冷たき来訪者Ⅱ
「見た目は団子そのものだな? 凍ってもいなさそうだし食べられそうだが……」
「そうでしょ! 私が灯真様のために一生懸命作ったんですから美味しく食べてくださいね♡」
「雪ちゃん、あなたのために作ったんだから食べてあげなさい、灯真」
「母さん、いたのか」
キッチンで夕食の準備をしていた灯真の母・美咲が、微笑んだ。美咲にもこの彼女の姿が見えている。
「本当に害はないんだな?」
「はい」
少女は、はっきりと返事をした。疑いようのないその返事に灯真は、恐る恐る手を伸ばし、串の持つところを手に取る。
タレもしっかりとかけてある。どこからどう見ても団子そのもの。融けている様子もなく気体も発生していない。そのまま団子を口の中へ持っていき、一個味見してみる。
だが、思った通りだった。
見た目は団子だが、団子ではない。カモフラージュされたシャーベット状の団子だ。シャキシャキ感とモチモチが混ざったこの世で食べられるようなものではないほどの珍味だ。微妙にタレが合っていない。これならハチミツやジャムの方が合っている。
歯に冷たさが伝わり、全身に広がっていく。
「冷たっ! 雪! これ団子じゃないぞ! 見た目は本物だが、シャーベット状になっているぞ!」
「私のせいにするんですか! 息を吐くとき、間違って冷気出してしまっただけですよ!」
「それがダメだって言っているんだろうが! 大体、一度は自分で味見してみろよ」
「味見はしましたよ! 美味しかったですよ」
「雪の舌じゃ、俺の舌に合うわけがないだろ? 母さんに頼めばおいしいかどうかわかるだろ?」
「そうしてみたんですが、『作った相手に対して込められた料理は食べられないわ。もったいない』と言われました」
「逃げたな……」
その言葉を聞いて、無視しながら鼻歌を歌っている美咲を見た。彼女はこちらを一度も振り返らず野菜を切っているが、呼吸の回数が少し乱れていることにすぐ気が付いた。
少女は、涙目になりそうで顔をうつむき、反省している様子で椅子に座っていた。
灯真は仕方なく残り三個を少しずつ噛み砕いて、口の中へ入れていく。これを残り三つだと思うと、明日、自分の体調がどうなっているのかが怖い。お腹を壊しているのか、下痢状態なのか、あるいは凍死しているのかもしれない。
食べるたびに前頭葉の部分に頭痛が走る。夏にかき氷を食べる時と同じ症状だ。
残り一個になると突然、灯真は食べるのをやめた。
「どうしたのですか?」
「あ、ああ……。最後の一つはお前が食べろ。それくらいはお互い様だろ?」
「……仕方ないですね? まあ、主の命令なら仕方ないですけど」
ちょっと怒っている仕草が可愛かった。
彼女は、残った団子を一口で食べ終えると自ら流し台に持っていき、皿を洗い始めた。
灯真はその後姿を見て、どこか懐かしく思った。
彼女の皿洗いが終わると、灯真は立ち上がって鞄を持ち、二階にある自分の部屋に向かった。
「待ってくださいよ、灯真様~!」
後ろから少女が追いかけてくる。灯真は、足を止めずに自分の部屋に入り鞄を放り投げると、窓を開けて、オレンジ色に染まりだした空を見つめながら、その場に腰を下ろした。少女もまた、目の前に正座をして微笑みながらこちらを見る。
「何笑っているんだよ? そんなに俺の顔がおかしいか?」
「いえ、そんな事はありませんよ。それにしても春はもうすぐ終わりを迎えるのに美しいですよね。この街は……」
「そうだな。この夕焼けを見ると、あの日のことを思い出さないか?」
「そうですね。あの日は、私にとって忘れることのできない思い出です。だって、灯真様ったら大胆でしたよね⁉」
手を頬に当てながら、嬉しそうに激しく妄想をしていた。
あまり中身の内容を知りたくない。
絶対に百パーセント自分じゃない別人が出来上がっているからである。