解除区
一応SF.宇宙ものです。
「本機は間もなく『解除区』に進入します」
片道10年。長距離航海中の宇宙船レイニーの制御コンピュータが、乗務員にアナウンスした。
今年9歳になったばかりのアンソニーは真っ白な肌に金髪で青い目をパチクリさせながら、その聞き慣れない言葉をそばにいたベテラン乗務員のマーカスに質問した。
「『解除区』って何?」
マーカスは自慢の髭をなでた。
「そうかアンソニーははじめてなんだな」
彼らが乗る宇宙船レイニーは、20年という歳月を一度も停泊することなく航海できる性能を持つハイクラスの長距離航海船だ。
アンソニーの母親でありこの船の船長でもあるキムの任務が決まったために、息子であるアンソニーはわずか2歳でこの船に乗ることになった。これまでの7年間ずっとこの船の中で成長してきた。
その間は母親のキムが中心になっているものの、乗務員である他15名の仲間たちがアンソニーの面倒を見てきた。その中でもマーカスはアンソニーの父親と親友だったこともあり、特によく面倒を見ており、アンソニーも一番なついていた。
大事なことなんだからちゃんと説明しないとなと、マーカスは思った。
「我々が住む宇宙には様々な惑星があり、様々な種族がいることは知っているだろ?
それぞれの種族にはそれぞれの違った言語があり、生活様式や慣習があるんだ。
その異なった文化を持つ者同士が共に生活し仕事をしていく上で大切なことは姿・形は違っても同じ人類あるという共通意識を持つことだ。
言語や独特の慣習の違いなどは比較的容易に乗り越えられたのだが、最も難しいのはそれぞれの形態の違い。つまり見た目だったんだ。
惑星が違えば肌が青色の人類もいれば、目が三つも四つもある人類もいる。その見た目に対する嫌悪感は中々消せないものなんだ。
特にこの船のように何年もの間にわたり閉ざされた機内でいっしょに生活する場合は、精神に異常が生じてしまうこともあるんだ。過去には悲惨な事件もあってね。
そこで同じ船内の人間はすべて同じ見た目にしてくれる『形態同調装置』が開発されたんだ。その効果はすばらしく何年もかけて宇宙を移動する長距離船には設置が法律で義務付けられている。
だから我々の見た目が同じなのは装置のおかげで、今みんなが地球人の姿をしているのはこの船の管轄が地球区だからなんだ。もっとも俺は元から地球人だけどね。
ところがそんなすばらしい装置も一部のエリアでは使えなくなってしまう。それが『解除区』だ。宇宙波の影響らしいのだが、そのエリアに進入してしまうと本来の見た目が露わになってしまうんだ」
アンソニーはその青い目でじっと見つめながら黙ってマーカスの話を聞いていた。だが、ちゃんと理解できたのかはマーカスには疑問だった。
「要するにだ。今からお前の形態が変わるということだ。お前は地球人じゃないんだからね」
「え?」
その時再度アナウンスが入った。
「『解除区』に進入します」
「いよいよだアンソニー。覚悟はいいかい」
そういっているうちにアンソニーの体はモニター画面が歪むかのように歪み、ノイズが入り、点滅を繰り返し、やがて、緑色の光沢のある肌へと変化していた。
「これは!」
「そうだ。これがお前の本来の姿だ。その姿から我々地球人はカマキリ星人なんて呼んでいるがね」
マーカスの言う通りアンソニーの顔は逆三角形で黄色い目玉は頭のてっぺんにあり、カマキリそっくりだった。
「嘘でしょ。これがぼく」
マーカスに鏡の前へと連れて行かれ自分の姿を見たアンソニーは、鎌にこそなっていないが、小さな棘がたくさんついた手で自分の顔を抑えて悲鳴をあげた。
「あれ?随分とショックを受けてるみたいだな。どの星の人間も自分の形態には誇りを持っているはずなんだが」
「嘘だ。こんな気持ちが悪い姿が本当の訳がない。そうだ。ママを呼んで。ママはどこなの?」
「言われなくたってキム船長ならもうすぐ来るはずだよ。船長だって息子の本来の姿が見たいだろうしな。ほら来た」
ドアが開き、船長のキムが入って来た。
「あら、アンソニー立派になって」
いつもの声よりもオクターブが自然と上がってしまったキム船長の姿も、アンソニーと同じく逆三角形で頭に黄色い二つの目、緑色の肌のカマキリ星人。
「ママはお前のこんな姿見られてうれしいわ。いつもは装置のおかげで見られないんだから」
キム船長はアンソニーを抱き寄せた。
だがアンソニーは泣き叫び、キムを突き飛ばした。
「カマキリなんて嘘だ!」
「カマキリ?ああ、地球に生息するあの最高にかっこいい昆虫のことね。私たちがそれに似てるからって地球人も粋なこと言うわよね」
アンソニーは相変わらず泣き叫んでいる。
「まいったわね。これは重症。この子は地球区で生まれて、地球区管轄のこの船の中でずっと育ったから地球人の美意識が根付いてしまって、自分の本来の形態を醜いと感じてしまっているのね」
「居住惑星やステーションなら閉鎖空間ではないから形態同調装置の義務はない。いろんな形態の異星人たちと触れ合う機会があって、自然と自分の形態に自信を持つことを覚えるんだが。アンソニーの場合は仕方がなかったからな。母親が長距離航海士だし、もうひとつは・・・」
「施設にあずけることもできたけどやっぱりそばに置いて育てたかったからね。私たちは父親を持たない種族だからなおさらその傾向が強いのよ」
「確かに船長たちの種族は・・・。それにしてもアンソニーは父親のフリーにそっくりだね。彼とは長いつきあいだったからよくわかる。そのうちきっと自信を持ってくれるよ」
「そうね。そうでなくっちゃ私に食べられた彼が浮かばれないわ」
それまで泣き続けていたアンソニーが泣き止んだ。
「今何て言ったの?」
「そうアンソニーいつまでも泣いてるんじゃないの。パパみたいに強い男になって、いいお嫁さんをもらって、そしてそのお嫁さんに食べられる。それが私たち種族の男としてのまっとうな生き様なんだから」
「じゃあ、ママはパパを食べたの?」
「もちろんよ。私たちは子供を産む前に夫を食べるのよ。だからあなたが生まれたの」
アンソニーは今日一番の泣き声を上げた。
「嘘だーーーーーーーーー!」
楽しんでいただけましたでしょうか。