらしい。有名な情報屋をパン屋の店主に転職させてしまうほどの情報収集力を誇るクロでも見つけられないとは。


「そいつ本当にいたのか?」

「いたよぉ~多分?「銀髪の人形みたいに美しい少年」だってさぁ。」


銀髪か……。いたな。

「そんな珍しい色の子、本当にいるの~?」

珍しい銀髪。希少な鑑定魔法をこちらに使ってきた人物。隠密魔法も使わずに堂々と使うものだから興味本位かと思って無視していたが。気に留めたほうがいいかもしれない。


雑談を終え、それぞれの部屋へ行く。貴族が使用人にやらせるような着替え、風呂等は各自で行う。


やはりセンスがいいな。人によってはシンプルと思うかもしれないが俺にはこのくらいの装飾で十分だ。部屋を見回し、明日に備えて眠りについた。


◇◇◇


――夜。

気配を消して、闇に潜むものが月明かりに照らされて浮かび上がる。

時計塔に佇む横顔はきれいな満月によく似合う。


魔力を帯びた銀髪を風になびかせ、獲物を狙う鷲のような面持ちでいる。


その視線の先には隣国の来客が泊まっている豪邸がある。

数十年まえまでその屋敷には、国王に次ぐ、王国第2位の権力を持った宰相一家が住んでいた。豪勢な噴水やバラ園、広大な庭は、その権力にふさわしい豪勢さだ。


「変わらないわね……。」

そう呟くと、思いを断ち切るように目を閉じる。


ここは、懐かしい場所じゃない、偽りのゲームの世界。

何者かによって変えられてしまったゲームのシナリオとは違う世界。


ご主人様の命令に従っていればいつか元に戻せる。まだ間に合う。きっとマニアウ。


優しかったこの世界のおかあさまとおとうさま、おにいさまにもあえる。前世の世界に戻れないと知って泣いたわたしのことを不気味がらず優しく受け入れてくれた、唯一無二の「幸せ」。


幸せな光景が最後、血に塗れて終わっているのはきっとキノセイ。だって、おかあさまとおとうさまはごしゅじんさまのもとでねむっているもの。おにいさまのはなかったけど……どこかにあるはずだわ。きっと見つけ出す。


ねむりをさますには、わたしががんばって、頑張って、頑張って


すぅっ…

目をゆっくりと開くと、そこには血で染めたかのように真っ赤なルビーが2つ煌めいていた。


「…頑張らないと。」

銀髪をフードに押し込んで、


闇に溶け込む。


◇◇◇


魔法の気配がして目を覚ます。見ると、フードを被った暗殺者が目の前まで来ており、首にナイフを当てようとしていた。


「残念だったな…。」


即座に防御魔法と魔法剣を出し、敵を弾き飛ばす。


「ぐっ…。」

反撃を予測していなかったのだろう相手は、うめき声をあげて窓まで吹き飛ばされた。ガラスを割って、バルコニーの手すりにぶつかっている。赤い血が飛び散る。


おっと…逃げられたら困るな。

急いで拘束魔法を使う。既にいくらか消耗していたのかあっさり捕まってしまい、面白みがない。


暗殺にも幼少期からのことですっかり慣れてしまった。いつも同じようなやり方で飽き飽きする。微力な魔力でも感知できるからと、主にナイフでの刺殺ばかり。


もっと、堂々と魔法で殺しに来てもいいんじゃないか?そう思って目を離したのがいけなかった。


敵を見ると、


満月に浮かぶ銀髪が見えた。


まるで、相手に自分の姿を晒すこと等怖くないとでも言わんばかりの堂々とした姿で立っている。肌には、先ほどのケガが嘘のように傷1つ無い。


部屋にあった窓は、ガラスが割られ、破片が月明かりを反射している。キラキラと輝き、より敵を美しく、幻想的な雰囲気にへと見せている。


美しい……

まるで月の女神

夜空に浮かび、暗闇の海を照らす1筋の光……人々を優しく見守る静かな輝き。

けれど、赤い瞳は禍々しくも、魅了するように俺に問いかけてくる。

「命を差し出せ」と死神のように


それほどまでに美しいのに、唐突に「どこか欠けている」そう思った。


それは、美しさにひかれて近づけば刺されてしまうような危うさや、無表情なのに苦しみを伝えてくる赤く光る瞳が過去の幼い自分、ルーカスとなる前の自分と重なったからだろうか……。


