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私の目、僕の目

作者: パテうめ

目に関する特殊性癖です。苦手な方もいらっしゃると思いますが、それを把握の上でお読みください。

 あれはいつのことだったか。とにかく覚えていられないほど小さな頃。

 初めてその色を見た時に、私の心は一瞬にして奪われた。

 その色を見た時間は僅か数秒だったが、体感時間を何倍にも引き伸ばして、記憶に焼き付けるように凝視した。

 綺麗。

 感想はシンプルだった。

 思わず手を伸ばしたが、その時にはその色は見えなくなっていた。

 あまりにも鮮烈な記憶。その数秒は私の人生を左右するには十分すぎる時間だった。





「今回もまた上手くいかなんだ……」

 先ほどまで一緒に居た男性と別れて、溜め息と一緒にやるせなさを吐き出す。それと同時に足元に沸いて出た黒い靄を踏み潰す。特に何の感触も無く靄は霧散した。

 昔から見える黒い靄は私や周囲が負の感情を抱くと現れる。これが何かはよく分からないので、とりあえず踏み潰すことにしている。その行為に意味があるかは分からないが、僅かばかりのストレス発散には丁度いい。

 一度だけ人くらいの大きさに成長している靄を見た事があったが、何をするわけでもなく、私が蹴飛ばしたら霧散した。

 不思議な事に靄は右目でしか確認出来ない。理由はこれまた不明である。

 靄は黒色だけではなく、例えばポジティブな感情があると黄色になったり桃色になったりもする。桃色のは多分アレだ。自主規制が必要になるやつだ。

 一部が桃色になってたりすると、どこからともなく黒いのが沸いてくるから面白い。そういう時は特に気にせずにその場を離れる事にしている。特に害はないし。

 閑話休題、先ほどの男性に対して、私の言動の何がいけなかったのかサッパリ理解出来ない。

 いや、友人にはよく指摘される。それでもその指摘が何故いけないのか理解出来ないのだ。

 曰く、私の性癖はアブノーマルすぎる。

「変えるとか止めるとか、そんな一朝一夕に出来るはずないじゃん」

 フェチってのは人によって様々だろう。簡単に変わらないのが性癖なのだ。追加されることはあっても減る事は滅多に無い。

「ふーんだ。私にだって選ぶ権利くらいあるんだもんねー」

 恋愛において散々負け続けている事は横に置いて、あれは負けではなく勝ちなのだと精神的に勝利しておく。

「大体、濁り過ぎて私の好みじゃないし」

 そうでないと私の精神が持たないと知っているから。

「あぁ……理想は遠い……」

 友人に言われなくても、私のこの性癖はあまり一般的ではないと知っている。かといっていつまでも隠せるものでも無い。注意していても思わず口から漏れてしまうのだ。

 ちなみに一般的ではなくても一定数私と同じ性癖を持っている人は居る。どんなジャンルでも「私一人だけ」なんてことは無いと知って安心したものだ。

 だけどそれは少数派であって、普通の人に曝け出せば引かれるのは当たり前だ。

「だって好きなんだもん。仕方ないじゃん」

 それはとても綺麗なもので。どんなそれだって綺麗なのだ。先ほど濁っていると言ったが、それはそれで良いものなのだ。

 なら性癖が同じ人と付き合えばいいと思うだろう? それがそんな簡単な話では無い。

 男女で性癖を暴露するタイミング。それは一体何時なのか。最低でも気の置けない仲にならないと言えないだろう。そして気の置けない仲になる人は少数で、その少数にさらに少数の性癖が同じもの同士がピンポイントで入っていることなど滅多にない。

