冷たき来訪者Ⅶ
「ちょっと待って‼ 今あそこには……」
と、美咲の右腕を掴む。
「どうしたの? 何かあるの?」
「い、いや……」
そのまま俯いて、露天風呂の方へと走り出す。脱衣所の扉を開け、外の扉を開けると違う景色が見えた。
さっきまで凍っていた柱や氷っていた露天風呂が元に戻っていたのだ。
灯真は、唖然としていた。
いつの間に元に戻ったのか。さっきは幻だったのか。頭が痛くなる。
「灯真、何もないじゃない。普通の露天風呂よ」
「いや、何でもない。母さん、部屋に戻るね。ゆっくり浸かっていなよ」
灯真は、そのままさっきの部屋に戻った。
部屋に戻ると、小さなこたつのテーブルの上に美味しそうな夕食があった。
今夜はおでんだ。中央にある鍋の中におでんがある。その周りには野菜や漬物などが並べてあった。
「おや、もう上がってきたのかい。ちょっと待っていてね。美咲が上がったら夜ご飯にしようかね」
和恵にそう言われて、灯真はコタツの中に入るとテレビを点けた。
この山間部にもテレビが届いており、画面が映る。新潟は、自分が住んでいる剣とは違い、三、四局程多い。
二十分くらい夜のバラエティー番組を見ていると、美咲が髪をタオルで拭きながら部屋に入ってきた。香りのいいシャンプーの匂い。そして、地味な服があまりに似合わない女性である。
「さて、みんな揃ったことだし、食べましょうか」
和恵がそう言うと、三人は両手を合わせた後、箸を手に取って、夕食を食べ始めた。
おでんを皿に移して、大根を口の中へと入れる。味のついた大根の汁が口の中で飛び散る。
醬油と出汁、大根の汁が絶妙なバランスで合わさっている。
その後も卵、牛筋、こんにゃく、ちくわなどを食べながらテレビを見た。やはり大晦日前の三十日は、特番が多い。
食べ終わる頃には、午後八時を過ぎていた。辺りは真っ暗で近所の家の電気の明かりしか見えない。今年もいよいよ終わりを迎える。一日と三時間弱後には、新たな年となる。そして、また三五六日がリセットされて、一からスタートするのだ。
人間の一生は、大体八十歳と言われている。
灯真は、現在十五歳。後六十五年はあるが、人はいつ死ぬのかも分からない。明日死ぬかもしれない。もしかするとこの数秒後、突然死ぬのかもしれない。人の寿命は、一体誰が操作しているのだろうか。自分自身、それとも神なのか、それは目の見えないもので出来ている。
寝床を訊くと、毎年泊まっている二階にある階段のすぐ目の前の部屋だ。
洗面所で歯を磨いて、部屋に戻り、荷物を持って先に寝室に一人で向かった。
ドアノブを回して、柱についている部屋の電気のスイッチを押すと、明るくなった。
ここに来ると、この部屋は自分以外誰も使わない。だから、そのほとんど、私物が置いてある。
「掃除はされているんだ……。布団も敷いてあるし、ありがたいな」
そう思いながら扉を閉めると、荷物を床に置き、バックの中から勉強道具を取り出した。
近くには天井までの高さのある古い家紋印が入った棚があり、小さなテレビが置いてある。元々この部屋は、置物として使われてきたらしい。
あらゆるところに、古傷があり、この家の歴史が分かる。
黙々と冬課題の残りをやり始め、年内に今年のことは今年中に終わらせようと思っている。国語、数学、英語、理科、社会の五つは、高校入試に欠かせない教科である。昨日までに数学、理科、社会は終わっていた。この中で特に苦手なのが英語である。日本語と英語、どちらも理解していなければならないからだ。
シャーペンを回しながら考え、次第に長続きなど面倒になってきた。暇つぶしにテレビを点けて、布団の上で横になっていると、いつの間にか疲れもあるのかそのまま眠っていた。