「……銀髪。」

と、騒音を聞いて駆け込んできたのだろうメイドのシャーロットの呟きで我に返る。

「あぁ……。フードが。」

澄んだ声が聞こえてきた。


「頑張らないと。」

血のついたナイフで俺を指し示す。

多数の魔法を同時展開している。


なかなかの魔法の使い手らしい。これは面白くなりそうだ。


◇◇◇


ガチャンとガラスの割れる音がして目が覚める。


「……っつ、おい。側近共、起きろ!敵だ!」


血を流すクロの切羽詰まった声で緊急事態だと知る。へらりとした語尾も崩れている。全く気付かなかった。


クロの手当てを眼鏡を急いで装着しているレイモンドに頼んで、ルーカス様の元へ走る。


バンツ


と力任せに鍵のかかったドアを押し開ける。


目の前には、敵と激しい戦闘をしているルーカス様のお姿が。互いに血を流し、目で追うのがやっとの魔法と物理攻撃の数々。間に入り、ルーカス様の援護に入るのは自分には無理だろう。だが、それでも……



ではなく、敵を拘束し、周りを囲む3人の背だ。


ルーカス様とシャーロット……そして、クロを頼んだはずのレイモンド。


「えーっと」

理解できずに話しかける。


「やっと来たのか。」

「もう、おわったわよ~!」

「レイモンド……クロはどうした?」

まさか、考えたくはないが、見殺しに……いくらルーカス様に忠誠を誓っているからって。数少ない心許せる仲間を見捨てるとは。


「応急処置はすませてある。」

「そんなわけないだろう!いくらなんでも、応急処置を済ませたうえで、俺より先にルーカス様の元へ行けるわけが……」

「転移した。」

てんい?まさか、

「転移、屋敷内で転移したのか?」

「そうだが?」

「あたしもしてきたわよ~?緊急事態だもの当然よね~?」

「で、でもメイド長が……」

「お母さん~?ここにはいないし~、「臨機応変にっ!」ても、いつもいわれていたでしょ~?」

「うっ、でも」


納得できない。だが、この状況を見れば俺が間違っているのは一目瞭然だ。


貴重な調度品、魔法灯がボロボロになっている。生死を分けるような戦闘を3対1で行って、ようやく敵を捕まえたのだろう。現に、3人の服も破れ、薄っすら血がにじんでいる場所がある。

敵には封印魔法まで使われている。魔力を無効化するものまで用いるとは相当だ。


「申し訳ありません。騎士として1番に駆け付けなくてはならないのに。ルーカス様が信用して唯一連れてきてくださった騎士なのに。」

深々と頭を下げる。

「構わんさ。真面目で応用が利かないのはいつものことだろ。一度決めたことは貫き通す、そこがお前の良いところでもあるだろう。」


ルーカス様が寛容なお心でお許しくださる。


「とはいえ、次は無いがな……」

「承知しております!明日から、いえ、今直ぐ精進致します!この者を処分したらすぐにでも!」


◇◇◇


「さて、どうしたものか」

ウィルは、即殺処分だと息巻いているが。


「尋問でしたら私が致しますよ。」

レイモンドは、尋問か。確かに裏に誰がいるかは知っておいた方がいいか……。クロに治癒魔法を施しながらレイモンドは話している。


「いやいや、拷問にしましょう。」

シャーロットは、拷問……


「シャーロット、優秀な暗殺者ですから、口頭で問いただしても何も話さないだろうことは私も分かりますが。そういうことは、この国の人たちに任せませんか?こっちにいる時くらい拷問はしたくないんですが」

「だって、クロを傷付けたんですよ!もう少しで死ぬところだったんですよ!」


魔法の天才として治癒魔法もある程度使えるレイモンドですら半日はかかるという重症。治癒を妨げる呪術が組み込まれており、聖魔法で解呪しながらなので時間がかかるらしい。


多少は治癒魔法が使えるので「手伝うか?」と言えば、「気持ちは有難いが、邪魔になるだけだから手出し無用」と言われてしまった。


「……がんばるから。」


寝言だろう。涙が1筋、拘束した暗殺者の頬を伝っていく。


拘束したばかりの時は、暴れていたが、魔法無効化の封印を施せば、眠りについたかのようにおとなしくなってしまい、安心したが。


訳アリか……。首筋をぐるりと囲むタトゥーのような茨の印は、かつてこの国で使われていた主人に絶対服従の奴隷印だったと記憶している。奴隷制度が完全になくなったわけでは無いが、この印は全世界で廃止されたはずなんだがな。