 理想は理想。だけど実際に存在したものだ。あの日私を虜にした色を、私は未だに覚えている。

 現実は現実。様々な色があり、体調と環境次第でその深みを変えるそれは、理想とは遠くても美しい。

 理想はあくまでも理想であって、現実に求めるべきでは無い事も分かっている。

 そしてこの厄介な性癖はどこまでいっても、狂おしい程どうしようもない私の性癖だ。どうにも変えられず、悶々とするしかない。

「あぁ……舐めたい。ペロペロしたい。舐めて欲しい」

 こんなこと呟いていると変態かと突っ込まれそうだが、特定の部位に欲情する事は多いと思う。

 男性だって女性の胸だとかお尻だとか太ももだとか、好きだし撫で回したいしペロペロしたいと思うはずだ。

 それは男性だけではなく女性だって同じなのだ。一部の男性は女性に夢を持ちすぎな気がするんだよね。まぁ逆もまた然りなわけだけど。

 だから私が好きなところを舐めたいと思っても全く不思議では無い。

 とはいえ、誰でも良いのかと言われたらやはり否である。

 街を歩いていて色々な人のを見て。それだけなら「綺麗だな」で終わる。好きな人のだからいいのだ。大好きだから欲望が強くなるのだ。

 また、これから付き合う人には私がそうであると知っていて欲しい。私がそういう事をしたいと知っていてくれないと、後々私が困る。

 だから私は問う。貴方は私を受け入れてくれますかと。

 性癖に目覚めて二十年前後。今まで私を受け入れてくれた人は居ない。

「……やっぱ、簡単じゃないよね」

 そう呟いてから顔を上げたところで、私の身体に電撃が走った。

 その色が目に映った瞬間、脳が痺れ、指先まで血が巡り、膝が笑い、何故か涙が溢れてきた。

「……うそ」

 頬を抓る。

 アドレナリンがドバドバ出ているのか、全く痛くない。

 爪を立てて捻る。

 頬に爪痕が残るほど強く抓り、夢じゃないと確信する。

「絶対に」

 人間は時に卑怯で、賢くて、消極的で、積極的で、貪欲だ。

 そこには、かつて私の心を縛り付けた理想があった。






 何はともあれ、情報収集である。

 多分道徳的に駄目な事をしている。

 だがしかし、果たしてここで諦める事が出来るだろうか。いや出来ぬ!

 ……というかだ。

 さっきまでの私は相当問題のある精神状態だったらしい。今もか。

 だって無意識、無自覚で『理想』をストーキングしていたのだから。

 通報案件だよ。……普通なら。

 目の前の余りにもアレな状況のお陰で冷静になれたのなら、ある意味感謝してもいいかもしれない。

 今一度冷静に出来事を整理するため時は少し遡るが、『理想』は地味な人だった。あまり目立たないように黒いコートを羽織って、左目が隠れそうなほど長い髪がより存在感を消していた。

 右目には眼帯がしてあるが、昨今目の病気は無数にある。眼帯自体が珍しいとは言えないだろう。つまるところ、観察するぶんには普通の人だった。

 雲行きが怪しくなってきたのは……というより、なんとなくおかしな事をしているなと感じたのは彼が木々生い茂る森の中へ入って行き、山を登り始めた辺りからだった。

 コートを着ているとはいえ、吐く息はまだまだ白い。木々が光を遮り、足元にはうっすらと白く靄が立ち込めている。……踏み潰しても消えなかったので、純粋に自然の物だろう。

 その山は、奥地に行くと磁気が狂うことで有名だった。

 寒空の下、『理想』はまるで直ぐ近所に買い物に行くような足取りで奥へ奥へと突き進んでいく。

 この山に入るには荷物も装備も圧倒的に足りていない。まるで自殺者のように感じたのも無理からぬことだろう。

 そしてそれに付いて行く私も明らかに装備不足の異常者なのだが、この時はそこまで頭が回っていなかった。とにかく『理想』を見失わないように必死で、かつ彼が仮に自殺者ならば全力で止めてやると奮起していた程だ。

