恋の色相
投稿2作目。
前作とはまた毛色を変えて。
春の日差しが、ぽかぽかと差し込む日曜日。
……皆さん、自分のお仕事に夢中で、誰もわたしの事など気に留めていないみたいね。
わたしは寝床を抜け出すと、こっそり建物の外に出る。軽くスキップしながら中庭を通り抜け、そのまま堂々と塀の外へ。
大通りに出て周囲を見回す。
春の街は華やかだ。
あちらでもこちらでも、ふわふわ、ひらひら、くるくると、色とりどりの光が漂い、舞い、踊っている。
これは、人の感情の光。
恋する人の、心の輝き。
わたしには、それが見える。
どうやら他の人たちには、この光を見る力がないらしい。
こんな素敵なものが見えないだなんて、ほんと、可哀想ね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あちらでは、小学校に入りたてくらいかしら、負けん気の強そうな男の子が女の子に向かって手を差し出している。
その手のひらにのっているのは……
え? ……セミの脱け殻?
男の子から女の子に向かっているのは、5月の日差しのような、まっすぐな橙色の光。
……えーっと。
……たぶん、プレゼントのつもりなんでしょうね。
……あらあら、泣かせちゃったみたい。
女の子からも男の子に向かって出ていたはずの、淡い桃色の柔らかい光が、すぅっと小さくなっちゃった。
男の子くんがおろおろしてる。
なだめるのはたいへんだろうけど、がんばってねー。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
道の反対側のオープンカフェには、べたべたとくっつく若いカップル。
……あら? 男の人の方からは、赤やら紫やら混ざり合った炎みたいな光がメラメラ噴き出してるのに、笑い声をあげてしなだれかかってる女の人からは、チラリとも光を感じないわ。
お─い。 そこの男の人ー。 その女の人、あなたの事、全然好きじゃないですよー。
あなた、騙されてますよー。
……なんて、いちいち教えてあげたりしないけどね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……まあ、凄い。
向こうのベンチのお爺さんとお婆さん。繋いだ手から金色の光が溢れだして、くるくる周りで渦巻いてる。
お年を召しても、すっごくらぶらぶなのね。なんて綺麗なんでしょう。なんて素敵なのかしら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕暮れ近くまで街を回って、いろんな光の乱舞を楽しむ。
初恋の、淡い桃色。
情熱的な、赤や紫。
純粋な、黄色や橙。
片想いや不倫の、暗い青。
澄んだ色の光もあれば、ちょっと濁った光もあるし、恥ずかしそうに弱々しく向けられる光もあれば、ちょっと光量強すぎない? って文句を言いたくなるような光もある。
けど、だけど。どれも素敵。みんな綺麗。
そろそろ戻らなきゃね、と振り返るその横を、小さな男の子と女の子が走り過ぎる。
あ、さっきの子たちだ。
小さくて可愛らしいけれど、しっかりと繋がれた二つの手。
……あらあら、うんうん、どうやら仲直り出来たみたいね。
二人が揃って地面を蹴るたびに、橙と桃色の光の粒がサイダ─みたいに弾けて輝く。
日曜最後の締めくくりにふさわしい、うっとりするような素敵な眺め。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……ああ、今日も1日、楽しかった。
上機嫌で自分の部屋に戻り、こそこそと寝床に潜り込むことにする。
周りの白い服を着た人たちが、ぼそぼそと話す声が聞こえた。
「──ずっと寝たきりなんだろう?」
「……もう十年も眠り続けてる」
「──それだけ経てば、脳も萎縮するはずだろうに」
「……だが不思議な事に、脳波をはじめ、各種の数値は活発な脳内活動を示している。ただ眠っている健康な人と変わらん」
「──確かに、表情も穏やかで、まるで笑ってるみたいだ。……いや、今、実際笑わなかったか?」
「……まるで、綺麗で楽しい夢をずっと見続けているようだ」
「──実に美しい。これだけの美人が、恋も知らずにただ眠り続けるとは勿体無いな」
「……全くだ」
……むう。
恋も知らずに、だなんて失礼しちゃう。
わたしは知ってる。恋する心の輝きを。
その美しさも激しさも。
狂おしさも甘やかさも。
成就した時の輝きも、切なく散った時のきらめきも。
あなたたちなんかより、ずーっと、ずーっと。
わたしの方が知ってるんだから。
──まあ、しょうがないわよね。
──この人たち、わたしがこうして毎日のように身体から抜け出してることにも、ぜんぜん気づけてないみたいなんだから。
ちょっぴり感じた憤慨を振り払いながら、わたしは寝床──水槽の中にぷかぷかと浮かぶ、自分の肉体の中で。
今日もまた、ひそやかな眠りにつくのだった。
fin.
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