侵入作戦:D
西の部屋では依然として熾烈な戦いが繰り広げられていた。
海斗とギルは、両者共に息切れをし、その場に座り込んでいた。
「はあ、はあ、いい加減倒れてくれると嬉しいんだが。」
「それは、こっちの台詞よ。あなたねちょっとしぶと過ぎやしないかしら。何があなたをそこまでさせるの?。」
「簡単な話だよ、俺から見てあんたはやばい人だってすぐわかるんだ。だからここで止めないといけない。何てったって俺の仲間に迷惑がかかるからね。」
疲れ果てたその顔にほんの少しの笑みを浮かべ、海斗は再び立ち上がった。
「まだ戦う気力はあるのね。」
「そりゃそうさ、だってお前俺を殺したらつぎは俺の仲間を殺しに行くんだろ?」
「あら、バレてたのね。そうよ、その通りよ。だからこそあなたにはここで死んでもらいたいのだけど、ダメかしら?」
海斗は呆れたようにため息をつき首をかしげる。
「はぁ、そんなこと言われて通す馬鹿がどこにいるかよ。」
海斗は少し笑っていた。
「何がおかしいのよ。」
「あー、いや。何でもないんだけどさ、本当にいるんだなって思って。」
「何がよ。」
「あんたみたいな絵に描いたような悪役のことさ。」
「馬鹿にしてるのかしら?」
「馬鹿になんかしてないよ。ただね、そんな悪役のあんたに負けたら、俺の仲間はあんたに皆殺しにされる。そんな物騒なやつを向こうに行かせることはできないなって。自分にプレッシャー与えてんの。」
とうとうギルまでもが立ち上がった。
ギルは立ち上がった海斗の目がまだ死んでいないことに驚いた。
「なかなかいい目をしてるじゃない。いいわ、こっちもあんたを殺さなきゃいけないから、本気を出さないとね。」
「で。どうする?ここで俺に殺されるか、それとも俺を殺すか。どっちにする?」
「決まってるじゃない。あなたを殺すのよ。」
その言葉で海斗は気合が入り、再び自分の武器を固く握り締めた。
海斗とギルの間が徐々に縮まって行く。それは次第に速度を増しお互いがお互いに飛びかかった。
金属と金属が擦れる音が、その部屋の中に響き渡る。
最初は互角に渡り合っていた海斗だが、海斗に乗せられた重い一撃は、その体を背後の棚まで吹き飛ばした。
「ぐはっ!」
血を吐く海斗、そのことなど気にせずギルが寄ってくる。
「さっきまでの威勢はどうしたのかしら?」
「さ、さあどこに行ったんだろうな。諦めかけたけどまだ負ける気はしてないな。」
「それが最後の言葉でいいのかしら?」
「いやいや、最後だなんて勘弁だね。」
負け犬の遠吠えとも捉えることのできるその言葉を無視して、ギルは海斗の頭上から肉切り包丁を振り下ろす。
包丁は海斗まで届くことはなく、その背後の紙の袋を切り裂く。
袋の中からは勢いよく白い粉が部屋の中を煙で充満させた。
「な、なんなの?これ。」
「これは、小麦粉か。」
「あなた、これを狙って?」
「いいや、ただの偶然だ。」
先程まで目の前にいたはずの海斗の声が背後や横から聞こえてくる。
しかし、ギルが周りを見回すも海斗の姿はどこにもなかった。
「一体どこにいるの?出てらっしゃい。」
「やなこった!」
どこにいるか見えないギルは両手の包丁を、その場で振り回す。
しかしその刃先は海斗に届くことはなく、周りの調理器具にあたり部屋の中に轟音が響いた。
「そんなに振り回したって当たらないぞ!」
背後から聞こえた海斗の声に気がつき煙をも切り裂く勢いで包丁をふるもその場に海斗はいない。
振りかざした包丁はその場に突き刺さり、ギルは身動きが取れないのを、確認した海斗は背中めがけて槍を振り下ろすも、すんでのところでかわされ致命傷には至らなかった。
「あら?」
ギルの頬に一筋の傷が走っていた。
「わ、私の美しい顔に、き、傷が。どこに行った!出てこい!私の顔を傷つけておいて生きて帰れると思うなよ!」
ギルの叫び声が響くと同時に、厨房の電気が消える。
ギルは視界を完全に奪われた。
「これなら前に空に教えてもらったあれが使えるはず。」
海斗は、空との会話を思い出した。
「粉塵爆発?」
「そう、粉塵爆発だ。」
海斗は聞き慣れない言葉に少しの戸惑いを見せていた。
「なんなんだそれは。」
「簡単だよ。こうやって何かの粉を少し舞わせる。そこにこうやって火をつけると。」
空が火をつけると、爆発音と共に炎が上空へと舞い上がった。
「まあ、使うことはないだろうが覚えておいてくれ。」
「まさかあの時の記憶が役に立つとはな。」
「何言ってんのよ、いい加減出てきなさい!」
怒り、その場で憤慨するギルの目の前にぼんやりとした青白い光が浮かび上がった。
「うまく行ってくれ!」
海斗の声とともにその光は色を変え、赤くなる。
その刹那部屋の中に爆煙が巻き上がり部屋もろともギルを焼き焦がした。
部屋に残ったのは、焼け焦げた壁紙と、黒く酸化した金属の数々。そしてこれらと同様に、黒く焼け焦げたギルだったものの姿だった。
「よくもやってくれたわね。」
「うえ、まだ生きてたのかよ!」
「まあね、でももうダメね私の負け、さあ、一思いに殺してちょうだい。」
「そう言うわけにもいかない、あんたには聞きたいことが山ほどある。」
「そうも行かないわ。」
「どういうことだ?」
「私たち戦士の体には命の危機が迫ると機密保護のために自爆装置がついてるの。早く逃げないとあなたも巻き込まれるわ。」
ギルの体から青く数字が浮かび上がってきた。
ギルの体に浮かび上がった数字は、一づつ減って行く。
「あとこれくらいしか残ってないみたいね。」
「そうなのか。やっぱり一つだけ聞いていいか?」
「あと五分もないんだから、一つだけよ?」
「ありがとう。」
「感謝なんていいから早く質問なさい!」
海斗は、ギルの言葉に少し動揺しつつも、質問を出した。
「あんたらミストの狙いはなんだ?」
「クローンの自由を手に入れることよ、あなたたち普通の人間には私たちが自由に見えるかもしれないけど、そんなことはなくてね、意外と窮屈なのよ。」
「ありがとう。」
「さあ、話はここで終わりさあ早く逃げなさい。」
振り返った海斗だったが再びギルの方を向く。
「あんたと戦えて楽しかったぜ、じゃあな。」
「私もよ、せいぜい死なないでね。」
海斗が足を引きずりながら部屋を出る。
その姿を見届け、ギルは天井を見上げ大きく笑った。
「うふふ、本当に楽しかったわ、さようなら。愛しの君。」
そう言葉を残し、ギルの体と、その部屋は爆発を起こし、戦いは爆音とともに幕を閉じだ。
海斗の背中は、また一段と逞しく、頼り甲斐のある背中となった。