 そんな鬱蒼とした木々を避けて進むこと暫く、今度は広く開けた場所に出た。木々が何かを避けているかのような、大きい円径の広場だ。

 こんな場所がこんな所にあったなど、初めて知った。が、今は私の感傷よりも彼の事。

 そこでの彼の行動もまた意味不明であった。

 広場の中央まで進むと、彼は唐突に大の字になって寝転んだのだ。

 深呼吸を数回。大きく胸が上下する。グッと手足を伸ばすとリラックスするように脱力。

 一体このような場所で何をしているのか。

 そんな疑問も理想の彼がゆっくりと眼帯を外した時には一瞬で飛んで消え、知らぬ間に涎が出ていた。我ながら変態である。

 変態である事を自覚しながら『理想』を見ていると、不覚にも叫んでしまいそうな驚愕に見舞われる。

 眼帯で隠されていたところには、あるはずの眼球がなく、ただポッカリと孔だけがあった。

 通常視力を失っても眼球自体を失うわけではない。また、仮に眼球を失っても義眼を入れて眼窩を保護するため、ポッカリと孔が開いているなんて状況は殆ど無い。さらに言えば、瞼が閉じられていれば気付くことも無い。

 だが彼は違う。

 眼窩の周囲には罅割れたような皮膚があり、瞼が下りてくる様子は無い。まるで目を閉じるのを拒否するかのように皮膚が固められている。閉じられない眼孔には肉のようなものは見えず、闇のような黒々とした孔が開いていた。

 対してもう片方の目は、片側の輝きを補うようにキラキラと金色に輝いている。黒目はまるで孔へと吸い込まれたのかと思うほど縦に細かった。その瞳は燃えるような意思の力を感じさせると同時に、凪いだ小麦畑のように穏やかに感じる。

