アントワート家の人々の件
今日もよろしくお願いいたします。
帰りの馬車は一人だった。
お父様は公務でお母様は王妃様と来月の婚約パーティーの打ち合わせの為王宮に残った。
俺は疲れただろうと先に帰されたが多分レオリオ王子から引き離すお父様の最後の抵抗らしい。
許してお父様。シルフィーヌは婚約破棄されると解っているのに婚約します。親不孝な娘をどうぞお許しください、アーメン。と心で懺悔をしておこう。
お母様は「良かったわね。王子様のバラはとても良く似合ってるわ。二人はお似合いよ」とにっこり笑って言ってくれた。
うーん、お母様は初めから二人の婚約は賛成だったみたいだ。
後は帰ったら大魔王が待っている。
ルカはお父様以上に俺の独占欲が強い。
さてとどうしたものかな?
ああ、そうだ!
馬車の向かい側には婆やのミリアと護衛のカレブが同乗している。カレブは27歳、長身で細マッチョだ。護衛術に長けていて俺とルカの剣の先生でもある。
「ミリア?私ってよくお風呂の中とかで歌を歌っている?」
「はい。熊さんの歌ですよね?」
横のカレブも笑って頷き続ける。
「お風呂と限らず、何か思いつめた後とかによく元気な声で歌ってらっしゃいますね。ああ、ルカ様との試合後なんか特に」
ゲッ!マジか?俺、そんなところ構わず歌ってたのか?
「ひょっとして、みんな知ってる?」
「屋敷の者はおおかた」二人は同時に答える。
「生まれた時からずっと同じ歌ですから」
ミリアが目を細めて言う。
「山賊に襲われた後からじゃなくて?」
「いいえ、まだ話せない頃から同じメロディーをハミングしておられましたよ」
俺、どんだけストレス感じてたの?
そっか、前世の記憶を自覚したのがあの事件の後だっただけで俺は産まれた時からシルフィーヌとしてこの世界に転生していたのだな。
「なのに・・・・」
ん?なんで涙ぐんでるのミリア?
「もうお嫁に行かれるのなんて!ミリヤも着いて行きますとも!」
「まだだよミリア。王子様が成人してからだから7年後?それに王子様、他に好きな人出来るかもしれないわ」
俺は笑って答えた。ちょっと引きつってるかもしれないがな。
「それはございません」
ミリヤが即答だ。
そこ、ちょっと肯定してほしかったわ。
カレブまで頷いてまた続ける。
「シルフィーヌ様はご存知ないでしょうが昨年から毎日のようにシルフィーヌ様のご様子を屋敷の方に王家の者が立ち替わり入れ替わり監視、いえ、失礼を。見に来られていました」
カレブが何かあったのかムッとしている。ミリアも右に同じ。
ん~、そういや何か知らない商人やお客が多かったような?そう言えば風呂から出た時に外でバタバタしてたこともあったな?あれか?侍女のリタとカレブがずっと俺から離れなかったのはこれか。
そうか、だからレオリオは俺の事いろいろ知っていたのだな。
あいつストーカーか?・・・・・・
俺、やっぱり早まったかな・・・・・・
「奥様は気づかれておいででしたが王家の事、放っておくようにとの事でした」
さすがお母様、動じないな。
「ありがとう、教えてくれて」
「将来この国の国母様になられるなんてミリアは鼻が高こうございます」
ハハハ、まだそこには触れないでくれ・・
「気が早いわ、ミリア」
俺は笑ってごまかした。
今日は領地に帰らず、王都にある別宅に泊まるので王宮からは近い。普段はお父様がこの別宅から王宮に通い休日に領地に帰って来るのだ。基本、領地はお母様が治めているが宰相をお父様に譲ったお祖父様が眼を光らせているので広大な領地を持つアントワート家は安泰だ。
別宅の門をくぐると玄関前にルカが出て来た。
あれ?今日、領地で留守番だよね?
馬車が止まり御者がドアを開けるとルカが両手を広げて俺を馬車から降ろそうとする。
「お帰り、シルフィーヌ」
「ただいま戻りました、お兄様。来てらしたのですね?」
俺はルカに飛びついた。
背が高いルカは俺を易々と受け止める。
あ、兄妹だから当たり前と思っていたがこれからはこういうのも徐々に改めなければな。
うん、でもやっぱりルカといると安心する。間違ってもドキドキはないな。
「何もされなかったかい?」
「えっ?いいえ、何も・・・・」
俺を抱き上げたまま、ルカが疑い深く俺の顔を覗き込む。
えーと、何も悪くないのにちょっと焦るのは身に覚えがあるからだよな?
ヤバい、目が泳ぎそうだ。
「お兄様、降ろして下さい。歩きますから」
「かわいいバラだね?初めて見る種類だな?とてもシルフィーヌには似合っているけどね。誰に頂いたの?」
あ、相変わらず鋭いな。
「レオリオ王子様に頂きました。王子様の華紋の花だそうです」
ルカはそっと俺を降ろすと手を引っ張って別宅の俺の部屋に向かう。
「ふーん、もらったんだ?ふーん・・・レオリオ王子にね」
やっぱり、俺が王宮に何しに行ったか知ってるんだよね?だから機嫌悪いんだよね?それもすこぶる・・・
「お兄様、今日はお祖父様と領地で狩りに行かれる予定ではなかったのですか?」
「お祖母様にシルフィーヌの事を聞いてね、お祖父様には断りを入れてこちらに来たのだが」
まさかのお祖母様の裏切り。
そうか、お祖母様が女宰相派か。
アントワート家大奥様で才女であるお祖母様は意外や意外、今の俺、シルフィーヌとよく似た容姿をしている。なんとシルフィーヌは隔世遺伝でこの人の血がより濃く出たみたいなのだ。
自分に似た容姿に頭の回転が速い孫が出来たのだからお祖母様が俺に女宰相を夢見るのは無理ないな。
だってお祖父様がお祖母様を自分の嫁にした理由は自分よりも宰相らしい人だからだったらしい。
「お祖母様が・・・・」
「服を着替えたら僕の部屋でお茶にしよう、シルフィーヌ。待ってるから」
ルカは俺の部屋の前に着くと俺の返事を待たずに自分の部屋に歩いて行った。
なんか、あんなに怒ってるルカ見るの初めてなんですけど・・・・・
着替えが終わって、ルカの部屋のドアを侍女のリタがノックする。俺の侍女のリタは17歳、栗色の髪で黒い瞳の小柄でかわいいがしっかりしていてとても頼りになるお姉さんだ。
「どうぞ」
ルカの護衛兼剣の先生でもあるサルトがドアを開けてくれる。サルトは18歳で若いのだがカレブと同じで武術にも勉学にも優れていてルカも頼りしている信頼できる従者の一人だ。
「お兄様、お待たせしました」
「シルフィーヌ、ここにおいで。お前たちは用があれば呼ぶので下がって」
リタとサルトが顔を見合わせ俺の顔を見る。俺は黙って頷く。
「失礼いたします」二人が綺麗にハモリ出て行く。
ルカの部屋の長いソファーに俺は腰掛けた。するとルカが自ら紅茶をカップに注ぎ俺の前に一つ置くと自分のカップを手に持って俺の横にドカリと座った。
あ、ずいぶん怒ってるな・・・・
続けてどうぞ。