主人に逆らわないのはもちろん、時には物理的な楯にさせられ、寝食の制限、思考の制限までかけようと思えばかけることができる。茨のように一度踏み込むと抜け出せない。

制限度合をあげるには近くにいる必要があるため、1番の対策法は主人から離すことなんだが……


繰り返してはならない暗黒史の一部は、根深い。そう簡単に解放してやれないのが少々可哀そうだ。

魔力を無効化すると、眠りにつくような制限を受けているのだろうか?おかげで、捕まえられた。


拘束魔法だけでなく、封印まで解く技術があったらどうしようかと少しあせった。そのようなことは無くてよかった。

しかし、このままでは、尋問も何もできない。


ジャラリと収納空間から手錠と足枷をだして、銀髪の暗殺者に付ける。

細い手足は、少年というよりか弱い少女のようだ。ナイフを振り回していたとは思えない華奢さだ。いや、少女にしても大分やせすぎな気はする。


抱きかかえたまま、封印魔法を解く。

暗殺者は、ぼんやりとした瞳をゆっくりと開く。先ほどの赤とは異なり、ヴァイオレットの瞳が見える。

「……ライアン?」

一瞬ドキッとした。俺の捨てた過去。よく聞きなれた名の音を紡いだように聞こえたからだ。

声がかすれていてはっきりとは聞き取れなかった。けれど、そう言っていたように聞こえた。


「ルーカス様!何をしているんですか!危険です!」


ルーカスの名を聞いて我に返る。そうだ。今はルーカス。ライアンはもういない。


「大丈夫だ。この手錠、足枷には付けている間、人を傷つけられない魔法が組み込まれている。」

それは、もちろん自分自身も。自害することもできない。スパイや奴隷にありがちな情報を漏らさないために死を選ぶことはできない。


「それでも!」

「そうですよ!」

とまだ何かウィルとシャーロットは言っていたが、暗殺者に目を向ける。目が覚めたのか、手錠と足枷、そして俺に目を向けてきた。


暗殺者と目が合う。

菫色の瞳は、静かに死を待つ死刑囚のように光を宿していなかった。

この色の瞳が光を宿せば、きっとあの赤い瞳より、よく似合うだろうな。



「選ばせてやる。「死」か「俺のもの」になるか」



口が勝手に動いていた。言うべきことはもっと沢山あるはずなんだが、気づいたらそう言っていた。

どこか人間として歪なまさしく人形のような、幼い自分があのままだったらなっていただろう末路を見ているような。同情と言えるほど美しくなく、偽善と言えるほど汚くはないこの感情に名を与えるなら何というのだろうか?


考えているような間が過ぎていく。

ただ見つめ合い、そこだけが切り取られたかのようにゆっくりと。


「……う。」

呻くと、俺の手から起き上がる。

臣下たちが身構えるのを手で制し、俺も立ち上がる。


もし逃げていく素振りを少しでもしたら、躊躇わず、手錠等にかけられた封印魔法を強化するつもりでいた。レイモンドたちには言わなかったが、これは隣国での拷問でも使われるような本格的なものだ。


すっ

暗殺者としての身のこなしの時も思ったが、自然で優雅、目が奪われるような動きをする。



「あなたの手となり、足となりましょう。どうぞ、私をお使いください。我が主。」



そう言って、俺の前で跪いた。


案外あっさり引き下がったな……。

暗殺者を臣下にするなど、2度とないと思っていたが。まさか、あるとはな。


鎖に繋がれた銀髪の麗人を新たな仲間に迎える様子を煌々と照らす月だけが優しく見守っている。満月の明かりは、俺たち2人の姿をくっきりと現す。


銀髪、ヴァイオレットの瞳、人形のように美しい容姿。

その瞳を覗くと……苦しそうな、深い海に沈められもう助からないと分かっているのに藻掻かずにはいられない、そんな風にやはり感じる。


これが、あの頃の罪の償いだというなら喜んで受け入れよう。


◇◇◇


ルーカス様の臣下となってから1週間が過ぎた。

その間、何度か暗殺を決行しているが、成功したことは無い。

ご主人様の命は絶対なのに……これでは、いけない。そう思って焦れば焦るほど、杜撰な暗殺になってしまい、ルーカス様に捕らえられてしまう。


ルーカス様たちは、昼間は学園に行かれているので、主に夜暗殺を実行している。


ちなみにあの邪魔な手錠、足枷は外されている。手錠と足枷という嫌な記憶しかない物をはずせて清々とした。一方、臣下だという眼鏡をかけたレイモンドさんから、臣下の誓いを立てた者はつけなくてはならないと言われた指輪は大変気分が悪い。付けられた時はすぐに外せばいいかと思っていたが、コレ自分では外せない仕様らしく、指を切り離そうかと真剣に考えてしまった。