 自分が観察されている等考えていないのか、彼はのんびりと大きく欠伸をした。

 眠たげに細められた金色の目と一切形の変わらない漆黒の目。その対比があまりにも歪で、妙に背中がムズムズした。

 欠伸をする前はとても力強い目をしていると感じ、かと思えば今はまるで子供のような目ではないか。

 辛抱たまらんと今にも足を踏み出しそうになった時、それは起こった。

 ボウっと脱力をしているその男の周囲に、何処からともなく煙のような濃い霧が立ちこめる。

 なんだこれと霧を踏みつけても消えず、『理想』が見えなくなるじゃないかと憤慨していると、なんと彼の身体が徐々に大きくなっていくではないか。

 濃霧が男の身体を完全に覆い隠すと、やがて私の周囲も伸ばした腕が視認出来ない程に視界が奪われていった。

 霧が出ていたのは僅か数分。

 やっと前方が見えてくるようになると、私の目の前には片目を閉じて伏せをしている大きな生き物がいた。

 ……

 ……

「(え?)」

 意味が分からない。

 生き物、と濁したがこれはなんと言ったら良いか。

 いや、なんと言う風に表現すれば良いのかなんて分かりきっているのだが。

 閉じられた左目。周囲を鱗に囲まれてピクリとも動かない黒々とした孔。

 目の前に居るのが先ほどの男だったものだと分かってしまって、思わず後退りしてしまう。

 大きな体躯。地面に丸められた尻尾。ギチギチと音が鳴りそうなほど敷き詰められた鱗。四本足。目から遠く離れたところまで伸びた鼻と口。背中から生える巨大な羽根。

 その姿はまるで一部の爬虫類のようで。

 ……まぁ、その、なんだ。

「(どう見てもドラゴンです。おっきいトカゲですねわかります)」

 それは竜と言われるようなものだった。

「(って、なんじゃそりゃあ!)」

 ……と、ここまできて冒頭に述べたように自分のした事とか今の現状とかを認識出来るようになったわけだ。

 混乱が解けたような、新たに混乱を受けたような。

 こんなファンタジーな事が現代にあっていいのか。

「(どうすりゃいいのさ。どうするべきなのさ。どう動くのが正解なのさ)」

 控えめに言って怖かった。

 それも当然だ。自分の経験した事が無い体験。物語でしか見た事の無い、熊を遥かに超える巨大な生物。そんな未知の塊が鼻先に居るのだから。

 そんな中、『彼』の鼻がゆっくり息を吸い込んで……

「わぷっ」

 ブワッという途轍もない風を受けて、盛大に後ろに転がった。鼻息で吹き飛ばされるという珍しい経験をした。

『……んぅ?』

 私が転がった音を聞いて、目の前の『彼』が大きな音を鳴らす。

 これほど眼前に居てのんきに眠って気付かないとか、野生のアレコレはどうなっているのだろうか。

 そんな呆けた事は、『彼』が起きたと同時に吹き飛んだ。

『何者だ?』

 ゆっくりと目が開かれる。

 私の目に大きくて綺麗な金色と、縦に長い黒が飛び込んできた。

 その瞳は、初めてそれを見た時の衝撃より、とてもとても大きくて……

「貴方の瞳を舐めさせて下さい」

 気が付いたら私の額は地面に擦りつけられていた。

 この竜の目に秘められた魅力と衝撃は、私の理想を遠く遥かに置き去りにしてしまうほど、強力な魅力を持って私の理性を蹂躙していった。

『……はぁ?』

 私の華麗な土下座を持って、その瞳を持つ貴方を全力で愛そうと思います。

 この日、眼球フェチである私の『理想』は、さらに大きな魅力を持って大幅に強化されてしまった。






『お前は何を言っている?』

 頭の中に直接響くような声が、私に問うた。

「何って?」

『……何が目的なのかサッパリだ』

「愛してます結婚しましょう」

『頭が可笑しいのではないか?』

 溜め息がゴウ――と響き、髪の毛が暴れに暴れる。酷い言われようと溜め息だ。

「思えば初めて見た時から貴方の事が頭から離れなかったんですよ」

 髪はグシャグシャであったが、そんなことは気にしないとばかりにアピールを続ける。

『今が初対面であろうが』

「いいえ、もっとずっと前に一度」

 私が理想を間違えるはずが無かった。もっとも、その理想もある種偽りのものではあったのだが。

『……お前には覚えが無いが、そもそも我はコレだぞ。お前達とは何もかも違うだろう。というかお前、一体どうやって入ってきた』

 コレとは見ての通りの竜種だということだろうか。人と違うからなんだと言うのか。

 一体どうやって入ってきたのか? その意味は良く分からないが、素直にストーキングしてきましたとは言えない。

 総合して私は色々な事をブン投げた答えを返す。

「そんなことは関係ありません」

 どうでもいい。私がここに居る理由も、彼が人と違う云々も。

「それに人型になれますよね」

 そう聞くと、彼は「知っていたか」と言わんばかりに目を見開いた。

 あぁぁぁ! いい! 凄く綺麗です! ぺろぺろさせてください! と叫びそうになったが、なんとか堪える。褒めて。

『なれるが、……あれは疲れる』

 溜め息と一緒に目が細められる。それもまた良い。

「じゃあならなくていいです」

『良いのか』

 目は口ほどに物を言うなんて諺があるが、私はそれを実感している。とても感情豊かなドラゴンさんである。

「姿形なんて些細な問題です」

『ずいぶんと大きな問題だと思うが』

「私にとっては割りとどうでも良い事です」

 そもそもこれほどの理想と出会えているのだ。それが人間じゃないからといって何だというのか。

 人間ってやつは、物語の中でエルフが居れば好きになるし、ドワーフが居れば酒を飲み交わして好きになるし、姫が居れば攫われたのを救った上で好きになるものなのだ。今更竜だからと言って好きになれないはずがない。

