冷たき来訪者Ⅳ
靴を脱ぎ、奥の部屋へと歩き出す。近づくたびにテレビの音が徐々に大きくなってくる。
扉を開けると、奥の台所で老婆が料理をしていた。
髪の毛は黒より白の方が多く。しわが多くなった手を冷たい水で洗い流している。
「お母さん、ただいま。今、帰ったよ」
「美咲、お帰り。あら、灯真君もこんなに大きくなって、また背が伸びたんじゃない?」
「あ、どうも……。そうですか? 今年は三センチしか伸びませんでしたよ」
美咲の母親、つまり、灯真からするとおばあちゃんということになる。彼女の名は、和恵。今年で六十三になる。
この家は百年以上前の造りになっており、所々老朽化が進んでいるが、現在の最新技術で補強を行っている。この台所と繋がっている小さな部屋は、コタツとテレビ、ストーブ、小さな棚が置いてある。これくらいのスペースが一番居心地がいい。
「美咲、帰ってきて悪いけど、お正月の準備をするのに手伝ってもらえないかしら?」
「分かっているわよ。それで、まずは何をするの?」
「そうね。毎年、私が作っているおせち料理の手伝いをしてちょうだい。今日中に数の子を漬けておかないといけないのよ」
「はい、分かりましたよ。灯真、露天風呂の掃除をしてきなさい。終わったら先に入っていていいから」
バックを部屋の隅に置き、その上に脱いだコートをかぶせた。
灯真は、面倒くさそうに小さな溜息をつき、自分の荷物を置くと扉を開けた。
「ごめんね、灯真君。露天風呂は、好きに使っていいから……。あ、それと近所の温泉の無料券あげるから明日、明後日にでも行くといいよ」
部屋を出て行くときに言われた。
この家は普通の家とは違って、何故か露天風呂がある。近くには開かずの間の倉庫があり、いつも鍵がかかっている。その中に何が置いてあるのかは分からない。
廊下に出ると、右に曲がり、奥へ、奥へと歩いていく。薄暗い奥の部屋の手前をまた、右に曲がり、ガラス張りの襖を横にスライドさせると、脱衣所がある。
ズボンの裾を膝までまくり上げ、扉を開け、外に出た。
冷たい石が足の裏から伝わってくる。目の前には小さな露天風呂があり、掃除するのはその周りだけという状態になっていた。