指輪は高レベルの魔法を隠蔽して作られているらしく、何の魔法かは分からなかった。


ルーカス様は、不思議と私に暗殺されかけていることを臣下たちに言っていないらしい。言っていたら今頃、指輪では済まないだろうけどね。


他の臣下の前では素直な僕の1人を演じている。

誓いを立てた後、さっそくクロ……さんの解呪と治癒をした。


ふわりと安心する光が舞うと、傷一つない状態になる。

私にとっては、これが普通なのだが……


「はぁ?どんな裏技を使ったんですか?一瞬で直すなんて。」

「本当に~、聖女様顔負けだね~!」


レイモンさんドとシャーロットさんにそう言われてしまった。

……転生してから久しぶりに悪役令嬢としてのチートがあることを思い出した。全属性魔法への適正と莫大な魔力、聖魔法への適正はそれほど高くは無かったと思うけど。


全快したクロさんが目覚めた昼頃には、謝罪をし、普段の10倍になっているらしい特訓を共に行った。

「病み上がりにこれはきついなぁ~」といいながらも余裕ある笑みでクロや、息を多少乱しながらもついてくる面々を見て、なかなか練度の高い選りすぐりの臣下だと知る。

もちろん、私は余裕で終えた。


はぁ。そう、練度が高い。それは、ルーカス様も。あの日の激闘が嘘のように歯が立たなくなってしまっている。この指輪に何か制限魔法が掛けられているのだろうか?とも思うが、魔力への干渉は感じられない。おそらくだが、感知系の魔法が込められているのだと思う。しかし、それ以上探ると、指輪が壊れそうなので躊躇っている。


指輪についてよりご主人様の命、遂行が大事だ。

先日、鷲をかたどった伝達魔法で近況を伝えると、「任務続行」の指示と「薬の再投薬なし」の指示が与えられた。


薬が持つのは最高10日…。

つまり、あと長くても3日以内にルーカスを仕留めなくてはならない。


破格の魔力と魔法を使えるのは、悪役令嬢としてのチート……そして、違法薬物の継続投与によってできている。ゲームより、きっと強くなってしまっているわよね。


あの、地獄のような日々……アレを生き残るために必要だったとはいえ、普通に生きていれば縁がないような代物。幼いころからの薬漬けで慣れてしまったけど、投薬直後は全身が破裂するのではないかという魔力の暴走が起こり、抑えた後も気を抜くと、魔力を容量以上に作りだしてしまい、体外に出ようとする。


さらに、今日…7日も過ぎれば、吐き気と頭痛、幻覚が加わる。まだ軽い程度で済んでいるが、10日過ぎると使い物にならなくなる。そしたら、処分されてしまう。


私の願いのために、それは困る。「幸せ」を手に入れる…そのためには、「死」なんていう「逃げ」は許されない。何度も何度も何度も死に手を掛けそうになった。でも、その幸せは、多くの人を手に掛けてきた私には許されない。


ならせめて、この地獄で残った「幸せ」をかき集めよう。


たとえ、どんな手を使ってでも。人でなくなったとしても。


「イルちゃ~ん?だいじょ~ぶ?」

はっ……信じたくない現実から。そう、現実から目を逸らそうと、思考の海に潜りこんでしまっていた。


「はい……ダイジョウブデスガ。」

悪役令嬢としての本当の名ではなく暗殺者としてのコードネーム「イーグル」から取って「イル」と名乗っている。情報屋のレッドくらいにしか呼ばれない名だから、誰もイーグルとは結び付けないだろう。


……で、女だと気づいたシャーロットさんに着せ替え人形にされている最中だった。「服の替えがないから良かったら縫ってあげるわ!」と言われ採寸され、気づかれた。


「まあまあ~!ふりふりね~!あとキラキラもね~!」

と、絶叫をして部屋を出ると数分後には、ピッタリのサイズの服を10着以上持ってきた。


シャーロットさん……シャル姉さん(「呼んで~?呼んでくれるわよね~?」という圧に負けて呼ぶようになった…。)の凄さはこういう時にこそ感じる。どれも、貴族御用達の店で買ったといっても遜色ないような素晴らしい出来だ。時空魔法でもマスターしているのだろうか?早すぎる。