 というか範囲外ならどんな目をしていてもお断り。それは相手が人間であろうと関係無い。

 出会い頭求婚した私が言うのも可笑しいが、本能的に無理と言うのは人間にだって居る。ならば本能的に「結婚しよう」と言うこともあるはずだ。

「そもそもこの世界に溢れている創作物って、何故魔物が高レベルになると人型になるのでしょう? 割と効率が悪いと思うんですが」

 竜だからとか人間だからとか考えていて、ふと思い浮かんだ疑問を挟むと、彼は律儀にも答えてくれた。

『話が急に飛ぶ女だな。それに関しては、手で道具を使えるというのが大きいと思うぞ。四足ではどうにも不便だからの』

 大きな左前足を持ち上げて、爪だけを使って器用に葉を一枚だけ取る。

 細かい事をするのは確かに便利ではある。だがそれは人間サイズのものを大きな姿で活用するからで、大きいなら大きいなりのものを用意すればいいではないか。

『土地が足りぬ』

 圧倒的説得力で返された。

「別に足二本腕二本である必要なんてないじゃないですか。足四本腕四本でも良くないですか」

 人型に合わせる必要は無い。身体を小さくして腕を何処かに生やすような変化とかでも良いのでは? という疑問には、

『そういう形で成功している生態を見ていないからこそ、そうしようと考えられないのだろう』

 と、端的に返された。

「高レベルで強くて知識レベルも人間以上なのに?」

 人間に変化する魔物の物語では、大半が人間よりも優れた能力を持っている。人間よりも優れているなら、人間では考えられない有用な姿形など幾らでも考えられるのでは無いか。

『生み出すのは人間の最も優れた能力だ。物語や道具の発想、創造に人間以上に優れた種は存在しない。人間を真似する事でその発想、創造に到れぬかと考えるのは納得できる』

「そんなものですか」

 やはりファンタジー的存在はファンタジー的存在に関して詳しいのだろうか。謎だ。

『そんなものだ。それで?』

「それで?」

『何故我がお前と番にならねばならない?』

 どうやら彼はあっちこっちにいった話題を戻そうとしているらしい。話題があちらこちらに飛ぶのは、私が未だ混乱しているからか、それとも元来の性格からか。まぁ、どうでもいいことだろう。後者だと思うが。

「私が貴方を好きだからです!」

『何がどうなってその結論になるのかサッパリだ。我はお前を好んでいない』

 何故結婚するかなんて、考えるまでも無い。だが、彼の立場を考えれば当然の疑問である。

「まぁそこは追々と言う事で」

 だがそんな事はどうでもいい。好きではないのなら、好きにさせれば良いのだ。

『大雑把な人間だな』

「ところで、貴方は一体どうしてこんなところに?」

 昔は竜が居たなんて話もあるが、所詮は空想上のものである。実際今の今まで竜なんて見た事無いし、他の希少種も見た事が無い。だが、存在しないはずの生物がこうして目の前に存在するのだ。もしかしたらファンタジーはファンタジーじゃなかったのかもしれない。

 そしてこんな存在がこんな近くに居るのなら、もっと騒ぎになっているはずだった。

 私は足元に沸いてきた黄色い靄を反射的に踏み潰しながら問う。

『なんでもなにも、我は昔からここに居るぞ』

「へ? そうなんですか?」

『基本的にここから出ないがな。今までここから出た事があるのは……そなたの片手で足りる程度だ』

「oh……その貴重な二回に私は遭遇していたわけか」

 どれだけ奇跡的な確率だったのだろう。

『そしてこの地には人が寄り付かないように結界が張ってある。まっすぐ歩いているつもりが曲がっていたり、人の機械を狂わせたり、そもそも近付こうと思わないようにな』

「わぁ、結界とか自発的に磁気を狂わせるとか、さすがファンタジー的存在はなんでも有りですね」

『お前は入れたがな』

「あははー、ナンデデショウネー」

『まぁ、それは良い。種は割れた』

 種も仕掛けも無いのだが。割れる種など無いのだが。

『そうそう、別に言葉はそう畏まらなくても良い』

「へ?」

『変に遠まわしで堅苦しいわ。滅多に人となど話さぬ故、もっと楽に構えよ』

「あらそう。意外とフレンドリーね」

『プライドで腹は膨れんし、孤独も無くならん。威張ったところで意味も無い』

 なるほど。どうやら私は暇つぶしの一助として考えられているようだ。それなりに無礼な態度を続けていた自覚はあるのだが、出て行けー! とならなかったのはそう言うことらしい。

