冷たき来訪者Ⅵ
「じゃあ、俺が悲しそうな顔をしているってなぜで分かる?」
『その優しそうな笑顔の裏には何かあると思ってな……。それにお前はここに来るのは嫌なのだろ? 人間と関わるのは面倒だ。そんな事を思っているんじゃないのか?』
「お前、そんな口調な割には優しいんだな」
「ふん。私は優しいのではない。ただ、人の子を食べるだけに話しているだけだ。馬鹿者!」
「ははは……。確かにそうかもしれない。ここに来ると毎年憂鬱になるんだよ。正月には、親戚が集まり、つまり、人が多く集まるんだけど……。俺みたいな妖の視える人間がいたらどうなる? 気持ち悪いだろ? 小さい頃、この家で騒ぎを犯したことがあるんだ。その時以来かな、ここに来るのが嫌になったのは……」
もう一度、湯船に浸かり直し姿の見えない女と会話をする。
『なら、貴様は人が好きなのか、それとも妖が好きなのか、どっちなんだ? 人とは生きている時間が短い。その中で嫌な事ばかりではないのか?』
「そうかもしれない。俺はどちらも好きとは呼べないよ。人も妖怪も俺はどちらも選べない。ただ、それだけだよ」
『面白くないな。なら、貴様がここにいる間に私が貴様を食べてやる。貴様が逃げ切れば貴様の勝ち、もし、貴様が食べられたら貴様の負け。どうだ? 面白いルールだろ?』
女は、嬉しそうに話していた。
自分の獲物である人間に対して、勝負を挑んできているからだ。
「なんで、俺がこんなことをしないといけない! 関係ないだろ⁉」
『関係あるさ。貴様の力は諸刃の剣でしかない。もし、ここで殺されなかったとしてもいつかは他の妖に殺されるであろう』
「それならそれでいい。俺はお前達みたいな妖怪は嫌いだ。何もしていないのに何かを起こそうとする。なんで、人を襲うのが好きなんだ?」
『人を襲うのが好きだと? 貴様ら人間は、我ら妖に対してどのような悪事を働いてきたのか分かっているのか⁉ 代々人というのは、我々妖の里である野山に足を踏み入り、荒らし、妖の住む場所を奪った。彼らは私たちの話など聴こえもしない。人というのは、害のある生き物なのだ』
いつの間にか雪は吹雪に変わっていた。柱が少しずつ凍り付いていくのが分かる。
露天風呂の水も温度が下がっていき、氷っていく。
灯真は、すぐに露天風呂から上がり、下半身にタオルを巻く。お湯はすぐに氷が張られて、右手で軽く叩くとスケート場並みの氷の硬さだ。こんな事の出来る妖は氷を操る者しかいない。すぐに服を着替えると、一つ一つ、周りの柱を調べつくした。
だが、誰もいなかったが。ここに妖がいたことだけは分かる。妖力がついさっきまで感じたものと同じだ。
「ここにいたのか……。だが、もうここにはいないな」
灯真は、氷った露天風呂を見た後、すぐに家の中へと入った。
心臓の鼓動が早くなっていく。鋭い視線がこっちを見ているような気がした。
もし、その妖が本気になれば灯真はすぐに殺されるだろう。
周りの人間にも被害が及ぶ。早く、何らかの対策を立てておかなければならない。でも、妖怪を封じ込める術など、灯真は全く知らない。
「さて、これからどうするか……。どんな妖怪が俺を狙っているのかも分からないのに対策の使用が無い。あー、でも、何とかしないとまた嫌な思いしかしないからな」
ぶつぶつと独り言を言いながら廊下を歩いていると、美咲が目の前に現れた。
「灯真、もう露天風呂はいいの?」
「あ、うん……」
「だったら私も入ってこようかしら。今夜は寒いしね……」
美咲は寒そうにしながら左手には着替えの服を持っていた。
だが、あそこには氷の張った露天風呂しかない。気づかれる前に留めなければならなかった。