「うんうん!やっぱり!これも似合うわ~!銀髪って何色でも合うからいいわね~!」


黒から青、青から緑、緑から水色と色味が明るくなっていき、現在、ピンクのフリル盛沢山の服を着せられている。これは幼少期以来だわ。動きづらい。鏡を見ると悪役令嬢としての面影1つない少女が写っている。


初めの出会いは最悪だったが、クロさんを治癒したあたりからシャーロットさんに世話を焼かれるようになった。


結局、その後も何着も着て、紺色と黒のスーツのようなシンプルな服数着と、懇願されて紫色のドレスを選んだ。

「他の服が欲しくなったらいつでも行ってね~?あたしの部屋にあるから、すぐ着れるわよ~!」

……もしあったとしても、ピンクの服はいや。心の中だけで抗議しておいた。




イルちゃんが去ってから、レイモンド…レイが現れる。


「……2人きりになるなといっただろう。」

「もぅ。何もなかったわよ~!」

「何かあってからでは遅い。」

「心配性ね~。あの子、イルちゃん傷跡がたくさんあったわ。古い、治癒が不完全の傷がたくさん。」

「なぜ、治さないんだ?」

「そうよね~。あれほどまでの才能があるのだもの。」


シャーロットは、溜息をつきながらイルの事を考えた。

正直、ルーカスの判断には納得できなかった。ただ、クロを治してくれたのは確かだから、傷つけたのもイルちゃんだけれど……それでも、残酷で心無い執行人でしかないと1言で片づけることはできなかった。


出会ったばかりの頃のルーカス様を思い出すようで放っておけない。その思いと、もしかしたら大切な第2の家族と言える仲間たちを傷つけるかもしれないから、監視していなくては……その思いから、何かと世話を焼いていた。


彼女は、まるで貴族のような優雅な所作で食事をすると思ったら、この国の歴史や子どもでも知っているようなおとぎ話、世界の成り立ちを知らない。


ルーカス様たち3人が学園に言っている間は2人きりなので、必然的に教えるのは、シャーロットの役目になった。

どんな生活をしていたら、あんな状態になるのかしら?


歪な彼女に1つ1つ教えていくのは、大変ではあったが、素直だからだろうか、それほど苦では無かった。……って、飲み込み早すぎないかしら?一度教えたら確実に覚えている気がする……て、天才、これはやりがいあるわ~!と張り切りすぎた気もする。


変わらない表情からは、読み取るのは難しいけれど、彼女自身学ぶことは嫌いではないのではないだろうか?生き生きとしている(ように見える)様子からそう思った。


学ぶ意欲はあるのに。やっぱり、それだけ過酷な場にいたのかしら。

傷も多いし、細い。


ふぅ……なんだか、大変な1年になりそうね。


ルーカスの留学は、1年間と決まっている。

15歳から18歳までの大貴族から庶民まで学ぶ意欲ある若人に学園の門は開かれている。ルーカス様は、2年生のクラスで薔薇が咲き誇る雨季前の季節から来年の桜が咲き誇る季節までいる予定だ。


当初、隣国の第2王子が留学に来る予定だったのを急遽、フローラ王国の不穏な空気を鑑みてルーカス様が行くことになった。問題事の押し付けと厄介払いもできて一石二鳥……とでも思っているんでしょうね。隣国でのルーカス様への評価は悪いものばかりだ。


悪逆非道、悪魔の子等、言い始めたらキリがない。


もやもやとしたものが胸の中に広がる。


うーん。こんなのわたしらしくない!

パンッ

頬を両手で力いっぱい叩く。


あの時決めたじゃない!


脳裏によぎるのは。幼いボロボロの男の子……死んだ目をして、傷つけることも傷つけられることもためらわない姿。

徐々に、表情豊かにはなってきたけど、未だに寂しい目をして、わたしたちと一線を引いている。


ルーカス様が少しでも幸せになれるように、最善を尽くすだけだわ~!

「よしっ!頑張るわよ~!」


まだ、いたらしいレイが驚いたかのように、眉をあげてこちらを見ていた。

その顔が間抜けでふふっと笑ってしまった。

何気ないことが心の奥を温かくして、わたしの背を押してくれる。


わたしの「幸せ」はいつもすぐそばに……

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