「それならちょっと聞いてみたいんだけど」

 聞くのが躊躇われることだったが、竜は「構わん」という態度を崩さなかったので、聞いてみることにした。

「その目はどうしたの?」

 その目とはポッカリ開いた眼窩のことである。何かの病気だったのだろうか。目を失ったのは最近の事なのだろうか。

『昔、人間に瞼ごと抉り取られた』

 なんでも無いようにサラリと語られた。

『今に比べればまだ幼竜だった頃だな』

 ……その言葉を聞いて、自然と目から涙が流れてくる。

『何故お前は泣いている』

「だって、だって」

 考えたら分かるだろう。小さい頃。子供の頃に目を抉られるなんて、どれほど痛く辛い事だっただろうか。

 考えなくても分かるだろう。

「その綺麗な瞳を奪った奴が心底憎い」

『オォ……想像の斜め上だ』

「可能ならば了解を得て私が欲しかった」

 超羨ましい。私も欲しい。故に奪った奴は死すべし。

『流石に断る。両目が無くなるのは厳しいでな』

「今からでも探し出して奪い取ってやろうか」

 泥棒も辞さない。

 そんな決意を密かに決めていると、彼はグルグルと喉を鳴らしながら笑った。

「何か可笑しかった?」

『あぁ、可笑しい。可笑しいとも。思えば俺の目を抉った奴もお前のような女だった』

「なるほど、花が咲くほど可憐であったと」

『奴も眼球好きな変態であった』

「へんたい」

『それに、奪うなどもはや不可能で意味も無い』

 それを諦めるなんてとんでもない! とか考えつつ、そういえば物語では竜の目は最上級の薬になるのだと思い出す。

 何年前か分からないが、竜が大人になるにはとても長い時間が必要なはずだ。この竜はパッと見……竜の年齢なんて全然分からないけど、多分大人。その出来事が子供時代ならば、私が想像出来ないほど長い時間が必要なのだろう。

 それだけ長い時間があれば、とっくに全て磨り潰され、薬にされているに違いない。

 だけど密かに売り出されているというのも可能性の一つとして残しておきたい。

『だが、そうか……長い時間が経ったものだ』

「一人で勝手に黄昏ないでいただけますかー」

 私も居るんですけど。私に理解できるような会話を所望します。

 竜はまたもやグルグルと喉を鳴らして、私の頭を爪で撫でた。

『うむ、やはりこの身体は大きすぎて細かな力加減が難しい』

「だから人の姿になったの?」

『暇つぶしも兼ねていたが、概ねそうだ。何せこの身体ではまともに友愛を交わすことも難しいからの』

 力を制御して身体を小さくするのに苦労したものだと笑う。

「私としてはその姿の方が瞳に力があって好きなのだけど」

 眼前いっぱいに広がる金色の瞳はとても美しく、饒舌に尽くし難い。

『まぁそう言うな。やはり何かと便利なこともあるのだ』

「ふぅん」

 勿論小さくなったときの瞳も十分綺麗なのだが、竜の時のような力強さは幾分か見えなくなる。それは残念だが、彼が納得していれるのなら私がどうこう言うのも野暮というもの。

