冷たき来訪者Ⅲ
「大胆は大げさだろ? むしろお前の方が大胆というか恐ろしかったけどな」
「そうでしたっけ? 私、その時の記憶なんて覚えていませんよ」
「いいや、今よりも性格、その他もろもろ全て違っていたぞ」
「灯真様、私を怒らせたいのですか?」
その笑顔を笑っていなかった。口調は変わらない。これは本気で言っている。やろうと思えば、灯真を殺すことだってできるだろう。
灯真と少女の出会いは、今から四か月前の十二月下旬に遡る――――
× × ×
中学三年の最後の冬――――
毎年、年越し前になると母親の実家である新潟の山間部は毎年北海道並みの積雪量が降る。近くには露天風呂があり、時折、山から猿が迷い込んで一緒に湯船に浸かることがある。
この地方には昔から言い伝えがある。これが嘘か、真かは分からないが昔おばあちゃんに話してもらったことがあった。
男の所に美しい女が訪ね、女は自ら望んで男の嫁になるが、嫁が嫌がるのを無理に風呂に入れると姿が無くなり、男が切り落とした細い氷柱の欠片だけが浮いていた。と、おばあちゃんは少し、悲しそうに話しているのを今でも覚えている。
灯真は、そんな昔のことを思い出して目を開けると、雪一色の風景が一面広がっていた。車は目的地へと近づいていき、数キロ程度で着く予定である。
「あら、おはよう。ずいぶん寝ていたわね」
美咲がハンドルを握りながら前を向いて車を運転していた。
色とりどりの道路も真っ白になってどこが道になっているのか分かりにくい。唯一、前の車が通ったのであろうタイヤの跡が頼りである。
「母さん、あとどれくらいで着くの?」
「そうね。この雪だと後三十分くらいかな? スピードを出したいけど出せないしね……」
「ふーん。ここって電波が通っているはずだよね?」
「ここの地域は大丈夫なはずよ」
「いや、圏外になっているんだけど……」
灯真は、スマホの画面の左上を見る。微動たりとも圏外から電波受信中に変化しない。
十二月三十日、大晦日前日。後、二日も経てば年を越し、一月一日、元旦になる。一日の午後にはほかの地方からの親戚が集まり、共にご飯を食べる。だから、毎年、一日の午後になると居心地が悪くなるのだ。親戚が集まると、色々と自分のことについてお構いなしに訊いてくる。血筋が繋がっていると言ったからって、イライラしてしまうのだ。自分の家に帰るのは、四日である。
早く、一秒でも帰りたいと今年も思っていた。
持ってきた荷物の中には、高校入試対策問題集や冬課題、推理小説などの暇つぶしに時間を潰せるアイテムばかりである。衣類や食べ物は。母親と共通の大型バックに詰め込んでいる。
車の速度は、時速三十キロ前後を行ったり来たりして、なかなかスピードを出すことが出来ない。
雪は車の屋根の上や車体の窓の隙間に降り積もる。
外に出たらマイナス何度の世界が広がっているのだろうか。
山間部にある家は、これ以上に生活が大変なはずだ。
そう思いながら頭をぼーっとしているといつの間にか時間は過ぎていき、三十分後には母親の実家に着いていた。
ドアを開けると、凄まじい冷気が流れ込み、一瞬にして体温を低下させる。
息を吐くと、白い煙が出て、すぐに消える。
コートを羽織り、マフラーを首に巻くと両手をポケットに入れて外に出た。
古い大きな家は、雪に包まれて外見が全く分からない。人が入る玄関だけは雪掻きがしてあり、荷物を持って玄関の前まで行くと、美咲がカギを開けて先に家の中へと入っていく。その後ろを何も言わずにただついていくだけ。
家の中は暖かく、コートやマフラーは不要だ。