『ところで、今更なんだが』

「なんだが?」

『お前の名前はなんと言う?』

 ……そういえば。

 自己紹介してませんでしたね。それをすること無く求愛行動をとっていたんですね。

 ついでに言えば目の前のドラゴンさんの名前も知らないんですね。







 クスクスという笑い声が部屋の中に木霊する。

「どうしたんだい?」

 笑い声に反応したのか、目の前の青年が疑問を飛ばす。

「いえ、昔の事を思い出していて」

 私は彼に思い出していた事を語ると、彼は「あぁ」と呟きながら、私の頭を爪でカリと引っかいた。

「もっと普通に撫でてくれてもいいんだよ」

「昔を思い出したのならコレでいいかなと」

「悪くは無いけど」

 悪くは無いけど、もっとダイレクトに触れ合える手段があるのにそうしないのはなんとなく不満がある。

「流石にもう奪いたいとか物騒な事は考えて無いよね」

「……」

「否定してよ」

「まぁ、別に、いい、です」

「否定が弱いなぁ」

「いいの。別に、奪わなくてもあるんだから」

 そう言うと私は、対面に座る彼の膝の中へと移動した。

「ん」

 彼の顔を見上げるようにして、その頬に口付け。

 向かい合わせるように身体を捻りながら、口から舌を出して右頬を撫でていった。

「……好きだね。君も」

 やがて黒々とした孔へと舌が辿り着き、その縁を確認するようになぞっていく。

 背中がゾクゾク震え、右目の端に桃色の靄が確認出来た。

「……っは、……貴方も、舐めていいんですよ」

 そう言って私は、靄の見える右目を指差した。

「僕に眼球舐めの趣味は無いよ」

「残念。私は貴方が私の眼球を舐めるところを想像しただけで桃色の靄が飛んでくると言うのに」

「それさ、僕の眼窩縁を舐めているときにも同じものが飛んでるよね」

 正解、と小さく呟きながら、再び彼の眼窩へと舌を入れる。

 ジクジクと。

 勘違いなのだろうけど、私の右目も舌と連動するように僅かな熱を持つ。

 ハァっと黒々とした眼孔に熱っぽい吐息を吐き出すと、彼の身体がピクリと揺れた。

「貴方にとって痛覚は無くても、それだけではないですよね」

 彼は右目周辺の罅割れた皮膚をポリポリと掻きながら言葉を放つ。

「やっぱり、人間になれるようにしておいて良かったなぁ……」

「私としては少しだけ物足りないけど」

「だって、人間サイズじゃないと、君を愛せない」

 目に見えて桃色が増えた。

 ジリジリと。気のせいだろうけど、右目が揺れた。

 未だ黒々としてなお、ゆらゆらと靄が揺れる右目にどうしようもなく吸い込まれていく。

「ねぇ」

 彼は金色の左目と黒々とした右孔で私を見つめて、

「一度だけ、舐めてあげようか」

 ブワっと、嘗て無いほど桃色が舞い上がっていった。

 顔が真っ赤に紅潮し、脳が蕩けるようで、それでいて頭をガツンと殴られたような衝撃に、私はゆっくりと頷いた。

 まるで蛇のような舌をチロリと取り出して、私の右目にゆっくりと近付けていく。

「君の中にある、僕の右目」













「ねぇ、君の右目を僕に頂戴」

 無邪気に目の前の女が、我の前で剣を握りながら言った。

『ハァ?』

「それで、僕の身体に遺伝子として取り込むよ」

 もう考える事も馬鹿らしくなるほど昔に、そう提案された。

『なんのためにそんな事を』

「何年か何百年か分からないけどさ、そうすれば、絶対に君の目を持って生まれてくる子が居る」

 彼女はとても自信家で。

『……?』

「きっと、その子は君を見つけてくれる。そしたら、君は寂しくないだろう?」

 彼女がそう言うなら、別に片目くらいなら構わないかとも思っていた。

『……全く持って理解出来ないが、まぁ、試してみるなら試せばいいだろう』

「絶対成功するさ。だからそれまでに、君は人になれるよう練習しておいてね」

 成功するものかと思いながら、多分成功するだろうとも考えていた。

「だって竜の目は、『万能の薬』なんだから」

 そして、竜は右目を失った。


普段書かない想像もしていない性癖を想像で書いてみるコーナー。

二度目があるかは分かりませんが、初回は『眼球』です。

眼球スキー。眼球を舐めたい。眼窩を舐めたい。そんな特殊性癖。

故に相手は人間ですらありません。どう書いたらいいのか分からなかった。

そして驚くことに、ヒロインもヒーローも名前が出てきません。


どうでもいいけど、気になった人向けの補足という名の蛇足。

女性側の行為中は定期的に口調が変わる。

竜の言葉は勝手に日本語に変換されて脳内に響く。四苦八苦して日本語を覚えた。だから自分の口で日本語をしゃべる時と口調も一人称も違う。

過去の女はしっかり寿命ギリギリまで竜の目を楽しんでから薬にして遺伝子化してる。

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